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彩愛SIDE 3

秀隆から逃げた一番の理由は秀隆の将来を心配してではない。 秀隆に向かう想いを認めるのが、互いに溺れてダメになる未来が、怖くて不安で逃げ出したのだ。 俺は情けない位弱い人間だ。 自分から距離を置き彼女を作る様に仕向けたのに、いざ作られると嫌だった。 自分以外に向けられる視線も優しい声も全て苦痛で、見て欲しくない・触らないでって心が叫んでいた。 必死に好きな想いに蓋をしていたら、視界がぼやけた。 何かがおかしい。 見えなくはないが、よく見えない。 念の為眼科に行ったらストレス性の物で一時的に視力が落ちていると言われた。 色彩が変に見えるのもそのせいだと。 不安なまま帰宅したら 「おかえりなさい」 秀隆の彼女に迎えられた。 付き合いだしてから毎日秀隆は彼女を家に呼ぶ。 料理を振る舞ってくれるのだから有り難いし感謝しかないのだが、素直に喜べない。 眼科に行った事を話そうとしたが、二人の姿を目にし言うのを止めた。 折角俺以外を見る様になったんだ。 今俺が視力の事を言ったら優しくて心配性の秀隆は俺を優先する。 それは嬉しいし、そうされたいのだが、以前と今では違う。 秀隆が優先すべきは彼女であって俺ではない。 余計な心配を掛けて彼女への関心を俺に向けさせてはならない。 職場には知らせたが、秀隆には眼科に行った事も視力が変になってしまった事も全て口にしなかった。 接客業の為服装には毎日気を配っていた。 だが、日に日におかしくなっていく色彩のせいで色の判別が難しい。 無難な服ばかり着る様になった。 本当は色々コーディネートしたいのだが、色合いが分からない為変な組み合わせをするかもしれないからだ。 嗚呼、視力って大事なんだな。 スッゴク不便。 よく見えないせいで仕事にも支障が出ている。 アレンジメントやブーケが作れないのだ。 その為全ての雑用を自らさせて貰っているが、いつまでもこのままじゃ転職も考慮しなければならない。 帰宅しても仲の良い二人を見せ付けられ胸が苦しくなるし、仕事先でも肩身の狭い想いをする。 皆優しくて良い人ばかりだから尚更だ。 嗚呼、何処にも心の休まる場所がない。 フラリ家ではなく公園に足を向けた。 向かったのは昔秀隆が嫌な事があるとよく来ていた公園だ。 よく秀隆は此処で一人で泣いていた。 俺にさえ泣き顔を見られたくなかったのだろう。 遠慮せず目の前で泣いてくれて良かったのに、心配掛けたくなかったのか秀隆は人前で泣かなかった。 ヒックヒック無言で涙を流す秀隆。 駆け寄り肩を抱き寄せ慰めたい気持ちを抑えながら、じっと静かに泣き止むのを待つ。 秀隆が濡れた目を瞑り、袖で瞼を拭いた頃 「帰ろう?」 柔らかな笑みを浮かべながら迎えに行く。 懐かしいな。 ブランコに座り空を見上げると、まるでついこの前みたいな錯覚を覚える。 秀隆と居る時間はあっという間に過ぎる。 毎日が充実し過ぎていて、幸せだった。 気が付くとアキちゃんと居た時間より秀隆と居る時間の方が多くなっていた。 秀隆と居るのが当たり前になっていく。 アキちゃん以外入れたくなかった世界に入ってきた愛しい存在。 可愛くて守らなければならなかった小さな子供は、いつしか俺を守れる位大きく成長した。 俺を支える為、守る為、甘やかす為、秀隆は色々な事を取得した。 人一倍努力しているのを知っている。 ソレを隠しているのも。 自分よりも俺の事ばかり優先する彼は負の感情を一切俺に見せない。 多分彼にとって俺は庇護対象なのだろう。 だけどそれじゃ嫌だ。 俺だって秀隆を守ってあげたい。支えたい。 対等になりたいんだ。 「秀隆」 名前を口にし、逢いたい、そう願った。 願いが叶ったのか 「帰ろ?」 迎えに来てくれた秀隆。 嗚呼、これじゃ昔と反対じゃないか。 彼の手を握った。 諦めなければ、捨てなければならないと思っていた恋なのに 「好きだ」 再び秀隆に愛を告げられ、涙と共に想いが決壊した。 どうやら俺は秀隆を手に入れたいらしい。 親失格だな。 だけど 「愛してる」 そう告げられ 「俺も愛してるよ」 逃げるのを止めた。 俺と生涯を共にするという事は、秀隆の将来の幸せを沢山奪う事に繋がる。 結婚も子供も望めない。 21も離れたそれも男で家族と恋愛関係になってしまった事はモデルの彼には大きなスキャンダルになるに違いない。 誰にも言えず、秘密にしなければならない。 けれど、もう誰にも渡したくないし、触れて欲しくない。 これは依存と執着であって、純粋な恋愛感情ではないのかもしれない。 それでも俺はもうこの手を離すつもりは更々ないし、出来ないのだ。 「どうして隠してたの?」 視力の事を話すと秀隆は激怒した。 そりゃそうだ。 秀隆にとって俺は唯一の家族だ。 その家族に秘密事をされていたのだ。 「ごめんなさい」 素直に謝ると 「彩愛からキスしてくれたら許す」 拗ねながら言われた。 チュッ軽く唇を合わせるとニッコリ笑った秀隆。 本当に秀隆は俺に甘くて優しいな。 その後ストレスが減った俺の視力は以前の様に色彩を取り戻した。 だが、完全には戻らなかったらしく視力は落ちたままで眼鏡になった。 未だに寝起きや疲労が溜まった時は色彩がおかしくなる。 お陰で余計秀隆が過保護になってしまい、最近では必死に嫌がっていた最後の砦のトイレの世話さえしようとする。 本当に勘弁してくれ。 だけど 「大好き」 飛び切りの笑顔で愛を囁かれ 「俺も好き」 微笑み返してしまう俺は、もう完全に秀隆なしでは生きていけなくなっている。 好き。大好き。愛してる。 ならその次は何? 分からないけれど、秀隆と一緒ならずっと幸せだ。

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