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秀隆SIDE 4

本当は彼女なんて作りたくなかった。 結婚もしたくないし、彩愛さえ居ればそれだけで良い。 だけど彩愛がそれを望むのなら叶えなければいけない。 彩愛の思い描く俺の幸せが彩愛の幸せなら、そうするしかないと思った。 だがそんなに簡単に切り替えなんて出来ない。 モデル仲間で先輩の華耶さんに無理言って彼女の振りをして貰った。 彼女と仲良くしてる姿を見せれば彩愛が安心すると考えたからだ。 だがそれは違った。 喜ぶと思った彩愛は哀しそうな顔ばかりしてるし、食欲も落ちた。 熟睡も出来てないのだろう。 いつも顔色が悪い。 そして何故か同じ様な服しか着ていない。 以前は接客業だからか毎日違う服を着ていた。 だが最近は同じ組み合わせばかり。 まるでコーディネートが出来なくなったみたいだ。 って、まさか…ね。 嫌な予感がしたが気にしない事にした。 日に日に華奢になっていく身体。 顔色も悪いままだ。 彩愛の望む様にしたのに何がダメなんだろう。 分からない。 どうしたら良いか分からないよ彩愛。 「ただいま」 いつも玄関に迎えに行くのは俺の役目だったのに 「おかえりなさい」 いつの間にか変わっていた。 毎日俺ではなく華耶さんが玄関でスリッパを差し出す。 彼女に触れる度麻痺していく。 ニコニコ笑い掛けるが、果たして今俺は笑えているのだろうか。 きちんと結婚を誓い合った幸せそうな恋人の振りは出来てる? 自分で自分が何をしているのか分からなくなる。 本当に愛しているのは彼女ではなく彩愛なのに。 父さん。 そう呼ぶ事で一線を引いた。 彩愛が遠く感じる。 コレが普通の親子の距離感なのに。 コレが当たり前なのに。 違うと心が叫んでいる。 彩愛に触れたい。 愛したい。 愛して貰いたい。 嗚呼、やはり消せない。 この気持ちは多分死んでも消えない。 俺が好きなのは彩愛だけだ。 帰宅時間を過ぎても帰って来ない彩愛。 「ごめん。ちょっと探してくる」 俺は外に飛び出した。 普段余り出歩かない彩愛の行き先を探すのは困難で、色々走り回った。 仕事先・コンビニ・スーパー・駅、何処にも居なくて 「何処に居るんだよ、彩愛」 俺は頭を抱えた。 その時ふと思い出したのは5歳の頃の事。 一気に事故で両親を失くした俺は敢えて傷付いた顔を人前で見せなかった。 本当は寂しくて哀しくて堪らなかったのに、必死に平気な振りを貫いた。 誰にも心配を掛けたくなかったから、人前で泣くのを我慢した。 泣いて心配されるのも同情されるのも嫌だったし、何より彩愛に弱い自分を見せたくなかったからだ。 母さんと父さんの事を思い出して、どうしようもなく泣きそうになった時は誰も居ない公園に行っていた。 普段煩い位賑やかな公園に微かに響く啜り泣く声と鼻を啜る音。 全てを包み込んでくれる静寂が好きだった。 彩愛はソレに気付いていたのだろう。 俺が泣き止んだ頃を見計らっていつもフラリ迎えに来てくれていた。 泣き顔を見られたくない俺の意志を汲んでか、いつも気付かない振りをしてくれた。 もしかしたら其所に彩愛は居るかもしれない。 一縷の望みを賭けて俺は足を向けた。 案の定、静まり返った公園のブランコに彩愛は居た。 俯いて座っている。 肩が震えている。泣いているのか? 夜風が少し寒い。 そっと近付き上着を掛けると彩愛は顔を上げた。 嗚呼、やはりな。 潤み赤くなった瞳で見上げられ、愛しさが込み上げる。 我慢出来ず名前を呼び、額に口付けると背伸びをした彩愛が俺の唇に自分のを重ねた。 瞬間理性が壊れた。 我慢も演技も出来ない。 「好きだ彩愛。彩愛じゃなきゃ嫌だ。ずっと側に居させてくれないか?」 玉砕覚悟でする告白。 一度振られたが、先程のキスが僅かな期待を抱かせる。 頼む彩愛。 拒絶しないで? 側に居たいんだ。 頬に手を添え、じっと目を見ながら返事を待つ。 どれ位そうしていたのだろうか。 彩愛は泣きながら微笑むと 「良いの?俺で」 不安そうに口を開いた。 「嗚呼、彩愛が良い。彼女も奥さんも子供も要らない。彩愛だけで良い。今も昔もこれからも俺が欲しいのは彩愛だけ。彩愛が好き。ずっと一緒に居て?」 震えながら背中に回された手。 「……………うん。側に居る。ずっとずっと秀隆と一緒が良い」 ゆっくり身体を離し、唇に触れると開かれた唇。 全てを喰らい尽くすかの如く腔内を舌で味わう。 濡れた音・甘い味・熱が脳を痺れさせる。 「親代わりになってから、誰よりも秀隆を幸せにしてあげたいって考えてた。だけど優しくされる度触れられる度分からなくなった。自分が好きなのはアキちゃんなのに、秀隆の事も好きになってた。いつの間にか秀隆は俺の中で物凄く大切で愛しい存在になってたんだ。でも親代わりの自分にソレは許されない感情だって、俺が居るせいで秀隆は俺に縛られてるんだって。一度考えたらもう止まらなくて」 「それで距離を置いたの?」 コクン縦に動く顔。 バカだな、もう。 俺の幸せは彩愛の側に居る事なのに。 「ねぇ彩愛。俺に幸せになって欲しい?」 コクコク。 無言で首を動かす彩愛。 ほんっと可愛いな。 まるで子供みたいだ。 「ならずっと側にいて?俺にとって一番の幸せは彩愛の側で彩愛を愛し、愛される事だから。ね?」 耳迄真っ赤になりながら頷く彩愛を抱き締めながら 「愛してるよ」 囁くと 「……………俺も愛してるよ」 小さく聞こえた声。 「………………………っつ!!!」 今度は俺が赤面した。 嗚呼、もう愛し過ぎて死にそう。 愛しさの先には何があるのだろう? 正しい答えは分からない。 だがそれは多分、予測不可能な位甘く充たされた幸せ。 「もう離れないで?」 キスの合間に甘えると 「うん。ずっと側に居るよ」 彩愛は俺の指に自分の指を絡ませた。

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