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彩愛SIDE 2
距離を置いた翌日、秀隆に初めての彼女が出来た。
相手はモデル仲間で凄く綺麗な女性。
結婚を前提として付き合いだしたらしく、付き合った当日に紹介された。
おめでとう、お祝いの言葉を口にするとチクリ痛んだ胸。
敢えて気付かない振りをした。
抱き寄せられる華奢な肩。
白くて細い柔らかな身体も豊かな胸もふわふわの長い髪も綺麗な顔も全て俺にはない物ばかり。
口に出される自分以外の名前。
向けられる優しい笑顔。
壊れ物に触れる様にそっと撫でられる髪。
自分だけの物だった。
秀隆の隣はいつも俺の定位置で、居場所で、優しい声も眼差しも匂いも温もりも全て全て全て。
嫌だ。
無理だ。
分かってたのに。自分からそう仕向けたのに、胸が苦しい。
涙が零れそうだ。
その日を境に俺の世界は色を失った。
きちんとした色の識別が出来なくなってしまったのだ。
その為仕事先でアレンジをしようとしても作れない。
眼科に行くとストレスによる一時的な物だと言われたが、改善するにはストレスを取り除くか様子を見るしかないらしい。
仕事先には診断結果を告げ、改善する迄掃除会計雑用等をさせて貰う事にした。
申し訳ないし、情けない。
秀隆は毎日家に彼女を連れて来て見せ付ける為、帰宅するのも苦になっていた。
視力の事は秀隆に言っていない。
変に心配させたくないし、負担になりたくないからだ。
「ただいま」
今迄帰宅するとおかえりなさいと秀隆が出迎えてくれていた。
なのに
「おかえりなさいお義父さま」
今迎えてくれるのは秀隆の彼女だ。
「おかえり。父さん」
親離れしたらしい秀隆は俺を名前で呼ばなくなった。
今迄がおかしかったのだ。
今この関係があるべき姿なのに、何故だろう。
寂しい。
胸が苦しくて痛くて、泣きそうになる。
って、泣いちゃダメだ。
彩愛って呼んで欲しい。
抱き締めてキスして、そして沢山触れて欲しい。
嗚呼、離れたくないのは俺だけだったのか。
俺が側に居たかったんだ。
俺だけを見て、俺の事だけを考えて、俺以外秀隆の世界に入れて欲しくなかった。
俺は勝手だ。
自分が望んだのに。
突き放したのに。
それが哀しいなんて。
手放して失って完全に確信した。
俺は秀隆が恋愛対象として好きだ。
いつの間にこんなに好きになっていたのだろうか。
アキちゃんだけで良かった。
アキちゃんさえ居ればソレで良かった。
ずっとずっと俺の世界は彼のみで形成されていた。
彼が全てで彼以外要らなかった。
だけどいつからだろう。
其所に秀隆が入ってきたのは。
二人だけの世界が壊れて一人のみになった。
寂しくて哀しくて生きていく気力を失った俺に手を差し伸べてくれたのは小さな小さな手。
成長するにつれソレは大きくなって、俺を包み込める様になった。
俺だけに向けられる優しさが嬉しかった。
愛する事しか出来なかった俺に愛される幸せを教えてくれたのは秀隆だった。
俺のみを欲し求めてくれる姿は愛おしくて、いけない事だと分かっていたのに止めなかった。
甘い甘い蜜の中に浸されて身動きが出来なくなっていく。
だけどソレも悪くないと思った。
それはどうして?
本当は分かっていた。
全てを受け入れ幸せを感じている時点で俺は秀隆を欲していたのだ。
親代わりとしてではなく、一人の男として秀隆を見ている。
受け入れるのが、認めるのが怖くて逃げていた。
だけど今更気付いても遅い。
何もかも後の祭り。
秀隆はもう他の人の物。
彼の隣にもう俺の居場所はない。
「冷えるよ」
そっと掛けられた何か。
ゆっくり頭を上げると其所に居たのは秀隆だった。
帰りづらかった俺は時間が遅い為誰も居ない公園のブランコに座り込み足下を見つめていた。
掛けられたのは秀隆の上着。
大好きな香りに包まれた。
「ご飯食べないの?」
食欲がない。
フルフル首を振った。
「取り敢えず帰ろ?」
差し伸べられた手。
誘われる様に手を握った。
途端ポロポロ溢れ出した涙。
視界がぼやけてよく見えない。
もう片方の手で優しく撫でられる頭。
嗚呼、久しぶりだ。
ずっと触れて欲しかった。
「彩愛」
ずっと名前で呼ばれたかった。
縋るように見上げると
「可愛い」
秀隆はそう口にし、額に唇を落とした。
瞬間全身を駆け巡る甘い甘い電流。
キュッ、空いてる手で秀隆の服を掴むとチュッ背伸びをして秀隆の唇に自分のソレを重ねた。
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