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第6話 信用

ーーMisted Tropicsの店舗ーー 店のドアを開けると、通路がありそこにひときわ目立つ男がいた。 なにやら売り場の方を指差しながら、スタッフにてきぱきと指示を出している。 「Donut!」Inkがその男に声をかける 男の名はDonut(ドーナツ)、店舗のリニューアルに伴い本社から派遣されてきているらしい 「進捗はどうだ」 「特に問題なく」 「そうか、 Rio!紹介する。営業部のDonutだ」 「ぁ、初めまして!鳳西 梨央と申します」 「初めまして、Donutです」 Rioが右手を差し出すと、すかさず男も右手を差し出す。 そのまま自然な流れで一歩距離を縮め、 「日本の企業とコラボできて光栄です」 と、きらきらとした笑顔で言った。 全く嫌みのない人好きのする笑顔、 どこか安心できるDonutの存在感に Rioはほわっと少しだけ緊張の糸を緩ませた 「ん、んん"」 Inkが咳払いをひとつ。 Donutがふっと微笑む 「よかったら、店舗を案内します」 「あ!お願いします!」 Donutは軽く手を上げ、通路の奥を示した。 「こちらからいきましょう」 店内はまだ最終調整の途中らしく、ところどころでスタッフが脚立に上り、照明の角度を微調整している。 Donutは歩きながらも、その様子にちらりと視線を投げた。 「スーツって、環境を選ぶじゃないですか」 照明が落とされ、壁面のラインが浮かび上がる。 外観の白を基調とした色味とは対照的に、店内は深い藍とチャコールを基調としていた。 低彩度のグリーンがわずかに差し込むその空間は、スーツの輪郭と質感を最も美しく際立たせ、湿度を含んだ空気を静かに抱え込んでいる。 「南国だと、どうしても“軽さ”ばかりが強調される。  でも、軽いだけの服は、信用を作らない」 Donutは一着のジャケットの前で立ち止まる。 肩のラインはシャープだが、どこか柔らかい。 光沢は抑えられ、色味だけが深く残されている。 「この生地、通気性は高いです。  でも、肌に触れるとひんやりしすぎない」 Rioは指先で、そっと袖口に触れた。 確かに、薄い。 けれど頼りなさはない。 「……湿度の中で着ることを、ちゃんと考えてますね」 「ええ。  南国の都会で働く人間は、  “暑さに耐える”服じゃなくて、  “暑さを意識させない”服が必要なんです」 ハンガーに掛けられたスーツは、どれも色が濃い。 エメラルド、ディープネイビー、チャコールにわずかな青。 派手ではないが、夜の照明の下では確実に存在感を放つ。 「リゾート用じゃありません。  会食、交渉、夜の移動――  そういう時間帯を想定しています」 Rioは思わず息を吐いた。 「……バカンスの南国じゃなくて、  都会での商談とか、  そういう場所のためのスーツですね」 Donutは満足そうに頷いた。 「そうです。  汗をかいても崩れない。  湿度があっても、だらしなくならない。  でも、重くは見せない」 そこが重要なんです。と、Donutは心の底から自社ブランドに誇りを持っているといった表情でRioを見た。 色も、形も、空間も。 どれも想像していたより、ずっと現実的だった。 「……いいですね」 それだけで十分だった。 ーー本社へと戻る車内ーー 一通り店内を見終わった後、 DonutがRioとInkを見送ってくれた 「あの人、感じがいいですね 説明も分かりやすかったです」 少しの間の後、Inkが答える 「……どこがだ。 あのくらい、俺にもできる」 Rio「……はい?」 バンコクの夜の明かりが差し込む車内にちょっと間抜けな声が響いた。

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