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第4話
車の中、無言が続く。
実家に行って可奈子は何をするのだろうか。
離婚か?
そうなると幸せな家族を失う事になるが、これも全て俺の責任だ。
どうなろうと逃げずに立ち向かおう。
「啓史さん」
雨が降り出した頃、漸く可奈子が口を開いた。
「私ね貴方が好き。秀隆も好き。だからずっと一緒に居たい。本当は気付いていたの。貴方の気持ち。だから昨日は言って貰えて嬉しかった。私はこれから先も変わらず家族皆で居たいと願う。貴方は?」
嗚呼、本当に俺は周囲の人間に恵まれている。
なんて素敵な奥さんなのだろう。
俺の気持ちに気付いていて、それでも変わらず傍に居たいと言ってくれる。
「実家の近くにね、綺麗なお花畑があるの。3人でゆっくり秋桜見ながら今後の事考えましょ?」
優しい声が耳に心地好い。
俺は彩愛を愛しているが、彩愛を選んで家族を棄てる気はない。
多分彩愛もそれを知っている。
狡いと分かっているが、俺は今の幸せを壊したくはないんだ。
「可奈子。俺は此処に居るよ。ずっとお前達の傍に居る」
そう告げようとした時だった。
かなり前方を走っていたバスが雨でスリップしたのか突然横転した。
慌てて後方や周囲の車はスピードを落としたり停車させる。
勿論俺達の車もスピードを緩めたのだが
「お父さん、後ろっ!!」
秀隆の切羽詰まった声で後ろを振り向いた。
其処から先は覚えてない。
物凄い痛みと衝撃が身体を襲い、意識が消えた。
目が覚めたら其処は真っ白な部屋。
全身が重たくて動かない。
瞼もきちんと開かない為視界が狭い。
「アキちゃん」
耳に入るは愛しい声。
首が動かない為ゆっくり視線を動かすと、泣き腫らした目をした彩愛が居た。
あ~あぁ、目ぇ腫れてんじゃん。
可愛い顔が勿体無い。
「何泣いてんだよ?」
出した声が有り得ない位小さく掠れていて驚くが、僅かでも目が見えて声が出せて良かった。
「心配掛けてごめんな。大丈夫だから。俺はお前と秀隆を置いて何処かに行ったりしない。なぁ、可奈子は何処だ?アイツ大丈夫か?」
まだ先程の返事をしていない。
一緒に秋桜見て、これからも宜しくと言って笑い合うんだ。
彩愛?
どうして言い淀むんだ。
嫌な予感がするじゃないか。
何も言わない彩愛の代わりに
「お母さんは大丈夫だよ。だから安心して休んで?」
笑顔で教えてくれた秀隆。
いつもと変わらない声と顔なのに、何故涙を我慢している様に見えるのだろう。
僅かに震える肩が握られた拳が何かを耐えている様に見える。
嗚呼、秀隆は泣くのを我慢しているんだ。
「……………そうか……」
可奈子は亡くなったのか。
だから彩愛は返答出来なかったし秀隆は必死に涙を堪えているのか。
朝見た笑顔が懐かしい。
可奈子が居なくなった実感が沸かない。
だがもう二度と俺は彼女と話が出来ない。
彼女だけを本気で愛してやれなかった申し訳なさと罪悪感と寂しさと虚しさ。
突然起きた信じ難い現実に俺は涙を流した。
だが、俺に起きている症状も宜しくない気がする。
思う様に動かせない身体。
指先や顔さえ動かない。
かろうじて動くのは視線と口と息をする為の鼻。
パッチリ瞼が開かないせいで視界狭いし、声もガラガラで聞き取りにくい。
ほんっとこれ大丈夫か?
ヤバくないか?
激しく嫌な予感がしたので
「なぁ彩愛。もし俺に何かあったら秀隆を頼んで良いか?頼めるのはお前だけだ。俺の代わりに秀隆の傍に居て守って欲しい」
彩愛に秀隆を頼んだ。
突然の俺の頼み事に彩愛は戸惑ったが
「良いよ」
答えてくれた。
「ありがとう」
出しにくい声を絞り出しながら礼を言うと
「そろそろ検査をするので退室して下さい」
二人は医師に言われ病室を後にした。
診察の途中で身体の力が抜け、睡魔に襲われた。
明日になったら少しは動かせる様に回復してたら良いな。
そう願い重い瞼を閉じたのだが、それは叶わなかった。
何も動かす事の出来ない身体。
徐々に重く痺れていく。
先程迄開いていた瞼の筋肉が動かないせいで何も見えない。
何か話そうと試みても、あ~とかう~とか低い唸り声しか出ない。
意識も消えては戻るを繰り返す。
「アキちゃん。ねぇ、起きて?」
聞こえる声が震えている。
泣いているのか?彩愛。
それならば涙を拭ってあげなきゃいけない。
大丈夫だよ。泣くな。
優しく抱き寄せて安心させてあげたい。
そう思うのに、力が入らないせいで何もしてあげられない。
自由に出来ない身体がもどかしい。
どれ位そんな状態が続いたのだろうか。
確実に意識が保てる時間が減ってきて、俺は自分の最後を覚悟した。
嗚呼、叶うのならもう一度この腕の中で彩愛を抱き締めたかった。
好きだよ。愛してる。
そう言って優しく愛してあげたかった。
消え入る意識の中
「大好きだよ」
彩愛の声が聞こえた気がした。
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