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最終章 暁月
冬に吹く風は、雪の香りを漂わせた。
悲しいほどに都は一昨年と変わらなかった。繰り返される季節は、その重みを感じさせることもなく、悠久の時はわずか一巡りの四季を儚むこともない。
残り少ない実りを誇るように、市場には山と積まれた豊かな作物が、最近整備された水運から運び込まれた。魚の量が例年より多いのも、かつて水を愛した為政者の築いた恩恵だった
朝もやの向こうから、静かな気配をまとった人影がひとり、こちらに近づいて来るのが見えた。白と黒の質素な着物に合わせた青と金の帯、絡められた赤い紐の色彩が艶やかだった。生成りの外袍を目深にかぶって、顔は判然としなかった。
香りたつ蒸気の奥から、明は不思議そうに旅人を見た。相手もまた、じっと明を見つめていた。
見慣れない男だったが、明はどこか、懐かしさを感じた。
「いらっしゃい」
弾ける透き通った声が、男を歓迎した。
「何をお求めです? 蒸したての豚餡がありますよ」
大きな腹をかばいながら、明は湯気のたつ饅頭が並んだ盆を、ゆっくりと棚の上に押し出した。
男は、夢見るような声で、
「花飴を」
明は、驚いて男を振り返った。
「お客さん、初めてなのに、花飴のこと、よく知ってましたね」
幼いころの内気さは、母になる強さですっかりと変わっていた。明はにこにこしながら、
「今年はこれで、最後です。色づける花が、もう咲かないから」
明は大切そうに透き通る飴を布で包んだ。
「お代はいらないです。そういう気分なので」
言って、白い手で大切そうに腹を撫でた。男は受け取った包みを、そっと襟に収めた。
幸せそうな明の笑顔は、黎明の空に差し込む陽の光を映して輝いていた。
「幸せに」
男は微笑し、背を向けた。明は思わず真顔になった。心の奥深くに沈んでいた少女の頃の記憶が、おぼろげな想いとともに蘇った。
「あの……?」
男は顔も見えぬほど、わずかに振り返った。懐かしさを覚える声が、小さく呟いた。
『洸』
それがどこの言葉だったのか、何を意味していたのか、明にはわからなかった。ただ、通り過ぎた輝く日々の中で見た、幻に似ている気がした。
二度と振り返ることなく歩みだしたその背中が、白く微光を放つ朝の向こうへかすんでいく。
明は、眩しさに目を細め、空を見上げた。
新しい朝の光が突き抜ける天の高みに、小さくひとつ、影が見えた。鳶の声が長く響き、飛影がゆっくりと円を描いた。
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