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第1話 仕事が終わらなーい!
冷蔵庫にぎっしり詰めてあったエナジードリンクはぜぇーんぶ空っぽ。
その残骸は片付ける暇もなくて、申し訳程度に部屋の隅に並べているだけ。
おかげで目はばっちり覚めている。
これならあと十時間くらいは起きてられそう。
でも、体は鉛がへばりついたみたいに重いんだよね。
今すぐ綿菓子みたいにふわふわしてて、お日様の匂いがするベッドに飛び込みたいなぁ。
そしたら、目覚ましもかけずに何時間だって寝てやるんだ。
いけない、妄想はここまでにしとかないと。
仕事は山のように残っているんだからね。
なんで俺が社畜ばりにエナジードリンクをキメてるかって?
それは、俺が私立玲瓏 学園高等学校生徒会の会計だからだよ。
私立玲瓏学園高等学校は明治時代から続く格式高い全寮制の男子校。
創立当初は華族や士族の子息が、今は政治家や大企業経営者の御曹司が通っている。
そして、玲瓏学園の生徒会役員と風紀委員会役員といえば生徒たち全員の憧れの存在で、そして喉から手が出るほど欲しい地位だ。
何故なら、役員になれば箔がつく。
熾烈な家督争いで一発逆転できたり、固定の支持者や顧客がついたりして将来安泰というわけ。
俺、久我颯人 は華道の家元に生まれたのはいいんだけど、美的センスが壊滅的になくてねぇ。
お稽古を始めてからすぐに期待されなくなっちゃった。
あ、心配しないで。
一族からは「美的センスなくても生きていける!」って受け入れられてるし、芸の道には期待されなくなったけど、家業を裏から支える方向で期待されてるの。
だから、俺は将来二人の兄さんと三人の姉さんたちのサポートをするため、経営だったり財務の勉強をしてるんだ。
華道は好きだからお稽古は続けてるけどね。
勉強はどちらかといえば好きな方だし、数字には強かったから財務の勉強は俺にぴったり。
ぱちっと数字が合ったときの気持ちさはクセになるんだよね。
家族には後ろめたくてちょっと言えないけど、美的センスなくてよかったーって思ってる。
そんなわけで、ひっそり学園生活を過ごしてたんだけど、一年の終わりに理事長から会計に任命されちゃった。
さっきも話したとおり美的センスがないから家督争いに入れないし、そもそも我が家は家督争いなんてするほど修羅場ってない。
野心とか全くないんだけど、お得意様を増やすには人脈が必要。
そのための社交を、と考えれば辞退できるわけもない。
そうして、ぽっと出の冴えない俺が名だたる大企業の御曹司である同級生に混じって生徒会を運営することになったんだぁ。
完全無欠で男前な会長。
みんなのお母さん副会長。
質実剛健を体現した寡黙な書記。
イタズラ好きの双子庶務。
全員揃ってイケメン。
目が潰れそうなくらいに眩しくて、迫力があって、最初は顔が直視できずにビビり散らかしてた。
でも、みんなすっごく優しくてね。
今は昔からの友だちってくらい仲良くしてるの。
でも、そんな愉快な仲間たちは、体育祭二週間前にして全員不在。
俺、超絶ピンチ!
事の始まりは五日前。
その日、生徒会役員全員でホストみたいな生徒会顧問の家に遊びに行く予定があったんだけど、俺は実家が主催する華道のパフォーマンスイベントで欠員が出て、急遽代打で行くことになった。
仕事だって言われたときの俺の顔は死んでたと思う。
だって、ホスト先生の家には超絶可愛い歳の離れた弟くんがいて、むっちりした腕をモミモミさせてもらいながら一緒にプラレールで遊ぶ気満々だったんだから!
悔しくて寂しくて、でも歯を食いしばって乗り越えた臨時の仕事。
週明け、やっとみんなに会える! いっぱい慰めてもらおう! って思ってたのに。
「え⁉︎ インフルエンザ?」
最初はホスト先生の弟くんが。
一緒に遊んでいたホスト先生も会長も副会長も書紀くんも庶務の二人もみーんな高熱を出しちゃった。
通院の結果、季節外れのインフルエンザ。
電話口でホスト先生のヘロヘロな声の「ごめんな」を聞いたら。
会長と副会長と書記くんと庶務二人から送られてきた誤字だらけのメッセージを見たら。
心配な気持ちしかないよね。
「俺にどーんと任せておいて!」
だって、手が空いてたときはみんなの仕事手伝ってたもん。
庶務ちゃんズは書類仕事が苦手でちょっと書類を溜め込むこともあるけど、会長と副会長と書記くんはいつも前倒しで仕事回してるから、仕事量自体はそんなにないはず。
いつもお世話してもらってる分、俺、頑張るよ!
……って全部を甘く見ていた過去の自分を蹴り飛ばしたい。
全員、仕事は前倒しで進めていたのは完成データを見ればわかるよ。
でもね、そもそもの仕事量が多かった。
なにこれ、ヤバいよ!
滅多に使わない生徒会役員特権の授業免除権を使って一日中パソコンと向き合うこと数日。
エナジードリンクでブーストかけても減らない書類。
体育祭運営委員にデッドラインギリギリで指示や許可を出して、電話口でひたすら謝って、それからまたパソコンと睨めっこ。
じわじわと藍色に染まる窓の外。
未完成フォルダに並ぶデータの山。
絶対に間に合わないと白旗を揚げたのは昨夜十時。
時間外だなんて知らない。
俺は唸りながら理事長に直談判の電話をした。
「やぁっと電話してきた。よくここまで一人で頑張ったね。明日から応援寄越すから協力するんだよ」
慈愛が込められた優しい言葉は疲れた心と体に染み込んでいって、いっぱいだった俺の気持ちが破裂しそうだった。
じわりと視界が潤んだけど、はたと気付く。
そもそも、この仕事量の原因は生徒会の仕事を決めた理事長だ。
危ない。
騙されるところだった。
ともあれ、応援が来るのはすっごく嬉しい。
ちょっとは楽になるかなぁ。
理事長に何重にもオブラートを巻いた文句と応援をくれることにお礼を言って電話を切ったあとは、次の日に備えて生徒会室にある仮眠室へ直行。
夢も見ずに寝て、夜明け前に目覚ましに叩き起こされた。
もう少し寝てたかった。
でも、仕事しなきゃ。
俺、本当に社畜になっちゃったみたい。
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