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第1話 偶発的な惨事。

「や、やめてくださ……っ」 「駄目だ。互いに交わした契約だ。大人しく孕んでもらうぞ、カイ」 「……ッ」 シーツへ押し付ける熱い手に身を竦ませる。 (ああ、なんで、なんでこんなことに) 遡ること一月前。  ヴァランディア王国。 列国ひしめき合う大陸の中で、静かなる鷹と称される大国である。百万人を抱える首都ヴァランでは、王公貴族を始めとした高貴な人間から戦果で流れて来た奴隷まで多種多様の人間で溢れていた。  その人間にも種類がある。アルファ・オメガ・ベータ。これらはバースという生別で分けられる根源の異なる種である。   アルファは、社会的・生物的に特に優れ、その恵まれた体躯や頭脳で王国の中枢を担っている。そして、アルファ・オメガ・ベータ、全ての種を孕ますことができる種である。 オメガ・ベータに才ある者がいないわけではないが、統計をとった結果、多方面で平均であることの方が多い種で、この国の多くの人間は、ベータである。 ーーただし、オメガは、【あらゆる種】を孕むことができる機能をもっている。 基本的に、アルファは優秀なオメガを娶り番とし、ベータは、ベータもしくはオメガを娶り番とした。 それがこの大陸にとって常識であった。 「カイ、すまないが出ていってくれ」 「親方どうしてですかっ、あと半年は雇ってくれるって約束じゃあ!」 ヴァランの職業地区で、大工見習いのカイは大工の親方と揉めていた。 親方は、だるそうに頭をかきながら続ける。 「息子が嫁を取ることになった。嫁は、ロデイン男爵家のオメガでな。家に余計なオメガがいるのが耐えられねえといっている」 「そんな勝手な…仕事を失くしたら、俺どうやって生きていけばいいんですか!」 首都ヴァランの小さな町大工の家で働いていたカイは、突然着の身着のまま追い出されることになり、親方へ噛み付く。 しかし、親方の反応は冷たいままだった。 「知らねえよ、そんなの。頼み込んでくるから雇っただけだ。お前みたいな劣等オメガ」 「……おやかた……」 「何だ?情なんかわかねえぞ。カイ。孕み袋はもっていてもお前のナリじゃあな」 息子がもったいねえわ。 真っ向からの侮辱で頬に朱が差す。 押し付けられた腕に収まる荷物を抱えて、カイは、五年住んだ雇い主の家を追い出された。 (わかってたさ……) オメガの価値は、その容姿と孕み易さで決まる。カイは、平均よりも十センチは背丈があり、また筋肉もベータより付きやすい特徴があった。細さ儚さこそオメガの美とされる中で、明らかに劣っている特徴だ。身持ちの固さもそれに拍車をかけ番どころか恋人すらまともにできたことがない。 (せめてベータなら……) 噴水のある縁に腰掛け、その水面に映る自身を見ると野暮ったい短髪の黒髪と凡庸たる面立ちがあるだけだ。 溜め息を吐き、頭を抱える。 「手持ちは、これだけか」 ポケットから出した数枚の紙幣と硬貨は、一月も過ごせない金額だ。紹介状もない状態で、一から仕事を探すには、あまりに心許ない。 「何でもいいから仕事…あと住めるとこ探さないと」 「何でもいいから仕事ってもねえ、あんたオメガでしょ」 「オメガですけど、この通りベータより体格はいい方ですし、大工の下働きをしていたのでそれなりに動けます」 「んー…うちは、そういう下働きは、アルファの強い子雇ってるからねぇ」  もう何件目だろうか。  日も暮れ、冬が近いせいで震えながら入った酒場街。客入りのいい店の扉を開ける。 カウンターにいた、しなのある渋声の女将に一杯酒を頼んでから、縋るように聞いてみたがけんもほろろである。 「それに、あんたみたいなのこんな時間にこんなとこに来るんじゃないよう」 「俺、成人しています」 落ち込みながら、目の前の酒を啜るが、そうじゃないと女将は顔を険しくする。 「ここがどこだかわかってないのかい?ここはね」 そう言いかけた時、鈴を鳴らして客の男が入って来た。女将はいらっしゃいと声をかける。カイも後ろを振り返った。 入ってきた男は、頭から灰褐色のマントを羽織っており、顔は見えない。訝しげに見ていると、女将が小声で話しかける。 「あんたオメガなんでしょ。友達のとこでもいいから兎に角泊まって、明日の昼にまた来なさい。何か探してあげるから」 「友達とか…ここにいなくて」 地元は、地方の片田舎だ。血の濃さを嫌って若い者は外へ出る慣わしになっている。カイもその一人だった。 「女将。話しているところ悪いが…」 先程の客が近付いてくる。 「あ。はい、どの子にしますか?」 「黒髪のーそう、彼のような体格でー」 何の注文なのか、客はカイの方を見ていくつかの特徴を述べた後、言葉に詰まったようである。 「ーーお客さん?」 「彼は店員か?」 「いえ違いま「そうです、俺今日からここに入るんです!」」 天の助けというか、ごり押しというか。 カイは、野宿だけは避けたくて、女将が否定する前に割って入った。 (すみません、でも俺死にたくない!) こんな寒い夜に野宿なんてしたら死んでしまう。 「お前の名前は?」 「カイです!体だけは丈夫です」 「なるほど、その顔は自前か?」 「?生まれてから、特になにも??」 そうか、と客は女将に向き直り、五枚の紙幣を置いた。最も高価なロイセン紙幣であったので、少し驚く。 (ヴァランディアには、紙幣が三種・硬貨が四種あり。ロイセンは、最も高価な貨幣。)  酒場はそんなに手当がいいのか。 女将は、思い溜め息をついて腕を組む。諦めたらしい。 「旦那、この子は初めてなんです。顔を見せてやってくれますか」 「…まあいいだろう」 ちら、と周囲を伺った客は、周囲の目がこちらに向けられていないことを確認する。 そして、そちらには背を向けてから、マントを脱いだ。 その下から現れた彫り深い顔は、短く整えられた輝くブロンドに相応しく、作り物のように美しく精悍である。一目でアルファだと理解できた。 カイが目を見開いていると、客は慣れているのか、そのまま名乗った。 「ヴァルと呼べ。」 「ヴァル様、えと…女将、さん」 「……ヴァル様、お部屋は二階の真ん中をお使い下さい」  チャリ、と鍵がヴァルに渡される。 そこまで来て、漸くカイも変だな?と思い始めた。 (部屋で酒を飲むのか?) 「カイ。お前が決めたんだ、どうせ行くとこないというならしっかり務めな。」 小声でお客様には、決して逆らうんじゃないよ。と言われ背中を押された。 「あ、あの」 「少し聞きたいことがあるだけだ。来なさい」 戸惑うカイの手首を握り、酒場の階段を上がっていく。 (聞きたいことって何だろう?) 装飾のない薄い板張りのような扉を潜ると直ぐ様閉められると、壁に追いやられる。 「わっ!」 驚き思わず振り上げた拳を容易く受け止められてしまう。 「……オメガか?」 「あ。はい、そうです。だめでしたか?」 「いや。むしろそうでないと意味がない」 (意味がない、とはどういうことだろう?) 落ち着かない状況を変えたくて、思い付いたことを口にする。 「あの……ここは飲み酒場ですよね?俺、お酌します!」 「さっきから、違和感があるんだが。お前、本当にここの店の者か?」 「はい。ついさっきから」 「……俺が聞きたいのは、お前がオメガかどうかということ。そして」 俺の子を孕んでほしいということだ。 一瞬、何を言われたかわからなくて。カイは固まった。 茶化すような振りはない。客は至って真面目に、カイに向き合っている。 「孕んでくれって」 「まず、ここがどこだかわかっていないようだから、説明するが。ここは酒場の体を借りた娼館だ」 「へ?!」 すっとんきょうな声が出る。耳を澄ませば左右隣から怪しげな物音と矯声が聞こえてきた。 「知りもしないで店員になったということは、金に切羽詰まっているだろう」 「う…」 その通りだ。明日をも知れぬ。この身娼館と聞いても出ていく場所がない。 「金は、いくらでも積んでやる。だから俺の子を孕んで、産んで欲しい」 「そ、それは番になれって…ことですか?」 初対面の人間によく申し込めるな、とカイが思っていると否定される。 「妻はいる」 最低だ。 あまりのことに唇を噛むと、ヴァルの指先がカイの顎にかかった。 「だが、新婚なのに逃げられた。事情があって、大っぴらに探せない。ここへは憂さ晴らしに来たんだが…僥倖だよ」 「ど、どういう意味?」 「お前と妻は、よく似ている」 「最低だな!アンタ!!」 今度こそ口に出して吠えていた。 (いやいやいや、おかしくないか?新婚なのに逃げられたまでは、わかる。可哀想だな、ってな。妻を探せない、よくわからんがわかる。だが、探せないから代わりに他人でいいやとはならんだろ!!!) 「謗られる謂れはない」 「本気で言ってるなら、アンタの感性を疑う」 寒気がする腕を両手で擦って、聞かなかったことにしようとヴァルの囲いから出ようとする。しかし、ヴァルは、びくともしない。 (ほんと、アルファは一々癪に障る) 「どこへ行くつもりだ」 「女将さんへ言って、倉庫でも借りて泊まる」 「……気っ風の割に世間知らずだな」 「は?」 ぐいっと頭が持ち上がったかと思うと、唇に柔らかいものが押し当てられる。 「んぅ?!」 口を閉じようとするが、未知の感触に頭は混乱し、舌の侵入を許してしまう。 (うわ、熱い、やわかたい、気持ち悪い~ッ) 涙目になりながら、人生初めての口付けを力のうまく入らない両手で抵抗する。ヴァルは、肩を殴られても意に介さず散々カイの口腔を蹂躙して漸く出ていった。 「……っは、ぅ…」 がくがく、と膝を震わせヴァルに凭れかかる。 「金でお前を買ったのは見えなかったか?女将に小声で何か言われていたようだが。ここでは、逃げる行為は許されない」 「ゃ、やだ」 何故か動かない体の代わりに、口は反抗するが、ヴァルは、その体ごと抱き上げてしまう。一歩また一歩近付くベッドに、カイは無視してきた体の一部が熱くなるのを感じた。 「カイと言ったか。まあ、会ったばかりだ。その世間知らずの体にゆっくり教えてやる」 宵闇に包まれた窓の外で、重い雪が降り始めていた。

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