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3 君のいない部屋

(アラン視点です)  さっきまで、頭の中を占めていたざわめきがふっと途切れ、あたりは静けさに包まれた。  違和感を覚えてそっと目を開けると、目の前にいたはずのアマネの姿は、もうどこにもなかった。  俺は信じられずに、ゆっくりと部屋の中を見渡した。けど、やはりアマネの姿は見当たらない。  アマネのお気に入りのクッションも、さっきまでテーブルに置いてあったはずのお揃いのマグカップも、初めからなかったかのように消えていた。  今日は、アマネと薬草採取に行く約束をしていたはずだ。そしていつもと変わらない一日が始まるはずだった。なのになぜ……?  俺は、わけが分からず頭を抱えて座り込んだ。  確かに、いつかはこんな日が来るだろうと、心のどこかでぼんやりと考えていた。  けど、アマネとの日々が当たり前になりすぎていて、その可能性から目を背けていたのかもしれない。  アマネが俺の目の前から姿を消して、やっと思い出したんだ。アマネは俺とは違う世界から来たということを――。  呆然とする中、ふと自分が手にしているものの存在に気づいた。それは、アマネから受け取った、一通の手紙だった。  俺は大切に広げると、ゆっくりと目で追った。  あいつは、どんな思いでこの手紙を綴ったのだろうか。何度も書き直したような跡を、指先で辿った。  なぜこんなに、胸が痛むのだろうか……。 「アマネ……」  俺が小さく名をつぶやくと、手の中の手紙は微かに光り、まるで役目を終えたかのようにふっと消えた。  ◇  数日経っても、アマネがいなくなったという事実を、俺は受け入れられなかった。  街の人に尋ねれば、アマネの行方を知っている人がいるかもしれない。俺はそう思って街へ出た。  なのに、行方を知らないどころか、「誰?」と、アマネの存在自体を否定された。  この街でアマネと過ごした日々は、俺が見た夢だったのか? もう何もわからなくなってしまった。  それでも、夢ではないかもしれないというわずかな可能性に縋り、この街にとどまっていた。  けど、もう潮時なのかもしれない。俺は、そろそろこの街を出ようと思った。  そんな時、朝から街の中が賑やかなことに気づいた。  外に出て辺りを見回すと、あちこち飾り付けがされていて、街の人たちもいつもと違う衣装を身に纏っていた。 「アルカナ祭か……」  アマネと出会ったのも、この祭りの日だった。  俺は流れの冒険者で、旅の途中でこの魔法都市『アルカナ』に立ち寄った。  魔法適性が低い俺にとっては少し落ち着かない街で、すぐ次の街に行こうとしていたんだ。  そんな時に行われていたアルカナ祭の最中に、妙に浮いたやつを見つけた。見たこともない格好で、周りをきょろきょろ見回していた。――それがアマネだった。  異世界からやってきたと言うアマネは、俺の知っている誰よりも優しくて強かった。  初めて会った時は不安からか、『ここはどこなのか僕が聞きたい』と詰め寄られたものだが、一緒に住むようになってからは、よく笑いコロコロと表情が変わった。  初めは人助けのつもりだったし、ただの客人としか思っていなかった。  けどいつしか、アマネの笑顔から目が離せなくなり、気づくと目で追うようになっていた。  その時の俺には、この感情の正体がわからなかった。  ……そして、アマネは来た時と同じように、突然俺の前から消えた。  アマネとの思い出を辿っているうちに、俺はどうしてももう一度アマネに会いたいと思うようになった。  この街の誰もアマネのことを覚えてはいなかったけど、俺の熱意に負けて、転移の魔法陣の研究に協力してくれた。  初めは、何度やっても成功しなかった。  答えに辿り着いたのは、偶然だった。異世界転移には、強い『縁』が必要だという一文を古文書で見つけたんだ。  俺とアマネを繋ぐもの。それは、アマネにもらったチョコレートしかない。  そして俺たちは、やっと魔法陣を発動させることに成功した。  目の前に現れた鈍く光る魔法陣を前に、街の魔術師が俺の意思を問うために、重い口を開いた。 「魔法陣の発動に成功しました。おそらくあなたの会いたい人の元へ導かれるはずです。ただ、時空の歪みに飲み込まれてしまうかもしれないし、無事成功してもおそらくもう戻れない。……それでもあなたは行くのですか?」 「構わない。……手伝ってくれたことに感謝する」  俺の絵空事のような話に、真剣に付き合ってくれた街の魔術師たちに礼を言うと、深く頭を下げた。  そして俺はアマネからもらった紙袋を握りしめ、再び魔法陣の中央に立った。  例えこの魔法陣が一方通行でも構わない。二度と戻れなくても、俺はアマネのところへ行く。 「アマネ、今行く。……待っていろ」  強く願った瞬間、魔法陣の光が一気に強くなった。その光は瞬く間に広がり、あっという間に俺を包み込んだ。

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