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第1話
曇天に覆われた中で行われた国王陛下の葬儀は、何事もなく埋葬式まで行われていた。
雨季の時期でも珍しく雨が降らずにいた葬儀の期間は全国民を参列させ、別れを告げる時間を天が十分にくれたようだった。
そして最終日の今日、埋葬の儀が行われる手筈になっている。
第二王子のバレック殿下に与えられた部屋で、窓際に立って空を覗いていたロレティカ・フォロバトンは、窓硝子に映る扉から新しいお湯を持って来たメイドを硝子越しに見ていた。
遠くを見ていた焦点と引くと今度は自身の姿が映り込む。
鏡のように見つめ返す瞳は暮れる太陽を溶かしこんだような朱色で、肩に掛かる長く淡い金色の髪は三つ編みに結いていた。
今日は教会から納棺を済ませた陛下が王城へ帰って来る日だ。
違う部屋には第ニ王子のレイリス殿下が控えているだろう。
レイリス殿下がどう言う人かはあまり詳しく知らないが、疑い深い人格だと聞く。
何せ陛下が侍女に手を出して生まれた不義の子で、母は生んで直ぐに亡くなり、王妃からは虐げられて生きて来たのだ。
それでも元気に育ったのは、見かねた公爵家が屋敷へ招待したからだろう。
王族に次ぐ権力者であり、近衛騎士の多くを輩出してきたリュンデン公爵家は今でも栄えている家門だ。
レイリス殿下は剣術や勉学、作法を公爵家の四兄弟や、公爵家騎士団と共に学んだと聞く。
風当たりが強い王宮でも支持する貴族がいてくれるのは、信じられる後ろ立てがあるからこそだと思う。
それに比べてロレティカの実家であるフォロバトン候爵は衰える一方で、王妃からの支援がないと存続が危うい没落寸前の家門だ。
仕えているバレック殿下は堪え性がなく、傲慢で口よりも手が先に出てしまうような方だった。
部屋へ給仕をしにやって来たメイドがワゴンの上で茶器を用意する傍ら、足と腕を組み高圧的な態度を取っている。
「おい、まだ父上の棺は到着しないのか!?」
知る由もないメイドを睨みつけると、まだ成人して間もないような若干十五歳程度の少女は、顔を真っ青にして震え上がった。
給仕をしに来ただけの、まだ不慣れな手付きを見せる若いメイドは当然、葬儀の進捗なんて知るわけもなく。かと言って王子に対して失礼な言葉遣いも出来ない小さな身体は、バレック殿下に目を掛けられただけで泣きそうになっていた。
そんな様子に侍従を兼任していたロレティカは張り付いていた窓際から離れて、バレック殿下の座るソファの横へ移動し跪いた。
「殿下、侍女や警備兵からの知らせがないので、まだ到着していないかと思われます」
ロレティカの助け舟に安堵したメイドは肩を落として俯いた。
「チッ。司祭どもめ何をグズグズしているんだ。日が暮れてしまうではないか」
日が暮れると言うのは錯覚のようなものだろう。まだ時刻は正午も回っていないのだから。
長らく曇天の日々が続いたお陰で、殿下の体内時間は狂ってしまったらしい。
「何かお菓子でも用意させますか?」
「いらん!」
「失礼いたしました」
お辞儀をすると退散しかねているメイドに目を向ける。メイドは俯いたまま動けずにいた。
その様子からは低位貴族令嬢よりも平民の身分を彷彿させる。きっとそれはあながち間違いでもないのだろう。
ロレティカはこれ以上、殿下が不機嫌にならない内にメイドを帰させようと、手を取ることで上を向かせた。
「白湯、ありがとうございます。次の仕事に戻って構いませんよ」
「ぁ……、ありがとうございます」
肩を抱いて廊下へと出すと、メイドはお辞儀をしてから駆け出した。
走って逃げる気力があることにまだましかと思う。以前のメイドは腰を抜かして、立ち上がることさえ難しかった。
(普段は元気な女性なのかもしれないな)
扉を閉めると用意された白湯で新しく紅茶を入れる。
茶葉の奥深い香りが漂い辺りの空気を和やかに一変させた。
カップを目の前のテーブルに置くと殿下はそれをちらりと見るが、喉は渇いてないようで手を付けようとはしなかった。
さらに組んだ足を見れば貧乏揺すりをはじめた様子に、ロレティカは思案したあとアンティーク調の掛け時計を見てから一つ提案をしてみた。
「陛下は戻られていないとは思いますが、土葬の儀に参加する令嬢方がそろそろ下のホールに集まっているかも知れません。散歩も兼ねて出迎えにあがっては如何でしょう」
すると殿下は一変してふんぞり返っていた背中を真っ直ぐ伸ばした。
「それだ! ロレティカ、外套を取ってこい。ユグル、ホールへ向かうぞ」
「はっ」
立ち上がる殿下に命令され、ロレティカは衣桁から外套を取って来るとそっと肩に掛ける。
その後ろに続く護衛騎士のユグルが部屋かは出るのを見送ると、机にある茶器を盆の上に片してから戸締まりを確認した。
それから直ぐに玄関ホールへと向かった。
遅れて着いた頃には既にバレック殿下の周りには令嬢たちが群がっていた。
少し離れたところに控えるユグルの隣りに立つと、今度は侍従としてではなく、護衛騎士として周囲に不審な気配がないかを探る。
ロレティカの身分は大きく分けて二つある。バレック殿下の身の回りのお世話や公務をサポートする侍従としての役割と、盾や矛として殿下の安全を確保する護衛騎士としての役割。
公私において横にいるロレティカは、バレック殿下にとっては所謂小間使いのようなものだった。
「ロレティカ、ユグル。こんな所にいたのね」
名前を呼ばれて振り向くと、そこにはバレック殿下の母君であるレビッタ王妃が豪華なドレスに身を包んで立っていた。
その後ろにはロレティカの家族である候爵と義母の夫人。そして連れ子であるオルガと、二人の間に出来た妹のロリエが控えていた。
王妃が手に持っていた扇を広げると口元を隠す。
「盾と矛の役目をこなしているお前たちを見ていると、息子を安心して任せられるわ」
「もったいなきお言葉でございます」
「そのまま戴冠式が終わるまで気を抜かないでちょうだいね。それにロレティカ、いざとなったら頼むわよ」
「はい」
今の職に就くまで候爵からは、将来バレック殿下の手となり足となり、必要とあらば頭と心臓としての役割を背負うように言われて育てられてきた。
それは王妃の言葉でもあったらしく、いざとなればバレック殿下の代わりに剣で切られる覚悟をするよう執拗に言いつけてきた。
そのためにもバレック殿下の侍従として隣りに立つための、あらゆる知識が必要になってくる。
騎士のユグルがそうであるように剣術を浸すら極める剣の道とは違って、多方面で完璧さを求められるし、その命は使用人と同じくらい軽く扱われる存在だ。
父である候爵からしてみても同じ価値しかないだろう。
「本当にフォロバトン卿の息子は肝が据わってますわね」
「フォロバトン家は陛下や正当な王子に使える家門ですから当然のことです。特に愚息にはずっと殿下の面倒を代われるようになりなさいと言い聞かせてきたものですから、何なりとお任せください」
候爵の言葉にはロレティカに対して労るような素振りはない。
ロレティカは言わば献上品のようなものだった。
幼少期に登城した際、王妃のお近づきになるために捧げられたようなもの。息子としての感心は一切向けられたことがなかった。
幼い頃はその言葉に傷ついたこともあったけれど、反抗して地下にある書斎に閉じ込められるくらいならばと、家族からの愛情を欲するのはもう半ば諦めた。
候爵が見向きもしないのはロレティカの母親のことが一因しているだろう。
ロレティカの実母は三歳の頃に離婚届けの一枚を置いて、何も言わず屋敷から出て行ってしまった。それからは屋敷での居場所がロレティカにはない。
候爵は突然姿を暗ました母に怒り狂い、その矛先はロレティカへと向けられた。
父に当たり散らされるのはまだ我慢出来た。けれど後妻が来てから、ロレティカの環境は大きく変わった。
後妻が来て邪魔者になったロレティカは、地下の書斎へと閉じ込められたのだ。
地下と言っても一角には窓があり、そこから入る陽の明かるさで一日が分かる。
死なれては困るのか、冷めてはいてもパンやスープ、生野菜や干し肉と云った食事は出てきたので、軟禁状態に近い待遇で育てられた。
地下から出てこれたのは八歳を迎えた頃。オルガの登城に合わせてやっとロレティカも解放されて、まともな衣服と食事にありつけた。
「本当に。少しは役にたってもらわきゃね」
「兄さんは背が小さいし、筋力もないから、せめて侍従の仕事くらいは熟してもらわなきゃ」
毎日似た愚痴をもらす候爵夫人とオルガに、ロレティカは何も言わずにいた。
一々返すのも疲れたし、体格は実際にオルガの方が立派に育っている。
成長期の時を地下で過ごしたのだから背が小さいのは小さいだろう。
未だに、肌は白く。周りの同級生と比べても身長も筋肉量も全くない。
それでもまだ平均値に戻せた方なのだ。
地下から出されたあの二年間は地獄のような日々だった。
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