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第1話
――聖具 は汝に託された。覚醒せよ、選ばれし者
突如として脳内に再生されたその言葉で、俺はハッとした。
あれ、これって……前やってたゲームの台詞だよな。所謂『乙女ゲーム』というジャンルの。
「おい、聞いているのか。早く治癒魔法を施せ」
……なんで目の前に居るのかな。
難攻不落、なんならゲームのバグとまで言われた……攻略対象の1人である聖騎士『イーサン・ガイ・クライヴ』が。
――
【幻想夜想曲 】
「天使の聖具」を拾った主人公『フタバ』が、「天使」と呼ばれる聖女として異世界転移をした後、
王子ライザ・聖騎士イーサン・黒騎士ウィリアム・商人クラーク・聖職者コナー・殺し屋レオン
以上の個性豊かな6人と恋愛を繰り広げる大人気乙女ゲーム。
仲の良い職場の先輩から『間違いなく名作だから、食わず嫌いせずにやってみろよ』と勧められ、多少興味を持ちやった事がある。
大人気というだけあって、ストーリーは普通に面白かった。……まぁ、攻略対象たちが口にする甘い言葉には砂を吐くしかなったが。
――
「おい、いつまで待たせるんだよ」
そのキャラの1人が今、目の前居て……動いて、いる?
夢……いや違う現実だ。その証拠に抓った頬は痛い。
「おーい、聞いてんのか」
「き、聞いてます。えっと……俺って何者ですかね」
「は……? お前は医者だろ」
フワッと右で分けた長い前髪の向こうから、紺碧の瞳でこちらをじっと見ている絶世の色男。
整いすぎたその顔が、俺の言葉に眉を寄せている。
「あ、そう……ですよね」
ふと視線を下に向けると、しっかりと水色のスクラブを着用中。
その瞬間、前世の記憶が一気に俺の中に舞い戻ってきた。
◇◇◇
『今年も終わりですねぇ』
雪がちらつく大晦日の夜。
カウントダウンだと街が騒ぎ立てる中、先輩と飲んだ俺は電灯の少ない近道を互いに体を支え合いながら歩いていた。
『そういえばこの道……最近治安悪いから気を付けろって、看護師の皆さんが言ってたな』
元々人通りの少ない道には、休みの為かいつもに増して人気がない。
『ここはぁ~家かぁ~レオンはどこだァ~』
『家じゃないし、レオンは居ません。もー、ちゃんと歩いてください』
そんな俺たちの前に、鈍く光る銀色の何かを携えた男が立ち塞がる。
『んー? 誰ですか、あんた』
それが俺の発した最期の言葉となった。
◇◇◇
「……そして通り魔に、刺された……」
「過激派組織に刺されたんだ、俺は。全く……何を言っているんだ、頭でも打ったのか? 病人は俺 なんだがな」
向かいに座る顔面国宝は、あからさまに苛立っているが正直俺はそれどころでは無い。
まさか生まれ変わり先が乙女ゲームの世界なんて聞いてないが⁉
――よりにもよって「名も無きモブ医者」、だなんて。
目の前にあるのは鮮血滴る逞しい右腕。
診療室の丸椅子にドカッと座った彼は、先程から「治癒魔法」を所望しているが、それが何であるのか、どのように施すのか心当たりがない。どうやら今の俺の頭からは「魔法」に関する知識がすっぽ抜けているようだ。
幻想夜想曲 内主要都市「王都アトランティウム」。市街地の中にこじんまりと佇む診療所には何度か、ヒロインとして訪れたことがある。
茶色の一戸建て、『診療中』の札が掛かるドアを開けると、その向こうに居る銀髪紫眼のこれと言って特徴のない青年が『また来たの』『とりあえず、治癒魔法すればいい?』と決まった台詞 を繰り返していたよな。
――あの、死んだ目をした青年が俺という事か‼
そして問題の、向かいにどんと座る美丈夫。
この男、どの選択肢を選んでも上がる好感度は良くて5。ヒロインがどれだけ尽くし愛を囁いたとて、返ってくる言葉はただひとつ。
『だから何だ』
「どうしてお前が乙女ゲームに存在しているんだ」と、何度言ったか分からない。常に眉間には色濃い皺が寄っており……そう正に今、目の前にある表情がそれだ。このゲームを薦めてくれた先輩ですら「イーサンだけは止めとけ。心が砕けるというか狂う」と言っていた程に彼の攻略は困難を極めると界隈で有名な話だった。
「かっこいいんだけどね……ビジュだけは」
口の中で、思い出したようにそう呟く。
ゲーム内に特定の推しというものは存在してはおらず、イーサンを除く全ルート攻略はしたものの、みんな違ってみんな良かった。
本当に、敢えて言うならば……その、イーサンの顔が良い、好みだったと、ただそれだけ。
「あのな、聞いているか。……いい加減痛いんだが」
そんな彼の言葉で、俺の意識は現実へと舞い戻った。
そういえば、過激派組織に闇討ちされて腕を怪我したと言っていたな。いきなり「前世」の記憶が頭に飛び込んで来たが、先程までこの世界で交わしていた会話の記憶はあるようで「助かった」と、俺は胸を撫で下ろした。
肘下を抑えている白い布は既に大半が赤色に変わっている。
「あー、これは痛そうですね」
「そう思うなら、早くどうにかしろ」
今にも張り裂けそうな青筋が彼のこめかみに浮かんでいる。怒っている? いや、彼の場合はこれが通常運転な気がする。
「は、はい」
――どうしたものかな。
たしかこの世界は、魔法を使うのが日常の世界。しかしどういう訳か圧倒的ヒーラー不足で、数少ない治癒系魔法の使い手はこうやって医者になったり、高額契約で何処かの団体に所属して戦い等に赴く、そんな設定だったのは覚えがある。
希少価値の高い俺だが……残念ながら今、治癒魔法とやらは使えぬ状態なんだよな。
つまり何も出来ぬ、ただの人間。
「ん……?」
良い方法 を求め辺りを見回すと、隣に置かれた銀色の、医療現場でよく目にするワゴンに、見慣れた器具がある事に気が付いた。
なんと! お誂え向きに縫合セットが置いてあるではないか。何なら局所麻酔 まで。
「これは……どうして」
「何で魔法が当たり前の世界にこんなもんがあるんだよ」なんて思いながらも、これは前世の記憶がある今の俺にはうってつけ。
「すいません、魔法は本日売り切れの為、物理で処置します」
「……何だって?」
ゲームで何度か見た死んだ目の状態そう告げると、焦げ茶色の髪を横に揺らした麗人が素っ頓狂な声をあげた。
まぁ、それもそうか。魔法が一般的な世界で、まさか傷口を縫合するとは。
「まぁまぁ、騙されたと思って」
「は?お前、自分が何言ってるのか分かってるのか」
あからさまな拒否を示す彼の左腕を真顔で引っ張り、壁沿いにあるグレーの診療台へと寝かせる。
そう広くない診療室内は、ドクター用のテーブルが1つと、互いが座っていた黒い椅子が2つ。薬品類が並んだ棚と硬いベッドが1つ置かれた、日本でよく見る町の診療所によく似ていた。残念なことに、周りに看護師の姿は見当たらない。
「大丈夫、悪いようにはしませんから」
「信用出来る人の台詞じゃないだろう、さっきから……」
「なら、申し訳ありませんが何の処置も出来ません」
「ふざけるな」
真顔でそう言う俺の顔には「従えないならお帰りください」と書いてあるのだろう。ため息すらも色っぽい男は、横たわり渋々俺に腕を差し出す。「漸 く処置が出来る」と慣れた手つきでその腕を、ツンと鼻につく消毒液で拭き始めた。
傷は深いが綺麗な切創だ、治りは早いだろう。
まさか転生した人生で、救命救急医 だった経験が役に立つとはな……芸は身を助けるとはこの事か。
こんな狂犬のような男に「何も出来ません」なんて言った日には何されるかわからない。とりあえず手段は何であれきちんと処置さえすれば、彼も大人しく帰ってくれるだろう。
「はい、終わりましたよ。大丈夫ですかね」
「あ、あぁ……」
手際よく縫合を終え、施術部を真っ白な包帯で覆う。
――余計な肉なんてひとつも無い、逞しく綺麗な腕だな。
嫌というほど人体を見てきた人生、こんな芸術点高い腕見せられたらそう思わざるを得ない。
「明日明後日くらいまでは痛むかと思うんですが、……痛み止めってあるのかな。まぁ、あるだろ。お出ししますね。麻酔切れたくらいに1回飲めば安心かと思うので」
息をするように注意事項を述べるが、先程から彼は美しい海のような瞳で、腕に巻かれた包帯をじっと見つめている。
「……」
俺の話聞いてないのだろう、先程からなんの反応も示さない。まぁ、聞いていようがいまいが、説明をしておかなければならない。一応な、義務だ義務。
「数日お風呂は避けてもらって、感染予防の為にも出来れば濡らさないで下さい。後は、難しいとは思うですが、激しい運動等は……」
「お前、名前は」
「へ?」
説明を遮る想像もしていなかった問いに、つい間抜けな声が出てしまう。
「名前は何と言うのか、と聞いている」
診療台から起き上がった彼は、俺の目をじっと見つめながらそう告げた。
「な、……名、前」
あるわけないだろう、こちとらモブだぞ。
ゲームの名前の所にも『町医者』としか書かれてなかったわ。
口篭る俺に最初こそ不思議そうな顔をしていた彼だったが、直ぐに「あぁ」と何かを理解したような声を上げ、スっと胸に手を当てたかと思えば、軽く会釈をした。
「名乗るのが先だったな。俺はイーサン・ガイ・クライヴ。王国騎士第2騎士団長をしている」
視界の隅に、ぱっと花の咲いたような笑顔が映った。
……いま、笑った……?
仏頂面が基本 のイーサンが……気の所為、だよな。
そもそも、自分からちゃんと名乗るようなキャラじゃなかったはずだ。『名乗る必要性を感じない』と言われた記憶しかない。だがその行いを無下にする訳にもいかず、どうするかと悩んでいると俺の中に『とある名前』が浮かんだ。そしてそれを告げる為に、どうにか動揺を悟られないよう笑顔を作り上げる。
「イーサン様ですね。俺、は……アオです」
悩んだ末、前世の名を名乗る事にした。
――結城 蒼生
それが、俺。
「イーサンで良い。アオ、か。すごい技術だな、アオ」
「……っ⁉」
先程は見間違いかもしれないと思っていた。
だが流石の2回目のそれに、それまで表情筋の死に絶えた俺の目が大きく開かれる。
やっぱりさっき、笑ったよな……?
そんなキラキラした笑顔、画面越しでは見た事がないんだが。いつもつまんなそうに画面の向こうからこちらを睨んでただろ。
前世の記憶が戻っただけでなく、鬼畜がデレたとか…情報過多が過ぎるんだが⁉
◇◇◇
「どうにか帰ってくれた……」
嵐のような彼が帰った後、俺は待合室に飾られた鏡の前に立っていた。
サラサラの銀髪。目にかかる前髪には、若干の鬱陶しさを感じる。
「それにしても、モブの割によく出来た顔だな」
大きな紫の瞳は吸い込まれる程美しい……そう、それはまるでアメジスト。長い下睫毛と、左下の笑いボクロが特徴と言っても良いバランスの取れた顔立ち。
「歳は27,8……前世と同じくらいか」
水色のスクラブから覗く透けるように白く細い腕は、お世辞にも筋肉質とは言えない。
「運動苦手な引きこもりでしかないよなこれは」
その辺は前世の自分とそう差異がなく、弾力のある唇から苦笑いが零れた。
「あのぉ……すみません。本日の診療所はもう終わりですか」
カランっと開いたドアから、若い母親と手を繋いだ男児が顔を覗かせている。そちらを振り返った俺は「あー……」と苦笑いを浮かべた。
――今日からこの世界が、俺の舞台 ってことか。
……足掻いてもどうにかなる訳でも無い。現実を受け入れるしかない、よな。
「……満足いく処置が出来るか分かりませんが……どうぞ」
そんな言葉に、親子は顔を見合せていた。
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