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【7】
怒涛のプレゼンテーションから一ヶ月。結果が出るまで、チームは解散しない。その間、瀬里は本社を離れ、支社での業務に追われていた。託された残務処理をこなしていた梓は、彼のいない寂しさに心が折れそうになる時もあった。、そういう時は決まって、瀬里からの信頼を裏切るわけにはいかないと、自身を奮い立たせた。そんな梓のスマートフォンに、瀬里からメッセージは入ったのは、終業時間五分前のことだった。
『二年前のあの場所で、待っててくれ』
訝りながらも、早々に退社した梓は、あの駅のコンコースに立っていた。週末の帰宅時間帯ともあり、あの日と同じように人々が溢れ返っていた。円柱の陰で人の波をかわしていた梓の前に、長身の男性が立った。
「瀬里さん……」
見上げた視線の先には、優しげに微笑む彼の姿があった。電話やSNSでのやり取りはあったものの、こうやって会うのは久しぶりだ。嬉しさと、愛しさと、ほんの少しの寂しさに涙が溢れそうになる。
「お疲れ。不安にさせたか?」
「え?」
「俺がいない会社は、寂しかったか?」
「大丈夫……です」
素直に「うん」と言えず強がってみるが、できることならばこの場で思い切り抱きつきたい衝動をグッと抑え込む。
「――嘘、つくな」
額を指で弾かれて、その痛みに梓が小さく顔を歪めた時だった。
「プレゼン、通った。これから、ゼネコンとの契約・取引へと動き出す。忙しくなるぞ……」
「え……? えぇっ! あの……そうなると、瀬里さんは……。支社の方は、どうなっちゃうんですか?」
驚きと嬉しさ、そして困惑に頭がついていかない。梓は矢継ぎ早に、瀬里に問いかけた。
「お前は、どうなってほしい?」
「俺は……瀬里さんと、一緒に……仕事がしたい、ですっ」
梓の言葉に、緩んでしまった口元を隠すように俯いた瀬里は、自身の髪を落ち着きなくかきあげながら言った。
「俺も……お前と仕事がしたい。だから……近藤部長に、本社に戻してもらうようにお願いした。そしたら、逆に怒られたよ「お前の案件だろっ。最後まで責任持て」ってな。今まで支社に行ってたのは、後任者への引継ぎのためだ」
瀬里の言葉に、堪えていた涙が溢れそうになる。それを誤魔化そうと無理やり笑顔を作ってみるが、頬が引き攣ってしまい上手くいかない。何とも微妙な顔を隠そうと、再び俯こうとした梓の顎を瀬里の指がグッと上向けた。
彼の薄い唇が重なり、前触れなく厚い舌が滑り込んでくる。驚きで瞠目したままの梓は、すぐ近くにある彼の長い睫毛に、透明の雫が揺れていることに気づいた。
「瀬里さん……っ」
彼の胸元に手を添え、グッと押し返そうとした梓の動きを制するように、瀬里の唇が動いた。
「お前を抱きたい……。はやく……俺のものだけに……したい」
小さく息を呑んだ梓の唇に自身の唇を触れ合わせた瀬里は、掠れた声で続けた。
「他の男に抱かれた記憶を……全部、上書きしたい。俺だけがお前に与えることができるもの……それを、受け取ってほしい」
「瀬里……さん」
「だから……。もうハッテン場には行くな。お前が……他の男に……抱かれるのを想像するだけで、気が狂いそうになる」
そう言って、梓の細い体を強く抱きしめた瀬里は、肩口に顔を埋めたまま唸るように呟いた。かすかに声が震えているのは、彼が泣いている証拠だった。睫毛についた雫も、他の男たちに嫉妬心を剥き出す彼も、全部――嘘じゃない。
梓は、彼の広い背中に両腕を回すと、こみ上げる嗚咽を必死に堪えながら言った。
「瀬里さんだけのものに……してください。お願い……。もう……寂しいのは、嫌だ」
誰からも愛されない、誰からも認められない。この広い世界でたった一人、そんな梓を愛し、認めてくれる人がいる喜びを噛みしめながら、二年前と同じこの場所で愛を誓う。
「キス……してください。あなたのキスが……ほしい」
二年間、ひと時も忘れることのなかったキス。再び二人の唇が重なった時、すべての時間が止まった――気がした。
*****
「あぁ……。瀬里、さ……んっ」
顎を上向けた梓が体を小刻みに震わせた。今まで何人もの男性と経験があったとはいえ、二年間性交がなかった梓のその場所は、きつく閉じられていた。そこを抉じ開けるように、瀬里の長い指が奥へと入り込んでくる。
「痛いか? ずいぶんとキツイな……」
ローションを纏わせた指が、梓を傷つけないように慎重に動く。彼の愛撫で、ほころび始めた蕾からクチュリと小さな水音がし始めると、梓は唇を戦慄かせて絶頂した。
白い腹に散らかった精液を、舌先で掬うように舐めた瀬里は、口角を片方だけ上げて意地悪く笑った。
「濃いな……。自分でしていなかったのか?」
「して……な、い」
週に数回していた自慰も、瀬里と想いが通じてからはしていない。今はただ、彼に抱かれることだけを夢見ていた。それでもと、性的衝動にかられて自身の指で弄ってみたが、瀬里の顔が浮かんだ瞬間に、それが背徳へと変わった。
前島にビッチと言われ、脚を開くことでしか相手に喜ばれない自分。こんな淫らでふしだらな体は、きっと瀬里に嫌われる――そう思ってしまったのだ。
射精したばかりのペニスは、その余韻に浸りながらも次の快楽を待ち望んでいる。鈴口から糸を引きながら落ちる残滓。緊張と羞恥に震えるそれを口に含んだ瀬里は、男らしい喉仏を上下させて、躊躇なく呑み込んだ。
梓は、誰かに口淫することはあっても、自身がされることは一度もなかった。瀬里の熱い口内に含まれたペニスが、再び力を持ち始めるのを感じ、浅ましい自身の体を疎ましく思った。それなのに、彼は真っすぐに梓を見つめたまま、後孔から指を引き抜くことなく、舌を絡ませてくる。
「やだ……。そんなことしたら、また……イッちゃうっ」
瀬里の視線が敏感になった梓の体に絡みつく。逃げたいのに逃げられない。まるで、野獣に追い詰められた小動物だ。でも、恐怖は感じない。熱を孕んだ彼の瞳には、梓を包み込む暖かな光が宿っていた。
「イヤじゃないだろ? これも、俺のモノ……なんだから」
「は……はずか、しいっ」
羞恥に、全身がカッと熱くなる。薄くピンク色に染まった梓の体を、目を細めて愛おし気に見つめた瀬里は、後孔の指を二本、三本と増やしていく。中に埋められた指をバラバラに動かされるたびに、腰の奥で甘い疼きが生まれ、射精感が高まっていく。梓の中にある刺激された無数の襞が、もっと……と貪欲に強請っている。
「あぁ……。瀬里さん、俺……もう、我慢でき……ないっ」
「何を、我慢できない?」
「――れて」
「聞こえないな。ハッキリ言え」
「い……れて。お願い……瀬里さんの、欲しいっ」
ぷっくりと膨れ、赤く熟れた乳首。細い体のいたるところに残された情痕。時間をかけて丹念に愛撫された梓の体は、もうグズグズに蕩けていた。
早くひとつになりたい――その欲求はさらに大きく膨らんでいた。後孔を弄っていた瀬里の指が引き抜かれる。急に襲った空虚感に、梓は泣きそうな顔で彼を睨んだ。そして、腰を揺らしながら自ら脚を開いた。だが、その動きを嗜めるように、瀬里の手が膝頭を押さえ込んだ。
「ど……して。瀬里さ……んっ」
「もう、そんな男娼みたいなマネはしなくていい。お前が望むものを望むだけ、くれてやるから安心しろ」
瀬里のこげ茶色の瞳が野性味を増す。汗ばんだ肌と、普段見ることのない欲情した表情が、強烈な色香を放つ。フェロモンにも似た雄の匂いに、梓が眩暈を覚えた時だった。
彼の長大なペニスが、梓の内腿を叩いた。女性の手首ほどの太さがあるそれが、血管を浮かせ、先端から透明な蜜を滴らせている姿は、まさに彼の分身ともいえた。
いつ爆発してもおかしくないほど張りつめた瀬里のペニスは熱く、それが触れた場所はまるで火傷でも負ったかのようにジンジンと疼いて仕方がない。こんなに凶暴なもので中を抉られたら……と想像するだけで、梓の唇から吐息が漏れた。
「――しい。瀬里さん……俺、もう……我慢できないっ」
「梓は見かけによらず、欲しがり屋さんなんだな。でも……他の男に強請ったら、絶対に許さないぞ。それに、その顔……。誰にも見せるなよっ」
自分が今、どんな顔をしているか分からない。瀬里の体温を感じるだけで息が上がり、期待に胸を膨らませている。堪えても漏れてしまう吐息、開いたままの唇からは唾液が溢れていた。
「しない……。絶対に、しない」
「約束だぞ」
「はい……。瀬里さん……も、ほかのひと……とセックス……したら、ダメ……です、よ」
梓の言葉に応えるように、瀬里は嬉しそうに頷いた。そして、自身のペニスの先端を梓の後孔に押し当てると、薄い襞で覆われた蕾を割り裂くように腰を押し込んだ。
「あぁ……っ」
太くて熱い楔が体内に打ち込まれる。その衝撃に、忘れかけていた快感が蘇り、梓の背を弓なりに反らせた。瀬里の大きく張り出したカリが、梓のいい場所をすぐに探り当て、抽挿されるたびに掠めていく。瀬里の手によって大きく広げられた脚の間から見えたのは、薄く筋肉を纏った綺麗な体と、眉間に深く皺を刻んだ彼の端正な顔だった。
「あぁ……っ。そこ……ダメ。きも……ち、いいっ」
梓の濡れた嬌声が部屋中に響く。瀬里と繋がった場所だけでなく、彼が触れるすべてが熱くて堪らない。ただ激しいだけのセックスじゃない。彼なりの気遣いと、何よりも溢れんばかりの愛情が感じられる。互いの肌がぶつかり合う音と共に、結合部から漏れる水音が部屋に響く。堪えても漏れてしまう声を抑えようと、自身の指を噛んだ。でもそれは、瀬里によって呆気なく離され、代わりに息をすることを忘れるくらい深いキスで唇を塞がれた。
瀬里の背中に回した手に自然と力がこもる。ダメだと分かっていても、つい立ててしまう爪が彼の肌に食い込んでいく。しかし、その痛みを苦にすることなく、梓の背中に手を回した瀬里に引き寄せられるように抱きしめられ、さらに深い場所を突かれる。梓の中で蠢動する襞が彼の形を貪欲に覚え、離すものかと喰い締める。そのたびに、堪えきれず吐息する瀬里の艶のある表情に、梓の心臓が大きく跳ねた。
「イキ……たい。イかせて……っ」
「何度でも……イかせてやる。そして、お前の中に、俺の……愛を注いでやる。絶対に離れられなくなる……魔法をかけて、なっ」
「瀬里……さ、んっ」
「雅史って、呼んで……」
「まさ……ふ、み」
梓の声に呼応するように、瀬里のペニスがひときわ大きく膨らんだ。最奥を抉られ、梓は体を小刻みに痙攣させて声を上げた。
「あぁ――っ。イ……イク。イッ……ちゃうっ」
「俺も……イキそうだ。梓……一緒に、イクぞっ」
低く、それでいて甘さを含んだ声が梓の鼓膜を震わせた。その声だけで、腰の奥にわだかまった熱が出口を求めてせり上がるのを感じた。強烈な射精感。体の中を灼熱の楔で激しく愛撫され、同時に唇を啄まれる。グチュグチュと耳を塞ぎたくなるような卑猥な水音が溢れ、瀬里の荒々しい息遣いに思考が途絶える。
「あ、あっ……。イ……イク、イクッ」
「梓……ハァ、ハァ……イクよ。お前の中で……出すよっ」
「出して! いっぱい……出してっ。あぁ――ダメ。も……イク――ッ」
「ぐっ――イクっ。あ……あぁ――っ」
梓がひと際大きく啼いた瞬間、野獣の呻き声にも似た声を上げて瀬里も果てた。梓の腹に、先ほど達したとは思えない量の精液が飛び散り、シーツまで汚した。頭の中が真っ白になり、焦点も定まらない。そのうえ、腹の中でビクビクと脈動する瀬里のペニスをダイレクトに感じ、また顎を上向けて小さくイッた。
梓の最奥の壁に灼熱の迸りを叩きつけた瀬里は、射精中も腰を揺らして中を蹂躙した。ペニスが引き抜かれるたびに、クチュリと小さな音を立てて精液が溢れ出す。ギリギリまで引き抜いたペニスを、再び最奥まで一気に穿った瀬里は、梓に体を重ねるとキスをくり返した。意識を混濁させながらも舌を出す梓。その舌にやんわりと歯を立てた瀬里は、彼の耳元で囁いた。
「足りない……。もっと、お前を抱きたい。もっと……お前を、知りたい」
「まさ、ふみ……」
「愛している。今までも、これからも……。何があっても離さない。永遠に……愛することを、誓う」
「俺も……。あ、愛して……ます。キス……いっぱい、して……ください」
「もちろんだっ」
もう自分の感情を押し込めて、強請ることを躊躇する必要はない。瀬里は、梓が欲しいものを全部与えてくれる。濡れた唇が触れ合い、目が合うたびに微笑み合う。愛し合う恋人同士ならば、ごく自然に、そして当たり前にできることなのだと梓は初めて知った。
そして、相手の顔色ばかりを気にしすぎ、焦って空回りばかりしていた自分が、やっと落ち着いて立ち止まれる場所――それは、梓に自信と勇気と、本当の愛を教えてくれた瀬里の腕の中だということも……。
「ありがと……」
二年前、あの場所で言えなかった言葉。瀬里の耳元でそっと囁いた梓は、一筋だけ涙を流した。その涙を唇に含んだ瀬里もまた、頬を寄せて小さく笑った。
*****
二年前も、繋がった今も。そして、これからも……。梓にとって、忘れられないキスが増えていく。
噛み合った歯車は、二度と離れることはない。そして、愛を育みながら回り続けていく。ずっと、ずっと……唇を触れ合わせながら。
(終)
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