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第28話 あなたのためのお湯です!
初めて峰山と想いを通じ合ってから二年後。
「保、久しぶり」
「峰山さん……」
赤い絨毯のひかれたホテルのロビーに峰山が姿を現す。それに駆け寄るようにして一人のスタッフがフロントから飛び出した。周りに他の客はいない。
「驚いたよ。都内の名のあるホテルのフロントで働いてるって聞いて」
「卒業してからここに就職したから。ここでたくさん勉強して、オーナーの残した旅館を大きくするつもりだ」
旅館を一時閉じたオーナーは誰もいなくなった旅館で一人隠居生活を送っている。俺のあとは勝手にしろと旅館を保に譲り渡したのだった。
「じゃあ予約の確認してもらおうかな」
「かしこまりました。ご予約はお二人ですね。お連れの方は後からいらっしゃいますか?」
くくっと子どものように笑って峰山は保を指さした。
「おまえと泊まりに来たんだけどな」
「え……」
保は完全に固まってしまう。たしかに、午後八時に退勤するからそのまま泊まることはできる。それに明日は休みだった。
「か、かしこまりました。では当館自慢の部屋付きの白湯温泉をお楽しみください」
保の働くホテルはそれぞれの部屋付きの露天風呂が目玉だった。白湯と呼ばれるマグネシウムたっぷりの乳白色のお湯は老若男女から絶大な人気を誇っている。
「じゃあ部屋まで案内頼むよ」
「かしこまりました」
峰山の荷物を受け取りロビーにあるエレベーターに乗り込む。三階のフロアに降り立つとちょうど目の前の部屋に峰山を通した。荷物を運ぶため部屋の中に足を踏み入れる。十二畳ほどの和室には座椅子と平机が置いてある。
「そこに置いて」
指示された通り押入れの前に荷物を置く。すると、峰山は保の手を引いて露天風呂の前に連れて行く。再会するたびに言わされる言葉を保は思い出していた。その言葉が峰山のお気に入りらしい。
「ほら保、言って」
甘えるような瞳で迫られ断ることができない。
「あなたのためのお湯です……。これでいいのかよ」
「うん。最高。劇団の休みにやってきて正解だった」
抱き寄せられて軽く肩を撫でられる。仕事中だから、と保がその手を遮るとつまらなそうな顔をしていたがすぐに離してくれた。
「じゃあ仕事に戻るから」
「わかった」
踵を返すと、すぐに体を反転させられた。そのまま峰山に上唇を吸われる。たった一瞬のキスに体がぽっと熱くなる。まだ仕事中なのに、と恨めしく思って睨むと峰山は満足げに笑っていた。
「保。好きだよ」
「……っ」
いつもこの男は不意打ちをしてくる。それが俺の心をどれだけ掻き乱すか知らないで。だから、たまには俺から仕返ししてやろうと思って気付けば自分からキスをしていた。峰山は目を丸くして驚いている。その顔が面白くて思わず笑みが溢れた。こんなふうにいつまでも二人で馬鹿な恋をしていたい。
窓から見える青空がどこまでも高く澄み切っている。二人の未来を照らすように眩しい光が差し込んでいた。
ー了ー
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