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最終話 そんできっとこの先も
「お疲れさまでーす! 十二件目取れましたー!」
本日七月二十日、月曜祝日。ホワイトボードの予定欄には『下瀬:二十日午前入居宅見学会(西八王子)、午後商談(西展示場)、十六時帰社予定』と書いてある。十六時半頃に事務所ドアがガチャッと開き、乃亜がくしゃっとした笑みを浮かべた。
今日も今日とて藤原ハウス中央展示場は賑やかで騒がしい。現在事務所に居る原と、半年で大分中央展示場の空気に慣れた湯河が「お疲れさまでーす」と笑って乃亜に声を掛けた。中谷はまだ展示場内で来場客の接客中だ。
「おめでとー、お疲れさん。さっすが我らがエース」
「ヨッ、副店長! おめっとさんです!」
「下瀬副店長カッケーっす!」
「あざまーす! そんな褒められっと調子乗っちゃうな〜」
乃亜は笑顔を浮かべたまんま靴からスリッパに履き替えて事務所に上がり、ポンとデスクに荷物を置いて俺の隣に腰掛けた。事務所は長机のフリーデスクでどこに座ったって良いわけだけど、コイツの定位置は変わらず俺の隣だ。俺は机の上に十七時半からの商談用で印刷した資料広げてるし、乃亜の対面の湯河もDM並べて一件一件直筆でコメント書いてる最中だから、明らか乃亜のスペース狭いんだけど。
昨年に引き続き、今年の乃亜も絶好調。四月には副店長に昇格したし、現時点で既に契約十二件獲得という破竹の勢い。今年二十件の大台も現実味を帯びてきた。
名刺に副店長っていうたった三文字が増えただけでも箔が付くし、ついでに二級ファイナンシャルプランナーって一文も先月増えた。肩書きは安心保証みたいなもんで、あればあるだけ足しになる。宅地建物取引士の試験は十月実施だからまだ増やせてないが、家で毎日コツコツ勉強してる姿を見てるから今年は取れることだろう。
「そだ、西展行ったら寺田さんに会って、みんなで食べやーってお土産もらった。食べよー」
「うお、バターサンド! 寺田さん北海道行くつってましたねー。夏の北海道いーなぁー」
机の上に置いた紙袋からバターサンドの箱を取り出して乃亜が言うと、原が羨ましげな声音で話題に乗っかる。
「原もマミちゃんと行ってくりゃいーじゃん。去年より契約上がってて調子良いし、多少は金に余裕あんだろー」
「いやぁー来年の結婚式に向けて貯めねーといけねーんすよぉー。結婚式チョー金かかる。たった一日なのにやばくねーすか? ご祝儀もらったとして大赤字確定っすよぉー」
俺がそう言うと、原は肩を竦めて溜息を吐いた。破局するかと思われた原とマミちゃんだったが、巻き返してなんだかんだ婚約に至っている。去年は年間契約獲得数五棟でいまいち奮わなかった原だが、今年は既に五棟獲得しているから悪くない。今日もついさっきまで来場客案内してて、きっちり次のアポも取れてたし。
「デカい支払いだし気ぃ重くもなるわなぁ。愚痴も惚気もいくらでも聞いちゃるから、結婚式を金稼ぐモチベにして契約バンバン取ってこい。あと年内三件も取りゃボーナスで充分払えんだろ。でもま、ガチで気ぃ重いならマミちゃんとよく相談しろよー」
「上条さん超やさし〜! やっぱ営業のメリットは稼ぎたい時に稼げるとこっしょ。原はマミちゃんの笑顔のために頑張って稼ご。俺も今年稼いだ分来年パーッと遣うから貯金中〜」
乃亜がビリビリ包み紙を破り、バターサンドが入った蓋をパカッと開けた。初めにひょいと一つ俺に手渡してきて、原と湯河にも一つずつ渡す。乃亜が『寺田さんからお土産です』と紙に書き箱に貼り付けていると、湯河が早速個包装を破いて「いただきまーす」と食べ始めた。
「バターサンドうま! 下瀬さんはアレですよね、彼女とアメリカ旅行」
「そそ、恋人と婚前旅行ね。良いホテル泊まって良いメシ食いたいし、野球観たいし、飛行機ビジネス以上が良いしーとか考えたら一週間で予算二百万くらい見ときたいからさー。旅費折半とは言われてるけど、こういう時くらい俺が多めに出してーし」
「パワーカップルすげぇー。俺もそういうこと出来るくらい稼げるようになりてーなぁ」
乃亜は恋人と言い換えつつ軽い調子で答えて笑い、湯河はそんな乃亜を見て目を輝かせた。
社内に俺らの関係は未公表。付き合いたての頃の乃亜はすぐにでも公表しちゃいたいって感じだったけど、その後に『やっぱりしばらくナイショにしとこ』とか提案してきたのも乃亜の方だった。四季さんが恥かくようなことにならん俺になってから公表したいからー、とか言って。
俺にとっちゃどこに出しても恥ずかしくねー自慢の恋人だけど、現状成績も役職も俺の方が上。だけど乃亜の成績よりセーブしとこ、なんて気は毛頭無い。俺がセーブしたら乃亜はぜってー怒るし、対等に全力尽くすのが誠意だ。
「逆に考えると二百万ありゃ一週間アメリカ満喫出来るんすねぇ、結婚式は一日だけなのにぃ……ご祝儀もらってもざっくり手出し二百万予定なんすよぉ。同じだけ金掛けんなら海外旅行してぇ〜……」
既にマリッジブルー気味で肩を落とす原の発言に、乃亜はちっともわかんねーみたいな呆れ顔で口角を下げて眉を顰めた。
「ええ〜それマジで言ってる? 海外旅行は何度も行けるけど、結婚式は一回こっきりじゃん。本気で好きな子がおまえに生涯を誓ってくれて周りから祝ってもらえる特別な日だろ。希望全部叶えて最高の一日をプレゼントしてえって思えんわけ? 肩落としてる暇あったら架電百本ノックでもしてアポ取ってこいよ」
「こーら。下瀬くん、センチな後輩を詰めないのー」
げえ、みたいな顔をした乃亜を軽く宥めつつ原を慰める。俺との結婚に向けて燃えすぎくらいな乃亜には原の結婚センチは理解不能なんだろう。それに俺らにゃ金銭的な不安はねーし。その他の不安も特に無い。
俺らのアメリカ旅行は入籍ついでの新婚旅行。乃亜が挙げてえっつーから同時に式を挙げる予定でいる。俺は式に興味なかったけど、乃亜の希望は叶えてやりたいから挙げることに決めた。ま、誰も呼ばない二人だけの小さな式の予定だけど。
「金の不安だけなら仕事頑張りゃなんとかなるって。仕事の話ならいくらでも俺に頼ってくれていーよ。だけど金だけの問題じゃない部分は俺じゃ根っから解決はしてやれねー。お互い相手を思い遣って、二人でしっかり考えな。当日迎えてマミちゃんのウエディングドレス姿見た時に、おまえが心から喜べるようにさ」
ニッと笑みを向けると原は眉を下げ、自分の口元の前で両手を合わせて拝む。
「てんちょぉ〜……一生付いていきます……」
「上条さぁん……かっこいい……」
「拝むな、一生はやめろ、自立しろ。はい、切り替えてこっから原は架電百本ノック〜。一件アポ取れるまで事務所から出られませーん」
「っしゃ! やりまぁーす!」
隣からも熱烈な視線を感じたもののスルーして、人差し指をピッと立て冗談っぽく口角を上げた。原の元気いっぱいな返事と笑みにふっと頬が緩む。
「お疲れさまでーす。なんか楽しそうすね?」
来場客を案内していた中谷が展示場側のドアから入ってきて笑う。原は電話を掛け始め、祝日だから幸先よく一件目から繋がったようで明るい声音で喋り始めた。
「お疲れさーん。原に架電百本ノックしろつってたとこ。案内終わった?」
「案内は終わったんすけど、まだ日が出てるしこのまま現見行きてえってことで、お渡しする資料だけ印刷したら即出ないといけねっす!」
中谷は事務所に資料を取りにきたらしく、自分のノーパソをデスクに置いた位置の椅子を引いて腰掛けた。
「おー激アツじゃん。中谷ナイッスー」
「あざーっす!」
乃亜が中谷に声を掛けると中谷はカタカタノーパソ叩きながら笑みを浮かべた。コピー機が音を立てて資料を印刷し始める。
「中谷ナイスー。今年の中央は絶好調で向かうところ敵無しだなー」
「店長副店長が背中見せてくれっからですよ。ありえんハイペースで契約取ってんのにキャンセル食らってないし強すぎ。マジリスペクトっす」
「中谷さんと原さんもすげぇっす! 俺も先輩方見習って頑張ります! 相田は今年三棟やってるし負けられねえ」
中谷の言葉に湯河がグッと拳を握って目を輝かせる。中谷は原と同じく現状五棟。湯河は二棟で、湯河とチェンジで北に配転した相田は三棟目。若手同士でバチバチ数字競い合うのは良いことだ。
北展示場も去年より今年のペースが良いし、寺田さんがガツガツ取ってる西も調子良い。俺と乃亜が年始からスタートダッシュかけたからか、焦った他展示場も張り合ってきて、今年はエンジンかかんのが早かった感。現在東京営業所内で中央一位、全国で見ても十位圏内。このまま年末まで走り抜けたい。
「んじゃあ俺行ってきまーす!」
「ファイトー、行ってらー」
中谷が印刷し終えた資料をホチキスで留め、カタログと一緒に手提げの紙袋に入れて事務所から出て行った。
んで、電話を切った原も「一発で訪問アポ取れちゃいました! やばくねっすか⁉ 俺って引き強かも! カタログお渡し行ってきまーす!」とか言ってルンルンで出て行く。
そのあと湯河が「俺もそろそろ出ます! 勉強会出て直帰します!」つってバタバタ出て行った。不定期で展示場クローズ後に若手有志勉強会をやっていて、今回の勉強会会場は北展示場だ。
そういうわけで、事務所に残ったのは俺と乃亜だけ。この後の商談に使う資料と睨めっこしつつ乃亜に声を掛ける。
「一気に静かんなったなー。下瀬はこの後の予定は?」
「んね、二人っきりになっちゃった。俺は残った事務処理もーちょいやるくらいっす」
「了解。俺多分二十時くらいまでかかるし先帰ってー。閉め作業だけ頼む」
「うぃっす。二十時くらいまでってことは、このあと十五件目決まりそうすか? 昨日は頭悩ませてましたけど」
「おー、昼来た電話の調子からして決まるはず。キャンセル率未だゼロ維持ホルダー下瀬クンに相談して良かったわ」
「んじゃあ今夜は良い肉でお祝いっすね! 帰り上慶苑で肉買っときまーす!」
ちらっと隣に目を向けるとキラッキラの笑顔が向けられていて、思わず小さく噴き出し笑みを零した。デカいホットプレート買ったから、最近のお祝いはもっぱら自宅焼肉だ。
「オッケ。帰る時連絡入れるー」
椅子を引き立ち上がり、資料を持った方と反対の手でポンと軽く乃亜の頭を叩く。
「はぁーい。髪ヨシ、顔ヨシ、スーツヨシ、今日も百億満点ハナマルっす! 行ってらっしゃい!」
鏡でチェックせずとも満面の笑みで太鼓判を押され、笑みを返して展示場側に続くドアを開けた。
そっから自宅リビングのドアを開けられたのは、それから三時間が経った二十時半。
「ただいまー。良い匂いするー」
「おかえりなさーい。十五件目おめでとうございまーす! 上慶苑風わかめスープっすよお」
「あんがとさん。あ、乃亜ん家の前に置き配届いてたから持ってきた」
「あざす。昨日ポチッた宅建の問題集かもー、テーブルんとこ置いといてください」
「そーいや今のテキスト三周してもう解答覚えちゃったーとか言ってたな。偉い偉い」
「褒めて褒めて。チューもくださーい」
半同棲みたいになった部屋に戻ると、美味そうな匂いと明るい声で出迎えられた。部屋の中ではBGM代わりにリビングのテレビが点けられていて、日本の天才ピアニスト特集とか言ってイケメンが映ってる。隣の部屋の前に届いていた茶封筒をローテーブルにポンと置き、キッチンに向かいシンクで手を洗う。タオルで手を拭いて、汁椀にスープを注いでいる乃亜の傍に寄った。俺の方向いて「ん」って尖らせた口唇にちゅっと軽くキスする。
「はい、チュー。メシありがと」
「んへへ……どーいたしまして」
照れ照れした笑みが返ってきて頬が緩む。乃亜からも頬に軽くキスされて、擽ったさに目を細めた。
「汁椀持ってくわ。腹減ったろ。早く食べよ」
「はーい。四季さん飲みもんビールでいーすよね? こないだ買ったクラフトビール、残り一本だから半分こにしましょー」
「いーけど、半分でいーの? 足りんくね?」
「だって明日休みじゃねーすか。いっぱいイチャイチャしたいから、軽くにしとこ」
ホットプレート、肉と野菜、カトラリーが用意されてるダイニングテーブルに俺が湯気が立っている汁椀をふたつ運んで、乃亜がクラフトビールとビアグラスを持ってくる。向かい合ってテーブルに着き、乃亜がグラスにトクトクとビールを注いでいった。正月に実家で作ったスツールは結構しっかりしてて、悪く無い座り心地だ。
「んじゃー今日もお疲れさん。乾杯」
「カンパーイ。お互い契約おめっとです」
カツンとグラスを合わせて、一缶を半分こしたビールを喉に流し込む。
「ぷはーっ、やっぱ契約取れた日のビールはより美味い。上手いこと契約決まると超きもちーわ。アドレナリン出る」
「四季さん契約決まった日ってアドレナリン出まくっててむっちゃ積極的にエロいすよねー。そういう意味でも四季さんが契約決まんの嬉しい」
「おいこらタコ助、仕事でエロがんな」
「えー、かつて事務所でオナニーしてた人が言えるセリフっすか? あたっ、図星だからって足蹴っちゃダメっすよ! お行儀悪い足は縛っちゃおっかな〜」
酒を飲みつつ肉を焼きつつ、くだんねー話して、顔顰めたり笑ったり。
おんなじ職場でせっせと働いて、後輩には奢ってやりつつ財布の紐はちょっと締め、隣同士に並んだ部屋に帰って、一緒にメシ食って。
そもそも美味いビールも肉も、契約後じゃなくたって二人で楽しんだ方が美味く感じて、仕事も乃亜が一緒に全力で走ってくれるから俺も負けらんねーってもっと頑張れる。とか、口の中に放り込んだミスジを咀嚼しながらしみじみ思う。
「……マジになって良かったなー」
「なんすか? なんの話ー?」
「なんでもねーよ。独り言ー」
「えー、気になんじゃん」
ついつい溢れた独り言に小首を傾げて突っ込まれ、目を細める。クラシックとかよく知らんけど、テレビから綺麗なピアノの音が流れ始めた。
「んー、乃亜がマジで好きだって話」
「あしらってないすかぁ? でも、俺もマジで好き〜」
ふにゃ〜っと蕩けそうな笑みが返ってきて、ふはっと噴き出した。
仕事でちょっと凹む日もあれば、ケンカする日だってある。だけどこうして、毎日顔を見合わせて笑ってる。
「美味かったー、ご馳走様でした。片付け後でいーから、先に歯磨かん?」
「モチ、いーすよ。一緒に歯磨きしたら、四季さんはそのままお風呂入っちゃって。俺その間に片付けるんで。たっぷり歯磨きしたらもーエッチしたくなっちゃうしー」
「あんがと、片付け頼むわ。エッチの準備しとくー」
お互いメシを食べ終えて、ガタッと椅子から立ち上がる。
俺がリビングの扉を開けて、少し後ろを付いてきた乃亜がぱたんと閉めた。狭いけど、短い廊下は並んで歩く。そんなんが幸せで愛おしい。
そんできっとこの先も、肩を並べて歩いてく。
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