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【囚勇01】 別れと出会い

 ガシャンと大きな音がした。  それが馬車の倒れた音だと分かるまでに、しばらくかかった。  衝撃に翻弄された頭と体の制御をなんとか取り戻して、僕と重なるように倒れていた姉を揺り起こす。  馬車の外からは、低く恐ろしい唸り声と、父さんの叫び声。  続いて母さんの悲鳴。  僕達に、馬車から出ないよう叫んだ母は、背中からざっくりと魔物に裂かれた。  馬車が倒れた拍子に入った亀裂から、それはなぜかハッキリ見えた。  僕達は、動かなくなった両親が魔物に食べられるのを、ただ見ている事しかできなかった。  両親を食べ終えた魔物が、こちらに向かって来る。  姉のエレノーラが、僕を強く抱きしめた。  僕達は、あれに食べられるんだ。  怖くて怖くて、逃げ出したい気持ちはあったけど、もう逃げられないという事は、なんとなく理解していた。  不意に、魔物の体が大きく揺らぐ。  魔物の口から、地を裂く様な悲鳴が上がる。  雄叫びにも近いそれを撒き散らしながら、地響きを立てて魔物は倒れた。  周りから、聞いたことのない男達の声がする。  それは一人二人じゃなくて、大勢の声で、僕の知らない言葉が沢山飛び交っていた。 「なんだ、まだ生き残りがいたのか」  不意に近くで聞こえた声に顔を上げると、今は真上になっていた馬車の窓から、深緑と水色の二つの色をした瞳が僕達を覗き込んでいた。 (森と、空の色だ……) 「二人だけか?」  黒髪の男が尋ねる。  男の長い横髪がサラリと肩から流れ落ちるのを、ただぼんやりと見つめていた僕の隣で、姉が震える声で答えた。 「はい……他は皆、魔物に……」 「そうか」と言った男は、ほんの少し何かを考えるように眉を寄せる。 「……お前達はどうしたい?」  聞かれて、姉が体を強張らせるのが分かった。  でも、僕にはそれが何故かまでは分からない。 「俺達は盗賊だ。捕まれば、死ぬより酷い思いをする事もある。それが嫌なら、俺がこの場で殺してやる。……まだ今なら、仲間と一緒に逝けるだろうよ」 「あ……あぁ……」  いつも気丈な姉が、顔を覆って崩れた。  それを見て、男の空色の瞳が僅かに揺れる。  まっすぐで綺麗な眉がグッと歪むのをみて、僕は焦った。  だって、僕には、男が何かとても優しい事を言った様に聞こえたんだ。 「ぼ、僕は、お兄さんと、一緒に行きたい」  僕の声に、男が僕を見た。  驚いたような顔で、僕を見ている森と空の色をした瞳。  やっぱり、すごく綺麗だと思う。 「……本当に、いいんだな?」  そう言って僕を見る男の瞳が、僕をとても心配しているように思えて、僕は大きく頷いた。  こうして僕達は、盗賊団に拾われた。  ----------  盗賊達は長くひとところに留まる事はあまりなく、点々としていた。  住処も、洞窟を利用したり、廃屋を利用したり、テントで過ごしたりと様々だった。  僕達は、男の暮らすテントで傷の手当てを受けていた。 「もう怪我はないな」  こくりと頷いた姉は、僕を一人にはできないと言ってついてきてくれた。 「このくらいの怪我、放っといても治るよ」  腕の擦り傷を見ながら言った僕の言葉に、男は薬瓶を片付けながら「こんな衛生状態の悪い場所では、小さな怪我が命を左右する事もある。ちょっとした怪我も甘く見ずに消毒する習慣をつけろ」と忠告すると、木箱の上に布を敷いて果物やパンを並べ始めた。 「これ、僕達の分?」 「ああ、好きなだけ食え。終わったら、お頭に挨拶に行くぞ」  その言葉に、姉がびくりと肩を揺らす。  それでも、いただきまーす。と僕が食べ始めると、姉もおずおずと手を出した。  パンはすごく固かったし、果物もあんまり甘くはなかったけど、僕はお腹がペコペコだったので、いっぱい食べた。 「お兄さん、僕達これからどうなるの?」  藁の上に布を何枚か敷いてあるだけのベッドに腰掛けて、瓶から直接何か飲んでいた男がチラとこちらを見た。 「お頭は、来るもの拒まずだ。おそらく、お前達はここで飼ってもらえるだろうよ。その代わり、自分ができる仕事をするんだ」 「お仕事……? 僕に何ができるかなぁ……」  パンをかじりながら言うと、男が僕達を交互に見て尋ねた。 「お前達、歳はいくつだ」  こういう時、いつもは姉の方が良く返事をするんだけど、今日の姉は、いつもの賢く明るい姉とは大分違っていた。 「僕が七つで、お姉ちゃんは十二だよ」 「……そうか。お前は水を汲んだり、焚き木を集めたり、薪は……割ったことあるか?」 「ない」 「まあ、最初は言われた通りにやってりゃいい。そのうち覚えるさ」 「うん、頑張るね! お姉ちゃんも一緒のお仕事?」  姉と男は、しばらく沈黙する。  食べる事をやめてしまった姉が、顔を覆って泣き出すと、男が重い口を開いた。 「……お前の姉ちゃんは、頭が良いな」 「うん? うん!」  僕は、おろおろと姉の背をさすっていた手を止めて、男の言葉に頷いた。 「……まあ、男所帯のこんな集団だ。そう言う仕事もあるだろうよ」  僕には、いつもほんわかではあるけど、芯はしっかりしている姉が、こんなに悲しむ理由が良くわからなかった。  ……両親のことを思い出して泣いていると言うのなら、僕もちらと思い出すだけで泣いてしまいそうだったけれど、それは、まだ今は考えないでおこうと思う。  全ては、もう遅いんだから。 「……痛いのは最初のうちだけだ。すぐ慣れるさ」  男が、どこか遠い目をして言う。 「お姉ちゃんのお仕事……痛いの?」  僕の言葉に返事はなかった。 「お前ら、名前は?」 「ボクはリンデル。お姉ちゃんはエレノーラだよ」 「ふうん。二人とも良い響きの名だな」  僕は思いがけず名前を褒められて、微笑んだ。 「お兄さんの名前は?」 「……俺はカースって呼ばれてる」 「カースさん、かっこいいねっ」  僕の言葉に、男は何かに耐えるように眉を寄せて、口元だけで微笑んだ。

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