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間違い(*)
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ゆるやかに男が振り返る。
俺の顔が赤いのも、もうこの少年にはお見通しなんだろう。
なぜかそんな風に思えて、男は半ばやけくそ気味に少年の金の瞳を見返した。
潤んだ金の瞳が、さも嬉しそうに細められて男は息が止まりそうになる。
「ああ。やっぱり、カースの眼はとっても綺麗だね。森の色と、空の色だ……」
ゆっくりと、一つ一つ丁寧にリンデルはそう言った。
男の長く伸びた前髪に隠れがちな、森の色をした右目。
術を使う空色の左目は有事にすぐ使えるようにか前髪を上げてあったが、オッドアイを隠す為か反対の右目にはいつも長い前髪がチラチラと前を覆っていた。
リンデルは小さな手で男の前髪をすくってみる。
サラサラと流れ落ちる黒髪はとても美しくて、指の合間からこぼれる事すら惜しい。
少年は髪を優しく撫でながら、男の言葉を思い返す。
カースはさっき、僕になら触られてもいいと言った。
他の人には触られたくないけれど、僕になら。と。
僕だけが、カースに触ってもいいんだ。
そう思ったら、なんだかとても嬉しくなって顔が緩んでしまう。
でもカースはさっきまで、ゼフィアに触られてたんだ……。
嫌だったのに、我慢して。
きっと僕達のために……。
不意に金色の瞳が悲しげに伏せられて、男は戸惑う。
満足そうに微笑んでいたその瞳に、なぜ急に悲しみが映ったのか、カースには分からなかった。
「……ごめんね、カース。痛かったよね……」
「っ……お前……っ」
突然の少年の懺悔に、男は言葉を失った。
男の心を、激しい羞恥心と焦り、戸惑いが覆い尽くす。
渦巻く感情に、男は身動きが取れなくなる。
……どうして。
どうして分かった?
こいつには、俺は何ひとつ言っていないのに。
どうしてこんな、知られたくないことばかり。
どうしてこうも簡単に、気付かれてしまうんだ。
どうして……こいつは、そんなに、俺のことばかり……。
頭に血が上ってクラクラする。
顔も耳も、首まできっと真っ赤だ。
ぐつぐつと煮えたぎりそうな心の、その熱をどこへ向ければ良いのかも分からないまま、男は呆然と立ち尽くしている。
そんな男の頭を少年は小さな手でそうっと抱くと、小さな胸へ引き寄せた。
されるがままに頭を抱かれて、男が動揺する。
「ごめんなさい、ありがとう。でも、カースばっかり無理しないで……」
耳元でそっと囁く少年の声が、痛いくらい優しい。
「僕もお姉ちゃんも、できる事をするから。一人で頑張りすぎないで……」
「……っ」
男は言葉を探したが、ただ喉の奥が詰まっただけだった。
こんな事、今まで言われたことがない。
それどころか、ひとりじゃなかった事なんか国が焼けてから一度だってない。
じわりと溢れた暖かい何かが、自分の涙だと気付いたのは、リンデルに言われてからだった。
「カース、泣いてるの……?」
「……泣いてなんか……」
男は少年の小さな胸に顔を埋めたまま、そう答えるのが精一杯だった。
時折、震えるように嗚咽を漏らす男の頭を、少年はいつまでも優しく撫でていた。
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リンデル達が盗賊団と行動を共にするようになって、どれほど経っただろうか。
間に一度、隠れ里は引越しをした。
新しい里も、前と同じく街道からそう遠くない山の中で、川からほど近い場所だった。
リンデルの姉のエレノーラはすっかり里にも馴染み、里で三人だけの女性の一人として他の二人とそれなりに楽しそうに過ごしている。
お頭の出した接触禁止令が効いているのか、エレノーラが里の中で危機を感じる事はほぼなかった。
一方でリンデルは同じように禁止令を出されていたにも関わらず、その明るく可愛がられる性格のせいか、何かのフェロモンでも発しているのか、時折里の内で拐かされる事があった。
もしかしたら、お頭とカースの気に入りだという噂のせいもあったのかも知れない。
その日も、仕事から戻ったカースはリンデルが帰っていないと知って、探していた。
「くそっ。どこだ、リンデル……」
エレノーラの言うには、昼過ぎに里の男達とワイワイ薪割りをしていたところを見たらしいが、それ以降は分からないらしい。
どこかで、辛い目に遭っているのでは……。
そんな思いが胸を掠める度に、それを考えないよう心の奥に押し込める。
掠めるだけでこんなに手足は震え、息も苦しくなるのに、そんな事を意識してしまったら、自分は動けるのかどうかすら分からなかった。
里の中はくまなく探し、林もざっと見てきた。
残るはこの無数のテントのどれかだ。
ひとつずつ尋ねて回るわけにはいかないが、こんな事をしそうな奴の寝ぐらは既に開けてきた。しかしその全てが空だった。
一人も残っていないという事は、全員が一緒にいる可能性がある。
ギリッと歯を鳴らした瞬間、鈴のような音が聞こえた気がした。
足を止め、耳を澄ます。
くぐもった、微かな声が、けれど途切れる事なく続いていた。
振り返る。そこには倉庫代わりに使われている大きめのテントがあった。
ああ、そうだ。昨日橋を立てるのに木材を大量に出した。ここは今空いているはず……。
頭の隅にそんな事を思いながらも、男は駆け寄ると乱暴にその布をめくり上げた。
中からは、男共の騒ぎ声。
やばいだとか見つかったとか、逃げろとかそんな悲鳴のようなものが上がる。
カースは視線だけで室内を探る。最奥で太めの男に組み敷かれている少年を見つけた。
ぞわり、と、全身の毛が逆立つような気がした。
カースが放った殺気に、男達が凍りつく。
待ってくれ、とか、そうじゃないとか叫ぶ男達の声は、カースの耳には届かない。
六、七、八人の男の顔をひとつずつ確認する。
大丈夫だ。こいつらなら、全員殺しても、団の運営に大した影響はない。
重職でない事を確認し、カースは口元を綻ばせると、腰からダガーを抜き放った。
「待って、カース!!」
リンデルの声に、カースは動きを止める。
おかげで最初の一振りを辛うじて避ける事ができた男が、へたりと尻餅をついた。
致命傷こそ免れたが服は切り裂かれ、その下に赤い筋を残している。
カースは、リンデルの方を振り返ろうとして、途中で目を背ける。
あんな姿をまた目にしてしまったら、この抜身の刃を振るわずにはいられない。
「皆は悪くないの、僕が…………っ」
珍しく言い淀んだ少年に、カースの胸が騒ついた。
カースが立ち竦んでいる隙に脱出をたくらむ面々を、リンデルが促がす。
「とにかく皆はお家に戻って」
まだ入り口近くに立つカースを可能な限り避けて部屋を出ようとする男達。
カースはその全員をギロリと睨むと、リンデルに背を向け叫んだ。
「お前ら!!」
その声に反射的に男を見上げた全員が、紫の光に目を奪われる。
気付いた時には、誰もがその術から目を逸らせなくなっていた。
「この事は全て忘れろ」
コクリと頷く者、了解の言葉を告げる者、様々な反応で、全員がカースの言葉に同意したのを見届けて、カースはリンデルの側まで行くと、その背に少年を隠した。
「もう帰れ」
ふっと正気に戻った男達が辺りを見回そうとするのを、カースが一喝する。
「全員! 自分のテントに戻れ!!」
カースの勢いに驚いた男達があわあわと去ってゆく。
遠のく足音が消えてしまうと、辺りは静まり返った。
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