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【囚勇02】1話『新たな勇者』(1/4)
大人の五倍ほどはある巨大な闇色の狼。
真っ赤な目をぎらつかせて低く呻る魔物を、白銀の剣が切り裂く。
その日、勇者隊は小さな村を襲った魔物の群れを討伐しに来ていた。
魔物を斬ったのは温かな金色の髪と瞳を持った十七歳の少年で、その顔はまだどこかに幼さを残している。
それでも、勇者の象徴である目に鮮やかな新緑色のマントをなびかせて、濃い緑のラインで縁どられた白銀の甲冑を身に着け、長剣を手にしたその姿はまぎれもなくこの国にたった一人の『勇者』と呼ばれる存在だった。
ほっと息をつく若い勇者は、背後で傷の浅かった魔物がゆらりと立ち上がったことに気づかない。
最後の力を振り絞るようにして勇者目掛けて飛び掛かる魔物。
一瞬遅れて勇者が振り返る。
牙をむく魔物の真っ赤な瞳を、黒光りする何かが鋭く貫いた。
それは短剣よりも小さい投げナイフだ。
投げナイフには薬が塗ってあったのか、魔物は苦しげにもんどりを打って地に伏した。
勇者は一瞬『しまった』という顔をして、それから慌てて平静を装う。
「勇者様、戦闘の最中に気を抜かないでください」
投げナイフを投げたのは、地につきそうなほどに長いまっすぐな黒髪を赤いリボンで一つに括った小柄な従者だった。
「そもそも誰も見ていないというのに、勇者様がこのような魔物の相手をなさる必要は……」
小言を言い始めた従者の向こうで、騎士達が集まりつつある。
その真ん中で「報告しろ!」と大きな声が響いた。
金色の少年勇者リンデルは、ホッとした気持ちを顔に出さないようにしつつ集まりに加わる。
勇者付きの従者も口を閉じてそれに従った。
「何体倒した?」
鳥に跨る中隊長は集まった全員の顔を確認しながら、低めながらもよく通る声で尋ねた。
実年齢より老けて見られがちな中隊長は、ゴツゴツと骨ばった顔に太くまっすぐな眉と、目の大きさの割に黒く小さな瞳をしていた。
茶色がかった黒髪を後ろに撫で付け、焦げ茶色の長いマントを羽織っている。
「3体です」「2体倒しました」「1体です」
報告を受ける中隊長が微かに眉を寄せる。
事前調査で聞いていた数より、倒した数が若干少ない。
リンデルの脳裏を、さっき微かに聞こえた小さな声らしきものがよぎった。
先程の戦闘に入る直前に、風の音に混じって聞こえた声。
「今子どもの声がしなかったか?」と尋ねたリンデルに、従者は「村人は全員避難したはずですが……」と答えた。
もしそれが、本当は“全員”ではなかったとしたら……?
「俺、ちょっと見てきます!」
言葉と同時に、リンデルは鳥に跨って駆け出した。
「お待ちください勇者様!」
「おい! 単独行動は止せ!」
中隊長の制止すら耳に入らない勇者の後を、従者は決して見失わないよう全力で追った。
***
村のはずれにある崖下に、低く不気味なうなり声が響く。
村からここまで魔物に追われてひたすら逃げ続けてきたのか、疲れた様子の十歳ほどの少年とそれより幼い少女が、崖下の絶壁へと追い詰められていた。
魔物は大きな口から鋭い牙をのぞかせて、よだれを垂らしながら幼い二人へにじり寄る。
少年は恐怖に慄きながらも精一杯妹をその背に庇っていたが、狼型の魔物は姿勢をぐっと低くした次の瞬間二人へ飛び掛かった。
咄嗟に少年は自分にしがみついてくる妹の上に覆い被さる。
でも小さな自分の体では妹ごとあの鋭い牙にかみ砕かれてしまうだろう。
もう駄目だと思いながらも、小さな少年は心の底から助けを求めた。
「助けて、誰か……勇者様っ!」
幼い二人へ迫る牙をすんでのところで白刃が貫く。
少し遅れて新緑色の重いマントが、ばさりと少年の髪を撫でた。
少年がギュッとつぶっていた目をおそるおそる開くと、すぐ目の前に勇者の姿があった。
濃い緑のラインで縁どられた白銀の甲冑は他の騎士達の鋼色の甲冑とは違い、白く艶々と輝いている。
マントの上に取り付けられた盾のような形状の肩パーツや首周りの広く立ち上がるデザインは、リンデルがそれほど大柄ではなくても十分に威厳のある体格に見せてくれた。
「勇者様!」
歓喜に満ちた少年の声。
少し遅れて少女も自分たちが助かったことに気づく。
しかし慌てて駆けつけたリンデルの剣は、狼型の魔物の鼻の付け根から鼻先までの間を貫通して地面に刺さっている状態で、致命傷を受けていない魔物はまだ十分に動ける状態だった。
(まずいな……、頭を外したか)
魔物を屠るためには、一度剣を引き抜かなければならない。
しかしその一瞬で、魔物が子ども達を狙わないとも限らない。
リンデルが逡巡する瞬きほどの間に、鋭く空を切った黒鋼が真っ赤な魔物の瞳に刺さった。
(今だ!)
リンデルは機を逃すことなく、引き抜いた剣で今度こそ魔物を一刀両断する。
断末魔と共に、大きく裂けた魔物が崩れ落ちる。
幼い少年の目に、若い勇者の鋭い一撃は鮮烈に焼き付いた。
「ロッソ、助かったよ。危なかっ――」
ホッとした様子で従者を振り返ろうとする勇者を、従者が視線で制止する。
まさか勇者様ともあろうお方が「危なかった」などとおっしゃいませんよね?
という気配を察して、リンデルは咳ばらいをしながら少年少女に向き直る。
「えー……と、危な、い。ところだったね」
子ども達と視線を合わせるように屈んだ勇者が、優しい微笑みと共に手を差し伸べる。
「もう大丈夫だよ。怪我はないかい?」
陽を背に浴びて、輝くほどに眩しく凛々しい勇者の姿に、少年と少女は破顔して頷いた。
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