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3話『本当の勇者』(3/5)
「勇者様……」
状況の良くない主人を守る手段を必死で考え続ける従者の耳に、力強い鳥の足音が届く。
この足音は……っ!
振り返るロッソにルストックの声が届く。
「ロッソ! 状況は!?」
瓦礫の山に阻まれて、隊長達の位置からリンデル達の状況は見えない。
そんな中で、ルストックの目に傾く建物のテラスに捕まるロッソの赤いリボンが見えた。
「勇者様は剣が折れて……っ」
ルストックはロッソが焦りを浮かべた顔を初めて見た。
どうやら事態はかなり差し迫っているらしい。
「これを使え!」
ルストックが投げよこしたのは自身の剣だった。
「隊長! 蟻が出てます!」
「蟻だと!?」
「隊長! こちらから回れます!」
「すぐ一帯を包囲しろ! 町に蟻を行かせるな!」
ルストックの投げた剣は、その柄がロッソの手に収まるはずだった。
しかしタイミング悪くロッソの立つテラスの上階がわずかに崩れて、飛来していた剣に当たる。
軌道を変えてしまった剣へ、ロッソは大きく身を乗り出した。
私に……、私に勇者様の心は守れないのだとしても、その命だけは……!
何を捨てても、勇者様のお命だけは必ずお守りします!!
決意を胸に、ロッソはぐらりと傾いた剣の剣先を何とか掴むと、指を裂きながらもそれをリンデルへと全力で投げた。
「勇者様!」
ザンッと小気味のいい音を立てて、リンデルの三歩前へルストックの長剣が刺さる。
「ロッソ! ありがとう!」
これで戦える!
リンデルは剣を引き抜き、土竜に飛びついた。
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
裂帛の気合と共に、土竜の眉間から鼻先までを大きく切り裂く。
噴きあがる血飛沫。
土竜を蹴って地に下りたリンデルの後ろで、土竜は断末魔を上げて倒れた。
リンデルの視界がぐにゃりと歪む。
「っ……」
少し……血を流し過ぎたみたいだ……。
着地に膝をついた姿勢のまま、リンデルは動けなかった。
剣を支えになんとか堪えるが、あまり長くはもちそうにない。
ああ……これ隊長の剣じゃないか……、早く返さなきゃ……。
「ゆぅしゃさまぁぁぁぁっ」
涙声と共に小さな足音が駆け寄ってくる。
ダメだよ、まだ、ここは危ないよ……。
ええと……なんて言えばいいんだっけ……。
「わたしのせいで、ゆぅしゃさま、いっぱいいたいの、ごめんなさぃぃぃっ」
幼い少女は、勇者の腕にぎゅうとしがみつく。
「しなないで、ゆぅしゃさまぁっ」
リンデルは荒い息を堪えて微笑んだ。
「心配ないよ。勇者はこのくらいの怪我で死んだりしないさ」
「ほ、ほんとに……?」
「ああ」
「よかったぁ」
安心してくれたのか、少女は目じりの涙をそのままにふにゃっと微笑んだ。
リンデルはその笑顔を守れたことに安堵する。
よかった……この子を守れた……。
そうだ……。
俺はこの笑顔を守るために、戦っていたんだ……。
今までもこれからも、それは変わらないことだ……。
既に台詞集にない言葉を話していたリンデルが、少女を心配させまいともう一度だけ口を開く。
「ただちょっと疲れたから……」
「ゆぅしゃさま?」
剣を掴んでいるはずの手の感覚がない。
リンデルには傾ぐ自身の身体を止めるすべがなかった。
「少し……寝かせてもらって……い…………」
ロッソ、隊長……後は、頼みます……。
暗く染まりゆく視界の向こうに、蟻の群れの中を強引に突っ切って駆けてくるロッソの姿が見えたような気がした。
***
人の頭の五倍ほどもある大きな蟻の頭が、ひとつまたひとつと転がり落ちる。
九番隊の全員が、蟻を倒すには関節を狙うことを心得ていたし、冷静に距離を詰め、的確に頭と胸を繋ぐ関節を断てるだけの技量を持っていた。
しかし一匹ずつが脅威でなくとも、蟻はこの場にいる団員達よりもずっと数が多い。
長剣をリンデルに譲ったルストックは、短剣ひとつで蟻を屠りつつ陣形の完成を待っていた。
このままではキリがない。
早く穴を埋めなくては……。
「隊長! 包囲完了です!」
「よし!」
待ち望んだ報告に、ルストックが叫ぶ。
「全員陣形を保ちつつ穴に向かって前進! ゆっくりでいい、確実に仕留めろ! 一匹たりとも逃すな!」
「はい!」と答える団員達の力強い声が重なる。
ルストック自身も輪の中心で全体を見渡しつつ蟻を潰してゆく。
ルストックにとって、蟻の魔物は何匹殺したところで殺し足りないほどに憎い相手だった。
――まさか、また王都で蟻を見る日がくるとはな……。
ルストックの脳裏に、妻の頭を咥えた蟻と目を合わせたあの一瞬が蘇る。
妻の腕にはまだ幼い息子の体が抱かれたままで、けれどその幼い体は既に動きを止めていて、次の瞬間、蟻の顎は妻の頭を噛み潰した。
ルストックの胸に暗い感情がどうしようもなく溢れ出す。
普段よりもずっと短い剣は蟻の懐まで入りきらないと首の裏に剣先が届かないが、ルストックは蟻の間際まで身を寄せて、怨嗟を込めた一撃を鋭く繰り出す。
不意に視界の端で陣形が崩れた。
そちらへ指示を出そうとしたルストックに、隣の蟻が飛びかかる。
反射的に剣を向けるが、この長さでは牽制にはならなかった。
しまった!
頭を齧られるよりはと左腕を差し出しかけたルストックの目の前で、蟻の頭は体から離れる。
流れるような剣さばきを目で追えば、見上げたそこには金髪碧眼の親友の姿があった。
「まったくお前は……、戦場で剣を手放すなんて甘いにも程があんだろ」
そう言うレインズの青い瞳が、どこにも怪我はないかと確認するようにルストックの輪郭をなぞる。
「来てくれたのか!」
どうやら、今動けるありったけの団員を集めて駆けつけてくれたようだ。
レインズの後ろには三番隊以外の団員もちらほら混ざっている。
「騎士団長のご命令でね、今日は一日俺達は勇者隊の指揮下だ」
鮮やかな金の髪を揺らして、レインズは美しくウインクをしてみせる。
「団長が……」
この騒ぎの中、よくこれだけの数を用意できたものだ。
「さあ、何をしたら良い?」
レインズの明るい声を聞けば、さっきまでの胸の重さも随分と軽くなった気がする。
「よし! 包囲を強固にする! 協力してくれ!!」
「はいっ」と答えて九番隊の後ろにそれぞれがつけば、陣形が外からもう一回り厚くなる。
「これなら確実だな」
人手が足りた分、ルストックは陣形から外れて全体を見ながら指示を飛ばす。
そこへひとりだけ鳥に乗ったままのレインズがやってきて緊張感のかけらもないことを言う。
「なあ、さっきのは貸しだよな? な? 今夜はお前の奢りだよな?」
「そういうのは終わってから言え」
ルストックは眉を顰めて、態度の悪い頼れる親友を窘めた。
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