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3話『本当の勇者』(5/5)

「あの、さ、今日は俺のせいで……」 「一人称が違います」 「わ、私のせいで……」  俺が反省を述べようとしてるのに気付いたロッソが、キリリといつもの顔でお説教モードに入る。 「いいですか勇者様。あなたはこの国にとって、たった一人の勇者……絶対に倒れてはいけない人間なんです。もっと勇者としての自覚を持って……」  俺はそれがなんだかくすぐったくて、思わず口元が弛んでしまった。 「な……何か……?」  ロッソが少しだけ怪訝そうに尋ねる。 「いや……。お……私は確かに、たった一人きりの勇者だ」  俺は空になったコップを両手で握ったまま、コップの底をのぞき込む。  眼裏には、あの日の闘技場の廊下で背を見せていた前勇者の姿があった。 『この国でただ一人きり。見えない鎖に縛り続けられる、囚われの勇者だ……』  彼の残した言葉は、リンデルの中に深く刺さっていた。 「けど、一人きりっていうのは、別にひとりぼっちって意味じゃないよね?」  リンデルが熱に染まる赤い頬で柔らかく微笑むと、ロッソはリンデルから目が逸らせなくなった。 「え、ええ……もちろんです……」 「何かあれば、ロッソも隊長も助けてくれるしね」 「ですから、その『何か』を起こさないでくださいと今……」 「あはは、ごめん」  緩やかに微笑んでロッソを見つめるリンデルの金色の瞳がとても温かな色をしていて、ロッソは思わず息を止めた。  ロッソは赤くなってしまいそうな顔を隠すように、左手で目元を覆う。  小さく息を吐いてから、ロッソは囁くように言った。 「あなたは……勇者という仕事には向いていません……」 『勇者』と呼ばれるこの仕事は、リンデルのようにまっすぐで嘘をつくのが下手な人には向いていない。 「けれど……」  本来『勇者』と呼ばれる者が持つべきものを、この方は持っている。とロッソは感じていた。 「あなたは紛れもなく、本物の勇者様ですよ」  本心をそっと告げれば、リンデルは照れくさそうに首の後ろに手を回して笑った。 「へへ、そっか」  嬉しさを隠しきれない様子のリンデルの笑顔に、ロッソは何とも言えない気持ちになる。  まったく嬉しそうに……。  こちらは毎回あなたの無茶に肝を冷やしているというのに。  こんな調子では、心臓がいくつあっても足りそうにない。  ロッソの記憶の中で、勇者という存在は危機を極力回避するべきものだった。  前勇者の声が耳に蘇る。同じ勇者隊の団員の頼みを断るあの方の冷たい声が。 「私がそんな無茶をする必要がどこにある。彼らの命と私の命、どちらが重いかお前にだってわかるだろう」  あの方も、初めはもっと……、もう少し……お優しい方だったのに。  私があの方の心を守りきることができなかったから。  ……だからあの方は変わってしまったのだろう。  私が未熟だったから……。  ロッソは、ベッドの上でまだどこか恥ずかしそうな照れ笑いを滲ませる傷だらけの少年を見つめる。  この幼さの残るまっすぐな少年の、花のような笑顔も、次第に見られなくなってしまうのだろうか。  ロッソには、それが怖くてたまらない。 「あれ? なんか可愛い花が飾られてるね。いつもはもっさもさなのに」  普段溢れんばかりに色とりどりの花が飾られていた花瓶には、今ひょろひょろとした野の花々がまばらに生けられている。  リンデルの言葉に、ロッソが答える。 「夕暮れに、勇者様が助けた少女が持ってまいりました。勇者様のご回復を祈っているとのことです」 「そうか……」  リンデルは、名前も聞いていなかった少女の姿を思い浮かべる。  花瓶の花を全部抱えたなら、あの子なら腕がいっぱいになるほどの量だったろう。  きっとあの舌足らずな愛らしい声で、早く元気になりますようにと祈ってくれたんだろうな。  想像して、リンデルは小さく微笑む。 「ん、早く治して元気なとこ見せてやらなきゃな」  リンデルは今一度、あの幼い少女を抱えていた時の気持ちを胸に蘇らせる。  ……あの子のおかげでやっと思い出せた。  勇者になったから、俺が皆を守らなきゃいけないなんて、……そうじゃなかったのに。  いつから逆になっていたんだろう。  リンデルは、腕に巻き付いた見えない鎖をそっと解いて手のひらに乗せる。  俺は元々“皆を守りたい”から勇者になったんじゃないか。  見えない鎖を両手で掴んでみれば、冷たく重いだけだと思っていた鎖は、重い中にもどこかほんのりと血の通うような温かみを感じた。  俺の願いは……、俺の幸せは初めからここにあったんだ……。  リンデルは自身を縛る勇者への願いや期待という名の鎖を、愛しく抱きしめた。  ***  その頃、ルストックは飲み過ぎてべろんべろんになったレインズに肩を貸しながら……いや、引きずるようにして、街を歩いていた。 「おい、レイ、もう少し真面目に歩け。靴が磨り減るぞ」 「う~、ん~? ん。分かった~。だいじょぶ……」 「こら、シャンとしろ。話を聞け」 「ルスの話……? 俺ルスの話なら全部聞いてるって~」 「全然聞いてないじゃないか。まったく、なんでこんなに飲んだんだ。」  レインズは元々酒にあまり強くない。  本人も自覚はしており普段はそうそう飲み過ぎる事もないのだが、こんな風にルストックが傍にいる時には、ルストックが家まで送ってくれると確信しているのか、羽目を外してしまう事が度々あった。 「だってさぁ、今日のルス、すっっっげぇかっけーしさぁ~……」  言われてルストックはなるほど? と思う。  確かに今日、国民達へ新たな勇者隊として披露される予定だった九番隊の団員には全員もれなく美容指導が入っており、顔やら髪型やらをあれこれ整えられた。  普段がオールバックのルストックの前髪は、下ろせばそこそこ長い。  学生の頃は元からサラサラとした癖のない黒髪をそのまま下ろしていたが、年頃にもなれば骨ばったごつい輪郭では顔が髪質に合わなくなり、現在のオールバックに落ち着いていた。  それを今日は、手練れの美容師の手によってセットされ、戦闘で多少崩れてはいるものの中央とサイドは少しだけ下ろして、後ろはまとめて……と自分では二度と再現できそうにない洒落たスタイルにされていた。 「……しかし、お前ほどの色男に言われたところで、どうにも素直に受け取りきれんな」  苦笑するルストックに、レインズはふわふわと幸せそうに笑って言う。 「何言ってんだよぉ、この世にルス以上にかっこいー奴なんかいねぇって」 「それは流石に言い過ぎだ」  酒のせいでか、足は立たないくせにお世辞の止まらない親友を、ルストックは困った奴だなと抱え直した。  そんな仲睦まじい二人を、高い城壁の上から眺める人影がある。  肩下まで伸ばされた淡い金の髪が月光を柔らかく反射しているその人は、この国の騎士団を束ねる騎士団長と呼ばれる人だった。 「そうだな……。あいつには悪いが、釘を刺しておく事にするか……」  彼は小さく呟くと、淡い金の髪をなびかせてその場を去った。  ***  就任式の日、思わぬ魔物の乱入により最後までお披露目が行われなかったこともあり、王都ではその時の魔物達に対しての討伐成功記念パレードが行われることになった。  リンデルとロッソの回復を待って行われたそのパレードには、九番隊の団員も前回と同じく見目を整えられて参加した。  お立ち台付きの鳥車は出ないものの、リンデルを先頭に羽を美しく整えられた鳥達が続く。  すっかり修復されたマントと甲冑を身に着けたリンデルが、爽やかな初夏の風に式典用の布飾りをはためかせ颯爽と手を振る。  先日王都を襲った魔物は数が多かった。にもかかわらず、リンデル達の迅速な行動により死者を出すことなく倒しきった。  人が密集していたために避難の際に転倒による怪我はいくつかあったが、そのどれもが大事に至ることなく、大破した道も修繕工事に慣れた大工達の手によりほんの一週間ほどで修理され、結果的に国民達の勇者隊への信頼度は跳ね上がった。  仕切り直しにもかかわらず前回よりも多いほどの見物客を前に、リンデルは堂々と胸を張り爽やかな微笑みで手を振る。  人々から向けられる声援はどれも、細い鎖となってリンデルへとかけられる。  けれどリンデルはそれを煩わしく思う事はなかった。  俺を縛るこの鎖も、人々を……この国を守るためならば。  皆の幸せにつながる物ならば……。  重みを感じずにはいられないけれど、それでも、俺は喜んで囚われよう。  ……勇者という名の鎖に。  リンデルは道沿いの建物の三階の窓から身を乗り出して、小さな手のひらをパタパタと全力で振っている少女に気づいた。  それは、リンデルが土竜の魔物から助けたあの少女だった。  あの時と同じように、高い位置で二つに括られた髪には、今日も生花が飾られていた。  朝からわざわざ摘んできたんだろうか。  俺に手を振るこの一瞬の為に……?  リンデルは少女としっかり目を合わせて手を振った。  後でロッソに叱られるかもしれないけれど。  少女から投げられた鎖は、温かくもずしりと重たい全幅の信頼だった。  勇者に気づいてもらえたことを知って、少女は満面の笑みで、窓から飛び出さんばかりに身を乗り出す。後ろから少女の両親がそれを慌てて抱き止めている。  そういえばあの時も両親を呼んでいたな……とリンデルは思う。  もう、大事な人とはぐれちゃダメだよ。  心の中で囁いた言葉に、なぜか自分の胸が小さく痛んだ。

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