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夜空
「……羨ましい」
リンデルの声に、見つめ合っていた二人がギクリとそちらを見る。
そこには金色の瞳を半眼にして、じとりとこちらを見ている勇者の姿があった。
「ゆ、勇者様……」
ロッソの焦りを肌で感じつつ、男は苦笑する。
昨日まで必死で嫉妬を隠そうとしていたリンデルが素直にそれを見せてくれたことを、どこかくすぐったく、しかし心地よく感じる。
まだ羨ましそうにこちらをじーっと見ている金色の瞳に、男は悪戯っぽくニヤリと笑うと低く囁く。
「……お前は後で、たっぷり可愛がってやるよ」
「本当!?」
頬を染めて破顔する青年。
「おいおい、冗談だ。明日に備えてお前ら今夜はしっかり寝とけって」
男が顔を顰めて言う。
「ええーーーー??」
非難の声に視線を逸らした男が、空にポツリと浮かぶ灯りを見つける。
「お。そろそろか」
その声に、リンデルが振り返る。
男の胸元で、ロッソも小さく身じろぎする。
村を見下ろせば、その中心に沢山の光がぎっしりと集まっていた。
ひとつひとつが不規則にゆらゆらと揺れて、まるで何か大きな生き物のようにも思える。
「さっきのはウッカリだな」
「ウッカリ?」
「ああ、合図の前にウッカリ手を離しちまったんだろうよ。もしかしたら、今ごろあそこで泣いてるガキでもいんのかもな……」
そう言って光の束を見つめる男の眼差しは、どこかもっと遠くを映しているようにもみえる。
「始まるぞ」
男の言葉通り、光の束は大きくうねるように蠢くと、ゆっくり空へと動き出す。
次第に近づいて来るひとつひとつの光の粒がハッキリ見えてくる頃には、光は視界いっぱいに広がっていた。
「わあ……」
リンデルがその輝きを瞳に映して声を漏らす。
「美しいですね……」
男の胸元で、ロッソも小さく呟いた。
「そうだな……」
男は、あたたかな光の奔流に照らされて、キラキラと輝く金色の青年に目を奪われていた。
幸せそうに笑みを浮かべたその横顔を、あたたかく輝くその金の瞳を、まだずっと……、明日も、明後日も見たいと思う。
(……明日になれば、また離れ離れか……)
音もなく男達の前を通り過ぎ、次第に離れてゆく光の粒が、男に別れを連想させる。
光の海は風に揺れ、いくつもの波を作りながらゆっくりと揺蕩い広がってゆく。
三人が黙ってから、どのくらいの時が過ぎただろうか。
光の海は遥か上空へと上り詰めていた。
天へと一途に向かう光の粒を彼方まで見送るリンデルが、こちらを見ないままに口を開く。
「カーシュってさ、子ども好きだよね」
「……そうか?」
男が怪訝そうに答える。
「俺が引退したらさ、一緒に子ども育てない?」
「……は?」
「俺とカーシュの子ども」
「はぁ!?」
「魔物に親をやられた子どもたちを引き取ってさ、孤児院みたいなの、どうかな?」
青年の言葉にどう返事をしたものか思案した男が、ふと、こんな時に何も言わないはずがない従者を見る。
リンデルも同じくそう思ったのか、男へ向き直り、一瞬驚いた顔をした。
男の胸元では、小柄な従者が静かに寝息を立てていた。
「……寝ちまったのか」
男の呟きに、リンデルがロッソを哀しげに見つめる。
「俺……また……。俺のために限界まで頑張らせちゃった……」
男は、その『また』の部分が、過去のこいつにかかっているのか昨夜の自分にかかっているのか若干気になりつつも、この先の問題を指摘する。
「そんで、こいつはどうすんだよ」
「どうしようか……」
「俺が宿まで抱えてくわけにもいかねぇだろうし、かといって、お前じゃこいつが凍死しねぇか心配だしな……」
「うーん、そうだね。一度帰って鎧を置いてから迎えに来ようかな。それまでロッソの事頼んでいい?」
ああ、と答えようとして、カースはついさっき女達に囲まれていたリンデルの姿を思い出す。
あの時はまだ、大きな甲冑がなんとかリンデルと女達の間に物理的な距離を作っていた。
その上での、あの状態だ。
もしこれが、甲冑を着ていないリンデルだったなら……。
男は一瞬迷ってから、口を開いた。
「……なあ、こいつこのまま、俺が連れ帰るんじゃマズイか?」
「…………カーシュが?」
「ああ」
「カーシュの家に?」
「ああ」
「ロッソだけ?」
「…………ああ」
「…………」
黙ってしまった青年を、男は内心にじわりと焦りを浮かべつつ見つめる。
「…………どうして?」
真顔で尋ねる青年の表情から感情が全く読めず、男は仕方なく思っている事を正直に話した。
お前がまたあんな目に遭ったらと思うと、俺はたまらない。と。
話を聞いて、青年はほんの少し淋しげに笑った。
「……わかった。じゃあ今日は俺がいいようにしとくから、ロッソはカーシュのとこで起きるまで寝かせてあげて」
明日の出立は昼過ぎだし、少々遅くても大丈夫だよ。とリンデルは言いながら、カースの耳元へと顔を擦り寄せる。
「……でも、もう、俺以外の人としたらダメだよ?」
耳元で囁かれて、カースはびくりと肩を揺らした。
「なっ…………!?」
それは、カースにとって思ってもない忠告だった。
「そっ、んなことあるわけないだろ!?」
言い返されて、リンデルは笑ってみせる。けれど、冗談のつもりではなかった。
カースの胸元で眠るロッソがこの大声にも目を覚さないことに若干胸は痛んだが、それ以上に、そんなロッソが羨ましかった。
「俺も、後から宿抜け出そうかなぁ……」
「もうやめとけって」
大きなため息をつく男に優しく頭を撫でられて、金色の青年は渋々荷物をまとめる。
「明日、見送り来てくれる?」
どこか不安げに振り返る青年に、男は微笑んで答えた。
「まあ、遠巻きにな」
「うん……ありがとう……」
しょんぼりと背を向けようとする青年を、男は指先で呼ぶ。
「何?」
寄ってきた青年が手の届く範囲に来ると、カースはランプを机の下に下ろす。
途端に辺りが真っ暗になる。
暗闇の中、男は青年の顎を優しく引き寄せそっと口付けた。
「んっ……」
僅かな水音と、時折苦しげに漏れる息の音が、キンと冷えた冬の夜空に吸い込まれ消えてゆく。
しばらくして男がようやく唇を離すと、青年は潤んだ瞳で男を見つめた。
男は言い含めるように、諭すように、ゆっくりと伝える。
「俺は、もう……、この先ずっと、お前だけのものだ」
青年は以前の言葉を思い出してか、ねだるように可愛らしく首を傾げた。
「それって、俺に誓って?」
「ああ……、お前に誓うよ、リンデル」
その言葉に、金色の瞳がゆるりと滲む。
「ありがとう……、大好きだよ」
囁いて、青年はもう一度男に口付けた。
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