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第1話

深夜の新宿、喧騒から切り離された高級ホテルのスイートルーム。 三枝 瑞希は、居心地の悪さに眉を寄せ、目の前のシャンパングラスを見つめていた。 「おいおい、瑞希。そんな怖い顔すんなよ。今日は昇進祝いだろ?」 大学時代からの腐れ縁である友人が、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべる。瑞希は「俺はもう帰る」と席を立とうとしたが、がっしりと肩を掴まれた。 「待てよ。さっきのゲーム、負けたのはお前だ。『デリヘルを呼んで、朝まで一緒に過ごす』。これが罰ゲームの条件だろ?」 「……正気か。俺が女性を苦手としているのは知っているだろ」 瑞希の端正な顔が苦渋に歪む。28歳、181cmの長身。黒い髪に燃えるような赤眼。モデル顔負けの容姿を持ちながら、彼は幼少期に母親から受けた虐待が原因で、女性に対して極度の拒絶反応を持っていた。触れられるどころか、近づかれるだけで肌に粟が立つ。 「安心しろって。お前の好みを考えて、とっておきの『店』に予約しといたから。もうすぐ来るはずだ」 友人はそう言い残し、他の仲間を連れて部屋を出て行った。 静まり返った室内。瑞希は溜息をつき、ネクタイを緩める。 (……適当に金を払って帰ってもらおう。俺にそんな真似ができるはずがない) その時、ドアが控えめにノックされた。 「失礼します。本日伺わせていただいた、ミサキです」 聞こえてきたのは、鈴の鳴るような、だが落ち着いた男性の声だった。 瑞希が不可解に思いながらドアを開けると、そこには夜の街には似つかわしくない、清潔感に溢れた青年が立っていた。 艶やかな栗色に、吸い込まれるような少し濃いめの水色の瞳。 179cmの長身を質の良いシャツに包み、穏やかな微笑を浮かべている。 「……美咲くん?」 瑞希の喉が引き攣った。 そこにいたのは、大学時代、全学生の憧れの的であり、瑞希が唯一「この男なら隣にいても不快ではない」と感じていた後輩、西条 美咲だった。 「お久しぶりです、瑞希先輩。まさか、依頼主が貴方だったなんて」 美咲は困ったように笑い、そっと部屋に足を踏み入れる。 瑞希の心臓が、今まで感じたことのない早鐘を打ち始めた。女性ではない。だが、この状況はそれ以上に心臓に悪い。 「なぜ、君がこんな仕事を……」 「話せば長くなります。でも、今は『仕事』ですから。……先輩、そんなに震えないでください」 美咲の細く長い指が、瑞希の頬に触れる。 いつもなら拒絶反応で吐き気がするはずなのに、美咲の体温だけは、冷え切った瑞希の心に驚くほど滑らかに溶け込んでいった。

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