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第2話
「……美咲くん、どうして。君のような人が、こんな場所にいるんだ」
瑞希の声は微かに震えていた。再会の衝撃と、自らの忌まわしい過去——女性である母親から受けた執拗な虐待の記憶が、豪華な客室の空気と混ざり合い、彼は窒息させられそうになる。
美咲は瑞希の動揺を見透かしたように、ふっと目を細めた。その栗色の間から覗く水色の瞳は、どこまでも深く、慈愛に満ちている。
「先輩、そんなに怖い顔をしないでください。俺がここにいる理由は……まあ、生活のためですよ。でも、貴方を困らせるために来たわけじゃありません」
美咲は瑞希の強張った肩にそっと手を置いた。本来なら、他人に触れられるだけで拒絶反応が出るはずの瑞希だったが、美咲の手のひらから伝わる適度な体温には、不思議と吐き気を催さなかった。
「……罰ゲームなんですよね? 友達から聞きました。俺を抱かなきゃいけないって」
「それは……だが、俺には無理だ。女性はもちろん、他人とこうして密着すること自体、本来なら……」
言葉を詰まらせる瑞希を見て、美咲は小さく息をついた。そして、誘うような色気を含んだ微笑みではなく、大学時代に見せていたあの「聖母」のような穏やかな笑顔を浮かべる。
「じゃあ、今日はやめましょう。無理に進めても、お互い楽しくないですから」
「え……?」
「その代わり、朝まで一緒にいるっていう約束は守らないといけませんよね。……先輩、一緒に寝ましょう。ただ、横にいるだけでいいですから」
美咲は手慣れた様子で、備え付けの広いベッドのシーツを整えた。
瑞希は困惑したまま、促されるようにベッドの端に腰を下ろす。美咲はその隣にするりと潜り込み、パサリと掛け布団を広げた。
「ほら、先輩も。俺、寝相は良い方ですから」
「……ああ」
瑞希はぎこちない動作でジャケットを脱ぎ、ネクタイを外して、美咲の隣に横たわった。
181cmと179cm。大の男が二人並ぶと、キングサイズのベッドも存外狭く感じる。
沈黙が流れる中、シーツ越しに美咲の右腕が、瑞希の左腕に触れた。
ビクッと肩を跳ねさせた瑞希だったが、美咲は逃げようとはせず、そのまま静かに目を閉じた。
「……美咲くん、君は……怖くないのか。俺みたいな、難のある男が隣にいて」
「先輩は真面目すぎるんです。……おやすみなさい、瑞希先輩」
規則正し美咲の寝息が聞こえ始める。
女性特有の甘ったるい香料の匂いではない、石鹸のような、そしてどこか懐かしい日向のような香りが瑞希の鼻腔をくすぐった。
母親に冷たく、鋭い言葉で刻まれた心の傷が、美咲の隣にいる間だけは、薄い膜で保護されているような錯覚に陥る。
瑞希は、隣で眠る美しい後輩の横顔を、暗闇の中でいつまでも、いつまでも、食い入るように見つめていた。
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