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六、からっぽ
社は思った以上に広く、大広間の他に大小四部屋あり、銀花 はひとつひとつ案内してくれた。ひと通り見て回った後、楪 はどの部屋が良いか問われて、首を傾げた。
「夫婦なのに別の部屋なのですか?」
その問いに対して、銀花は思わず言葉を失った。見上げてくる楪がじっと答えを待っている。その問いは、銀花にとって思ってもみなかった問いだった。歴代の花嫁となった者たちは、ひとではない神との婚姻に少なからず畏れという感情を抱き、常に共にいるということはなかったと聞く。
故に、前任の山神からの引き継ぎで、これまで通りそのようにした方が良いだろうと言われたのだった。必要な時だけ顔を合わせ、本来の役目を果たすためにその身を捧げるという義務的な役割。
山神がその身に取り込んだ穢れを浄化するために、花嫁となった番 と交わる必要があった。それ以外は少しでも気を安らげる場所を用意して、自身を大切にしてもらうのが大事だと。
「銀花様?」
「……すまない、少し考え事をしていた」
繋いだままの手から感じるのは信頼。なにも知らない生まれたばかりの雛が、なんの疑問も持たずに親鳥の後をついて回るような。
「好きな時に俺の部屋に来ればいい。別々の方が楪も気が楽だろう? 俺たちは確かに今日から夫婦になったわけだが、まだ出会ったばかりだ。お互いに色々と知る必要がある」
「……はい」
「楪が共にいたいと思った時は遠慮せずに言って欲しい。いくらでも傍にいると約束する。いずれにせよ、ひとりの時間は必要だ。俺も常にこの社にいるわけではない。山神としての役目があるからな」
それに、まだ真の番としての役目を楪が果たせるとは思っていない。銀花もできることなら本人の気持ちを大切にしたいと思っていて、無理強いはしたくなかった。
なににも染まっていない真っ白な楪。役目を果たすということがどういうことかも、少しずつ知っていけばいいと。
焦る必要はない。
まだ、余裕はある。
「楪?」
「……私は、どこにいたらいいいですか?」
困ったように笑ってそう言った楪の意図を、この時の銀花は理解していなかった。
「よく、わからなくて。私は、どの部屋にいたらいいですか? もしお手間でなければ、銀花様に決めて欲しいです」
「それは構わないが、」
俯いてしまった楪に、銀花は少しだけ違和感を覚える。外にいた時は色んなものに目を輝かせて、あんなに楽しそうにはしゃいでいたのに。今はどこか元気がないように思える。知らない場所に連れて来られた挙句、本来の花嫁の役割を知り怖くなったのだろうか。
当然だろう。誰かと関わることもなく、ひとり。ずっと耐えてきたというに、外に出られたと思ったら、今度は山神の花嫁として捧げられて。
「じゃあ、この部屋はどうだ? それなりに広くてゆっくりできると思うが」
楪を連れてやってきたのは、十二畳くらいの広さの部屋だった。元々狭い部屋にいたから慣れるまでは落ち着かないだろうが、障子を開けると中庭も見渡せるので気分転換にもなる。
「後で必要なものは揃えるが、楪が好きなようにするといい」
「……はい、」
また、困ったような笑みが浮かぶ。いったいどうしたというのだろう。銀花は繋いでいた指を解き、両手で楪の頬を包み込むようにそっと触れた。
「どうした? なにか言いたいことがあるなら、遠慮せずに言って欲しい」
「……銀花様、私……自分がなにが好きか、どうしたいか、よく、わからなくて」
あの時目にした野うさぎは可愛らしかった。蓮の花は綺麗だった。銀花をひと目見た瞬間、息を呑んだ。今まで動くことのなかった感情が溢れて、キラキラして、眩しいセカイに心がざわざわした。さっきは自分の足で歩きたい、そう思ったのに。今、銀花に問われて思い知ったことがある。
「私、空っぽなんです。たくさん考えたんですが、ここにはなにもないんだって、気付いて····」
胸に手を当てて、悲しげに目を細めた。自分の心に問いかけても、望みが見つからない。あの薄暗い部屋で生活していた時。すべてを諦めていたせいだろうか。ああしたい、こうしたい、こうなりたい、そういう願いや欲みたいなモノが存在しないことに、今更ながら気付いてしまったのだ。
「楪、少しずつでいい。さっきみたいにお前自身が望むことができたら、俺に言ってくれ。できる限りその望みを叶えよう。見つからないなら無理に考えなくてもいい。俺は、お前がここでなんの気兼ねもせずに共に過ごしてくれたなら、それだけでいい」
「はい······善処します」
どこかほっとした表情で見上げてくる楪に、銀花も安堵の色を浮かべた。
「では、もう一度部屋を選んでみるか?」
「いいえ。私、銀花様が選んでくださった、このお部屋がいいです」
そう言って柔らかく微笑んだ楪を見つめ、銀花もつられて口元がゆるんだ。
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