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十四、土地神のお節介

 (ゆずりは)水月(みなづき)に連れ出される形で、縁側から庭に降りた。庭は可愛らしい花がたくさん咲いていて、小さな池もあった。池には赤や白の模様が入った小さな生き物たちがすいすいと泳いでおり、楪は食い入るように池を覗き込む。 「水月様、あの水の中にいる小さな生き物はなんですか?」  それはもう楽しそうに訊ねてくるので、水月はどれどれともったいぶって同じように覗き込んだ後、その答えを口にする。 「あれは金魚だよ。ひらひらした尾ビレが美しいよね。あの子がどこか遠くの地から持ってきたみたいだけど、この領域に咲くたくさんの草花や桜の木もぜんぶ、ユズちゃんのために用意したのかもね」  領域内は主によって違う。年中心地好い清浄な空気。暑くも寒くもない春のようなぬくもりを感じるこの空間は、銀花が花嫁のために用意した場所だ。 「あの白い花がついた木、知ってます」 「一度も外に出たことないのに?」 「はい。春になると天井から降ってくるんです!」 「天井から、ねえ……」  問いながらも、水月はすでに見当が付いていた。桜の木の下に駆けて行く楪の後ろ姿を、親のような目線で見つめながら。 (まったく……健気というか、甲斐甲斐しいというか、なんというか、)  銀花がこの十五年の間、なにをしてきたかを知っている。 (ここまで、自身の番の花嫁を気にかけた山神はいなかったかもね)  楪がこんなにも柔らかい空気を纏っているのは、銀花の努力があったからかもしれない。歴代の花嫁たちは領域内で歩き回ることはほどんとなかった。  与えられた自身の部屋に閉じ籠り、役目を果たすためだけに山神を受け入れ、穢れを受け入れ、最期は病んでいった。どんなに山神が花嫁を愛していても。所詮は獣。神格化してひとの姿をしていても、ひとの心を完全に理解できる者は少ない。同じひとであってもそれは難しいことだろう。 「普通は春に咲くんだけど、ここでは散ることなくいつでも眺められるから、桃源郷にいるみたいなんだよね」 「……桃源郷?」 「ああ、こっちの話だよ。それよりも、ユズちゃんはどの花が好き? 私はね、ほら、あそこ。池の周りに咲いている水仙が好きなんだ。黄色いのも白いのも可愛いよね」  水仙の前にしゃがんで、つんつんと白い花びらをつつく。その横にちょこんと楪がしゃがみ、水月の指先でつつかれている水仙を興味深そうにじっと見つめていた。 「水月様は土地神様と聞きましたが、銀花様とはいつからお知り合いなんですか?」 「なになに? 気になる? けど、私とあの子は君が気にするような関係じゃないよ。あの子がまだただの獣だった頃から知ってるってだけ。この山の子たちは良くも悪くも神格化しやすい。おかげで山神となる者も途切れないわけだけど、」  なんとなく説明してみたが、おそらくわかっていなそうな楪の様子に、水月はくすくすと笑う。 「私からしてみれば、この山に住む者たちはみんな我が子のようなものだよ。ひとも獣もこの地に生きるすべての存在が、私の力の源なのさ」 「銀花様のお母様ということですか?」 「そうそう。そんな感じかも?」  ちょっと違うけど、まあその方が楪にはわかりやすいだろうと、水月はあえて訂正しなかった。土地神としての威厳よりも、銀花の母親という立場の方が楪と仲良くなれそうな気がする。嫁と姑的な今までにない楽しみが増えそうだ。 「このお庭、とても好きです。よく見たら知っているお花がたくさんあります。ここに来るまでいた場所で。時々、天井の小窓から落ちて来たお花や木の実の名前を、お母さんに教えてもらったので」 「そうなんだ。ユズちゃんはなんでそんなものが落ちて来たと思う?」  にやにやとしてしまいそうな口元を着物の袖で隠しながら、水月は楪の顔を覗き込む。薄い茶色い瞳がきょとんと丸くなっていた。  ずっと思っていたが、楪の髪の毛も瞳もとても珍しい色をしている。のんびりした雰囲気を纏う可愛らしい楪にぴったりで、思わず頭を撫でたくなるような……そう、懐っこい猫みたいな? 「ふつう……空からお花は降らないんですか?」  真剣な眼差しでそんなことを言われると、答えづらいのだが……。 「まあ、普通は降らないかもね〜。誰かが故意に降らせない限りは」 「誰か? 誰かが天井の小窓からお花を降らせてくれた……ということですか?」  だんだんと。楪もなにかに気付いたようで。 「でも、どうして……? もしそうなら、私、」 「まあ、本人に訊いてみたらいいのでは?」  みるみる顔が真っ赤に染まっていく楪を眺めながら、水月はよしよしと柔らかい髪の毛を撫でて助言する。  これでまた少しふたりの距離が縮まればいい。山神と花嫁。今までにない、愛し愛される関係が生まれたら。誰も不幸にならずに終えられたなら。 (これは土地神としてではなく、私自身の想い。ふたりには幸せになってもらいたい。無事に役目を果たし、代替わりをして欲しいけど)  穢れ。この地に生まれ続ける(わざわい)。それは容赦なくすべてを呑み込み、翳りを生む。緑は枯れ、花は朽ち、生き物は死に絶える。  山神はそんな穢れをその身に移し、花嫁はその穢れを貰い浄化する役目を担う。故に、花嫁の負担は想像以上に大きいのだ。  水月は楪に銀花の場所を伝えると、この後のふたりの展開が容易に予想できたため、早々に退散することにしたのだった。

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