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十三、贈り物

 昨夜、銀花(ぎんか)は一睡もできなかった。自分の腕の中で安心しきって眠っている(ゆずりは)を守るように、一晩中薄暗闇の中で眼を光らせていた。ずっと、この時を待ち続けていた。ずっと、だ。十五年前。この地の山神として前任者から引き継いだその数日後、楪が生まれた。寒い冬の夜。極月のある日。 (あの日、自分の運命の(つがい)となる者の存在を、全身で感じた)  会いたいという衝動に駆られ、気付けばあの屋敷に足が向いていた。生まれたばかりの赤ん坊。成人を迎える十五歳の誕生日に捧げられる、生贄の花嫁。印を持って生まれるその子どもがこの後どんな扱いを受けるのかを、銀花は本当の意味では理解していなかったのだと知る。春夏秋冬、季節が過ぎ時が過ぎ、五年後。 (……話には聞いていたが、まだ幼いのにあの狭い部屋でひとり生きていくのか?)  母親も父親も必要最低限の関わりだけ。最初の頃はあの子が泣けば慰めに行き、諭していた。お前は山神様の花嫁になる身だから、これは不幸なのではなくむしろ僥倖なのだ、と。幼い子どもが欲しい言葉とはほど遠い、信仰心からくる言葉なのだろう。  だがそれもいつの間にかなくなっていく。  ひとり、膝を抱えて泣く姿に手を差し伸べたくなる。しかしそれは赦されないことだった。 (掟では、十五歳になるまでは番に触れてはならない。それは山神も同じ)  せめて、あの子が泣き止むようなことをしてあげられたら。  銀花は屋根の上から小窓を覗く。小窓にはさらに小さな屋根が付いていて、雨や雪は入ってこないような作りになっていた。  換気の役割も担っている小窓は年中開け放たれており、冬は冷たい風が入り込むため寒いのだろう。よく火鉢の近くで布団を被って丸くなっていた。夏は逆に外よりずっと涼しいようで、安心する。この小窓だけが、唯一外のセカイを感じられる存在なのだろう。  楪、と名付けられたその少年は、あの四畳半の部屋に幽閉され続けたせいか、いつの間にか色んなことを諦めてしまっているような気がした。いつも同じ時間に起き、与えられた食事を済ませ、ぼんやりと壁に寄りかかって過ごす毎日。最初の頃は小窓から聞こえる音や見える物を母親に訊ねては、好奇心旺盛な性格なのか楽しそうにしていた。  しかし半年も経つ頃にはそれをすることもなくなり、ひとりぼんやりと小窓を見つめては目を閉じ、外の音に耳を澄ましているようだった。 (せめてこれで、沈んだ心が少しでも癒されればいいのだが、)  楪が幽閉されてから一年が過ぎた、ある春の日の夜。屋根の上で、銀花は両手に抱えた桜の枝から花びらを一枚ずつ小窓から落としていく。  ひらひらと。  月夜に舞う白い花びら。雪のように舞い落ちる桜吹雪に、楪が不思議そうに小窓を見上げていた。 「わあ。きれい」  嬉しそうに。本当に嬉しそうに、楪が呟いた声に胸が締め付けられた。  桜など見たことがない楪は、天井から降り続けるこの花びらがなにかも知らないのかもしれない。自分の足もとや肩や髪の毛を飾っていくそれを、目を輝かせて見上げていた。最後に一番綺麗に咲いている枝を折り、そのまま投げ入れる。  それは楪の少し前の方に落ちていった。神気を込めたとはいえ、花はいつか枯れてしまうだろう。それでも、少しの間はその目を楽しませてくれるはずだと、銀花は丸く大きな月を見上げた。  それから、季節が変わるごとに花や木の実を小窓から投げ入れ続けた。その度に楪が喜んでくれるので、心がほんのりと満たされる。贈り物がその後どうなったかは知らない。捨てられていても別に構わない。枯れた花をいつまでも手元に置く者などいないし、よく考えてみたら迷惑だったかもしれない。それでも。 (……お前にあげたかった。あの薄暗闇の変化のない日々に、せめてもの彩りを)  なによりも、笑顔が見たかった。喜ぶ顔が見たかった。ただの自己満足だったのかもしれない。できることなら、さっさとあの場所から連れ去ってしまいたかった。震えていたら抱きしめてあげたかった。泣いていたら涙を拭ってやりたかった。それができない自分を、掟という縛りを、恨んだ。 (もうひとりにはしない。今までしてあげられなかったことを、俺がお前にしてやる。お前が欲しいもの、やりたいこと、願いは、ぜんぶ俺が叶える)  一生、共に生きていく。楪をはじめて見たあの日から、そう心に決めていた。  大切にしたい。優しくしたい。触れたい。それは自分の願い。楪は欲がなく、欲しいものもわからないと言った。だからその言動、仕草、表情、些細なものすべてを見逃さないようにしよう。そう誓ったのに、あの失態だ。  外の時間に合わせて領域を変化させる。朝。半分だけ開けられた障子戸からゆっくりと差し込んでくる光。銀花は楪を起こさないように布団から離れ、すやすやと穏やかに眠る愛しい花嫁の頬に、そっと口付けを落とした。

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