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十二、反省会

 目が覚めると、ひとりだった。  (ゆずりは)は少し乱れた単衣をぼんやりとする頭のまま時間をかけて直し、ゆっくりと部屋を見回した。だんだんと昨夜の出来事が記憶として蘇ってくる。銀花(ぎんか)に縋ってしまったこと。不安を口にしてしまったこと。途中で朦朧としてしまった挙句、大事な儀式を中断させてしまった。  (つがい)の印。そういえば、なぜ銀花はあの場所にあると知っていたのだろう。自分が忘れているだけで、どこかで口にしたのかもしれない。楪は銀花が自分にしてくれたことをひとつひとつ思い出しては、その度に顔が真っ赤になった。  されるがまま、すべてを受け容れていた。抱き上げられた時も。後ろから抱きしめられた時も。項を噛まれた時も。ぜんぶ知らない自分。あの時も。 (身体、自分のものじゃないみたいだった……)  銀花の神気が身体に流れ込んできた時。今まで感じたことのないような感覚が全身に溢れてきて、意識が飛びそうになる度に引き戻されてしまう。  疼き。 (……もっと欲しい、って思ってしまった。でも銀花様は、違ったみたい)  楪はしゅんと俯いてしまう。自分が最後まで耐えられなかったせいで、迷惑をかけてしまった。それなのに、部屋まで連れて来てもらっただけでなく、たくさん優しくしてもらった。ぎゅっと抱きしめられた。 (あのまま、食べられてしまうのかと思った……)  ぞくり、と。全身に走ったそれに、思わずびくりとしてしまった。今もまだじんじんする項。昨夜のことは夢などではないと、思い知らされる。 「……あの後の記憶がない」  いつまでも冷めやらない熱に抱かれて。いつの間にか眠ってしまっていた。のそのそと布団を片付け、背の低い衣装箪笥の上に綺麗にたたんで置いてある着物を見つけた。昨日、水月(みなづき)が選んでくれた小紋が施された白練の着物と淡い浅葱色の帯。楪は着物に袖を通して身支度を始める。 「銀花様に昨夜のことを謝らないと……、」  丸い鏡が置かれた鏡台の前で自分の顔を覗き込む。目元が少し腫れている。こんなみっともない自分でも、銀花は許してくれるだろうか?  楪は長い髪の毛をゆるく結び背中に垂らすと、はあと小さなため息を吐いた。花嫁としても贄としても役に立たない。真の番となったら、今よりは銀花の役に立てるだろうか?  真の番。 『身も心も俺のものになること』  銀花のものになる。  でも、銀花がそれを望まなかったら?  気が変わってしまったら? 「私は、捨てられてしまうのかな……?」 「捨てるって、あの子が? 君を? そんなの、天地がひっくり返るくらいありえないよ」  へ? と楪は呆けたような声を出して首を傾げた後、わあ⁉︎ と勢いよく後ろを振り向いた。そこには想像した通りの人物がいたわけだが、楪の心臓はばくばくと早鐘を打っていた。 「み、水月様、おはようございます!」  とにかく挨拶しないと! と楪はあわあわと大袈裟に頭を下げたが、「もうお昼だよ?」と、くすくすと水月に笑われる。 「え? 本当ですか? 私、そんな時間まで眠っていたんですか……?」  さあぁあとみるみる真っ青になって、楪は呆然と立ち尽くす。 (私が全然起きないから、呆れ果ててお勤めに行かれたのかもしれない……)  ぐるぐると。おそらく勘違いをしているだろう楪の百面相を眺めながら、水月は腹を抱えて笑いを堪え、ぷるぷると肩を振るわせて悶絶していた。 「ふ……くく……っもう、本当、君って、可愛くて面白い子だね……っ」 「……可愛くも面白くもないです。私、嫁入り一日目にして旦那様に嫌われてしまいました……」 「いやいやしっかり愛されてるから、そこは安心していいよ! ちゃんと鏡を見たかい? 嫌いな相手にそんな印つけないでしょうに。しかもただの印じゃないよ、それ」  水月は自分の首筋をとんとんと軽く人差し指で弾ませて、楪に鏡をよく見るように促す。 「これは····痣? 寝ている間にどこかにぶつけたんでしょうか?」 「違う違う。それはね、あの子が付けた神狐の刻印。痣自体はしばらくすれば消えるけど、内側に施された刻印は、付けた本人が解かない限り消えることはない。つまり、永遠の守護を意味するんだよ。端的に言うと、"これは俺のものだから手を出したらどうなるかわかってるだろうな"っていう、無言の圧力みたいなものだね」 「……私は銀花様のもの、ということですか?」  そうそう、と水月はにっこりと口の端を上げる。 (よっぽど初夜の儀式で盛り上がったみたいだね。いい傾向だ。今回の花嫁は本当に良い子で安心したよ。これならすぐにでも真の番(・・・)として役目が果たせそうだ)  今まで色んな花嫁たちを葬送してきた。土地神として、良くも悪くも役目を果たしてくれた花嫁たちへのせめてもの手向けだった。次は、幸せな人生を送れるよう。自由に生きられるよう、その魂を導いてやるのだ。 「君は、あの子の運命の番だからね」  それが、唯一無二である理由。山神と番。それ以上に、銀花にとっては特別な存在なのだと。知っているからこそ、楪には早く自覚して欲しいとも思うし、このまま盛大に勘違いをして楽しませて欲しいとも思う。  困惑する楪の頬をつついて、水月はくすりと音を立てて笑った。

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