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三十二、ふたりの生贄
元旦。銀花 の領域内の社はいつもより随分と賑やかしかった。水月 を筆頭にして黒鴉 と蛭子 が連れ立ってやって来たことで、ふたりだけで静かに過ごすはずだった正月がどんどん遠ざかっていく。
銀花たち三人は社の大広間で酒を酌み交わし、楪と蛭子も最初は同席していたが、水月に勧められて庭の方へと行ってしまった。もちろん、意図的にふたりを遠ざけたというのは銀花にもわかっていて、姿が見えなくなってから本題が始まる。
「色々と調べてきた結果、ふたりに報告があるよ」
盃を置き、口調が真剣なものに変わる。先ほどまでは酔っ払ったフリでもしていたのだろうか。やはり食えない神 だと、銀花もまたそのつもりで話を聞く姿勢に入る。楪にというよりは、蛭子に聞かせたくないというのが本音なのだろう。
「蛭子が何者かわかったってこと?」
「あの子が何者か、というよりは、あの子があそこでどんな役割を担っていたかが問題」
黒鴉の質問に対し、水月は珍しく低めの声音で答えた。
「あそこは自然にできた蠱毒の場。あんまり言いたくないけど、遠い昔、私がまだ土地神になる前。酷い飢饉があった頃。間引きのために弱い子どもたちが殺され、あの穴に捨てられたみたいだね。あの洞穴には子どもたちの魂が彷徨っていた痕跡があったんだけど……」
「痕跡だけだったんだよなぁ」
あの場所を見つけた黒鴉は、その続きを捕捉するように発言した。
「……その上で、あの子の存在がどう影響しているかという話に戻るけど。当初、私もあの子は穢れを生んでいる側かと思っていたんだけどね、どうやらちょっと違うみたい」
「俺たちがあそこに駆けつけた時、あれ は穢れを喰らっていた」
「まだ根に持ってんのか〜。銀花様は本当に心が狭いな〜」
銀花の棘のある言葉に黒鴉はやれやれと首を振った。蛭子を擁護している黒鴉には聞き捨てならないという感じなのだろうが、こちらとしては自身の番に手を出されたも同然なのだ。それがたとえ善意であっても、銀花としては心穏やかではない。
「話が進まないから喧嘩しない。いいかい? ここからは私の見解になるけど、あの子はおそらく、生贄という名の蓋の役割をしていたのだと思う」
黒鴉が前にぽつりと口にしたことがあった。蛭子がいた時と連れ出した後で、瘴気の濃さや穢れの強さが変化していたと。自身の血肉を祟神となった蛭のバケモノに与えていた理由が、穢れを抑えるためであったとして。それでも中和しきれなかった穢れが溢れ、あの穴から湧いていたのだとしたら?
「あの子は悪いモノではなく、なんなら穢れを喰らっていたと考えるのが正しいかもね。本人がそれを自覚していないのは、時が経ちすぎて本来の役目を忘れた可能性もある」
楪が山神の穢れを浄化するために捧げられた贄だとしたら、蛭子はあの穴を封じるための人身御供とでもいえばいいのだろうか。どちらも神への捧げ物に代わりないが、扱いは真逆といえよう。
「じゃあ、これからも俺のとこで預かっててもいいってこと?」
「なにかあれば君がなんとかするんでしょう?」
「まあ、そういうことになるかな〜」
ふっと水月は口元をゆるめ、「じゃあ、この話はこれで終わり!」と言ってパンと手を叩いた。
「では次の問題。銀花、君はいつになったらあの子を真の番 にするつもり? 私はてっきりあの初夜の儀式で済ませたとばかり思っていたのに」
「やっぱり……三晩かけてどうのこうのというのは、嘘だったんですね」
初夜の儀式。あれは、楪の気持ちを優先することを頑なに守っていた銀花を焚き付けるために、水月が適当に提案したのだと確信する。
「初夜の儀式で、番の印に神気を注ぐのは本当だよ。でないと、君の神気に当てられていずれ花嫁が弱ってしまうからね。私の計画ではそのまま盛り上がって一気に済ませると思ったのに。いいかい? もう本当に時間がないよ? 本来ならひと月以内に花嫁に浄化してもらう必要があるんだから」
「俺もさっさとやればいいって言ったんだけどさ。全然聞く耳なしなんだよね」
煩い、黙れと銀花はじとりと黒鴉を睨む。水月の忠告もわかっているが、銀花はどうしても手を出すことができずにいる。それは楪が思った以上に危ういということ。
普段は明るく穏やかに過ごしているように見えるが、心の内は不安でいっぱいなのだろう。時々、なにか物言いたげな瞳で見上げてくるのだが、「すみません、大丈夫です」と口を閉ざして考え込んでしまうのだ。
「最近は目覚めると泣いているようだ。両親が恋しいのか。悪い夢でも見ているのか。そんな状態の楪を、俺の事情で余計に傷付けるようなことはしたくない」
「……本当にそんな理由だと思ってる? あの子のためにも私からはなにも言わないけど、君はもう少しあの子を信じてあげた方がいいと思うけど」
「右に同じ〜。蛭子が言ってたぞ。楪がすごく悩んでたって」
水月も黒鴉も銀花だけがわかっていないような口ぶりで言ってくるが、銀花自身はむしろ部外者になにがわかると言ってやりたかった。楪がなにかを悩んでいるのは薄々気付いていた。言葉を呑み込む癖があるのも、きっと我儘を言ってはいけないと思い込んでいるからだろう。
「そのあたりは蛭子がうまくやってくれるとは思うけど、あとは結局のところ、お前の気持ち次第なんじゃないか?」
黒鴉のその言葉に銀花は思うところがあったが、口に出すと図に乗りそうなので、これ以上はなにも言うまいと心に決めるのだった。
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