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好みドンピシャの男にいっぱい×××されてます
店を構えることになった。
レイン兄ちゃんが出資してくれるんだって。さっすがー。持つべきは金持ちの兄貴だね。
帰省してからというもの、おれが日々をぼんやり過ごしてることを、ライル兄ちゃんもマイラ姉ちゃんも心配していたらしい。兄ちゃんたちの間で、これは早急に対策をしなければならないと結論が出たらしく、その結果が薬屋の出店とのこと。
あのね。何度も言うけど、おれももういい歳した大人なんだよ。
とはいえ、兄ちゃん姉ちゃんに構ってもらえるのは、いくつになっても嬉しいもので、出店の話自体はありがたく受けた。
兄ちゃんたちはおれが失恋したから落ち込んでると思ってるらしい。あながち間違いじゃないよ。だって実家に帰ってきてから、もう一ヶ月は経つのに、シモンが訪ねてくることはなかったんだから。
もちろん、おれだって何もしなかったわけじゃない。あいつの師匠に会いに行った。そしたら何て言われたと思う? 「いつもどおり働いておるよ」だって。
ふーん。あ、そう。
そこでおれの心は折れたね。いつもどおりの中におれの存在は織り込まれてないってことなんだもん。つまりおれたちはもう本当に終わったってこと。
泣いてねーし。フられてねーし。むしろおれから引導を渡してやったんだし。
シモンの職場の前で出待ちする勇気もなかった。どんな反応されるかと想像したら耐えられなかった。
精霊たちは、もう役目を終えたはずなのに、未だにおれの側から離れない。天使いわく、「シモンにも事情があるのよ」ってことらしいけど、そんな慰めはいらねー。
いいんだよ、もう。別れたのは、おれのせいだから。それは自覚してる。ちゃんと飲み込んで、前を向いて進む。
目指せ、独り立ち。
そのための第一歩としての開業ってわけ。
兄ちゃんに金銭的に頼ってるのは情けないけどね。
返済計画書を手元に置き、店内を見回せば人人人の大賑わい。開店して以降、大盛況なんだよな、これが。
客層は幅広い。老若男女のための様々な薬を取り揃えている。店員には薬学の心得があるやつを雇ってるから、客の対応はほとんど任せてる。ここはパーティー会場か?ってくらい広々とした店内を走り回っているのはライル兄ちゃん。なんかね、ダルティアのところでやらかしたらしいよ。高価な商品を破損させちゃったんだって。わざとじゃないらしいけど、それでダルティアは大激怒。今は謹慎期間だって言うから、おれの店で働いてもらってる。
兄ちゃんがちょこまかと動き回る様子は面白い。何をするにも一生懸命だから憎めねぇんだよな。おれに対しての贖罪の気持ちで一層、気合いが入ってるのかもしれない。薬を盗んだことについては正直もう許してるけど、頑張って働いてくれるところに水を差すようなことは言わない。いかんせんミスが多いのは目につくけど。
あ、ほら。また転んだ。薬草ばら撒いてらぁ。周りの客に頭を下げながら頑張って掻き集めてる。何やってんだよ、兄ちゃん。ガキの頃は、お山の大将ってかんじで偉そうだったけど、意外とポンコツタイプだったんだなぁ。
ぼけーと観察しながら、魔法で薬草を集める手伝いをしてやった。
大汗をかいた兄ちゃんが、薬草が詰まったカゴをおれのところまで持ってくる。
「ルイ、悪い。取りこぼしたやつがあるかもしれないから見てくる」
「あー、大丈夫。それより兄ちゃんはここで伝票整理してて」
さっきは薬草だったから良かったけど、触れたら危ない薬品だったら洒落にならんからね。ライル兄ちゃんには悪いけど、じっとしててもらったほうがいい。
代わりにおれが店に出た。おれ目当ての客も多い。たまには愛想を振りまいておかないとね。
ニコニコと笑顔を貼りつけて、客から症状を聞き出す。出来合いの薬で対処できる客もいれば、新たに調剤する必要がある客もいる。後者に当たったときはヒアリングして後日薬の準備ができたら来店してもらう段取りだ。
何人か接客した後、棚に並べられている薬瓶を熱心に見比べている客がいることに気がついた。その薬の種類が種類だったから、話しかけるか迷った。天井から吊り下げた案内板には堂々と『媚薬』って記載されてる。おれは大好きな部類の薬物だけど、人によっては恥ずかしいって思うもんね。
その客はフードをかぶっていて、丈の長い外套を身につけている。肩口からは長い金髪が胸辺りまで垂れている。たぶん、女の人かな。単に長髪の男の可能性もなくはないけど、配慮のできるおれとしては性別に関わらず一旦距離を取った。
その後も接客を続け、窓の外が翳りだした頃。そろそろ閉店の時間が近くなってきて、ふと気になって媚薬コーナーを覗くと、金髪の客はまだ棚の前にいた。
さすがに一声かけてくるか。迷う気持ちもわかるよ。今夜が最高になるか最悪になるかが掛かってるもんね。
うんうんと頷く。おれも調薬段階で色々と試したものだよ。シモンにも手伝ってもらって最高品質の媚薬を作り上げることには成功したけど、二人とも耐性ができたせいで、ほぼ効かなくなるっていう弊害はあった。
まあ、そんな媚薬ジャンキーもといプロが来たからには、もう安心。ありとあらゆる性のお悩みをズバッと解決してやんよ。
「何かお探しですか?」
にこやかに話しかける。
客は顔を上げて、おれの顔を確かめた。
一瞬しか見えなかったけど、予想通り女性だった。客はすぐに下を向いて、か細い声で答える。
「この店で一番強い媚薬をください」
「もっとも催淫効果が強く出るのは、こちらですね」
「いえ。これにはもう慣れてしまって、飲んでも意味がないのです。もっと強力なものがあるはずです」
おお。これで効かないって相当だな。
気付けば、客から鋭い視線を向けられていた。
なぁに? おれが隠してるとでも言いたいのかな。確かにあるにはあるけど、売りもんじゃないんだよね。
これ以上ってなると、法で定められた基準値を越えちゃう。脱法ってこと。おれは一応、資格持ちだから、原液の媚薬を所持することも許されてるけど、販売はできないんだよね。
へらへらしながら「ここにあるので全部ですねぇ」と答えた。
だけど客もしつこく食い下がる。
「あるはずです。わたし、数年前に使ったことがあって、それをずっと探してるのですっ」
「ああー。なるほど……。お探しのものについては理解いたしました。ですが、当店ではお取り扱いができないものですね」
「いいえっ。あなたが持っていることを知っています。最近またお店を持たれたことを知って……だからわざわざ危険を冒してでも手に入れなくてはと思って、ここまでやってきたのです!」
相手は話しているうちに興奮してきたのか、段々と声が大きくなっていた。他の客も何事かとこっちを見てる。
どうしよ。参ったね。
まずは落ち着いてほしい。開業したばかりだからトラブルとかはナシでいきたいんだよね。奥の部屋に案内しようとすると拒否された。何でだよ。個室に二人きりになるのが嫌ってこと?
おれは内心大焦り。中が駄目なら外だ。もう出ていってもらおう。
「おっしゃっていることは分かりました。一旦、外でお話しましょうか。他の方に聞かれたくないこともあるでしょう。個室では話せないということなら、せめて人目がないところのほうがいい」
「ええ。そうね。もちろん、それでいいわ」
良かった。ひとまず追い出すことには成功した。そのまま機会を窺って帰ってもらおう。無理難題をふっかけてくる客には穏便に対応しないとね。
気にしている様子の店員たちに目配せして、こっちは大丈夫ってことを伝える。大半の従業員はそれで理解した。でも逆に駆け寄ってくるバカが一人。そう、ライル兄ちゃんだ。兄ちゃんってねぇ、察しが悪いんだよねぇ。のんきにトコトコと近付いてきて「大丈夫か?」なんて囁いてくる。客がいる前でやめろよな。下手に刺激して暴れ出したらどうすんだよ。
例の女性客が、小声で話すおれたちを怪訝そうに振り返る。そして兄ちゃんを見て「あ」って声を出した。
もしかして知り合いなのかな。そう思って兄ちゃんを見上げると、こっちも声こそ出さなかったけど「あ」って口の形をしてた。
「なあ、兄ちゃん。この人って――」
「ま、マリーナ様……どうして……」
マリーナさまぁ?
誰それって思ったけど記憶に引っかかるものがある。それってさぁ、ライル兄ちゃんを強姦で訴えた公爵令嬢の名前じゃない?
聞き返す前に、兄ちゃんにマリーナ様って呼ばれてた女性は踵を返して駆けだす。その手には、紫色の液体が詰まった瓶が二つ握られていた。
「マリーナ様……まさかまだオレのことを」
夢見る乙女みたいなこと言ってるけど逃げられてるからね。おまけに万引き。
「ボサッとしてんなよ、バカ兄貴! 追いかけろよ!」
営業妨害どころじゃねぇ。普通に窃盗だ。
ライル兄ちゃんは走り出して早々に足が縺れたのか転けた。鈍くせぇ。追い越してマリーナ様とやらを追う。
マリーナ様のフードが脱げて、長い髪がたなびいている。目立つ髪色が目印になって見失うことはない。だけどマリーナ様、足が速い。ヒールのくせに速い。どんどん差が開いていく。
くっそー。公爵令嬢の上にフィジカルチートかよ。
それでも諦めずに追いかけていると速度が落ちてきた。瞬発力があっても持久力はなかったようだ。路地裏の袋小路に追い詰める。
「もう逃げられねーからな。媚薬を返してもらおう」
興奮してるせいで悪役みたいな言い方になっちゃった。マリーナ様はどこにも逃げ場がないと分かると、おれをキッと睨みつけた。
「これでわたしを追い詰めたつもり!? この薬はわたしのものです! 誰にも渡さないわっ!」
いやいや、悪いことしてるのそっちだからね。何で被害者面できんの。
「そんなに気に入ってくれたのは嬉しいけどさ、正規の値段で買ってくれないと困るんだよ。こっちはそれで食ってるから」
「じゃあ、この二本と、原液を交換しなさい。それなら文句ないわ」
「ハァ? 何でおれがそんな取引に応じなきゃいけないわけ? そもそも媚薬の原液は資格を持ってないと取り扱いできないの。下手するとおれが捕まっちゃうの。なにより、マリーナ様、今んとこ一銭も支払ってないからね。盗人猛々しいって言葉、知ってる?」
知らねぇんだろうなぁ。じゃなかったら、普通の人はこんな訳分かんないこと言い出さないもんね。
公爵令嬢って、こえー。世間知らずにも限度があるだろ。ワールドイズマインなの? ワールドイズアワーズだよ。
マリーナ様は地団駄を踏む。やめなさいって、令嬢にあるまじき所作をするのは。こっちが恥ずかしくなるってぇ。
「大体、ライルが悪いのよっ。勝手に好意を寄せてきて……弟の媚薬を持ってきたらお付き合いを考えてあげるとしか言ってないのに! ルイ印の薬っていったら予約殺到で手に入らないことで有名だから、兄弟のよしみで融通を利かせてくれるようにお願いしたの。それなのに、まさか薬瓶の見分けもつかずに盗んでくるだなんて思わないじゃない。おかげでわたしは恋人と普段以上に盛り上がることができたけど、お父様があんなふうに騒ぎ立てるから大事になって……」
「恋人? マリーナ様って王子と婚約してなかった?」
「バカねぇ。結婚前の火遊びなんて誰でもやってるわ。それに王子とセックスするときに媚薬なんて使う訳ないじゃない。貞操を疑われてしまうわ」
このお嬢様とおれの考える貞操には相当の差異があるらしい。不貞を働いてたどころじゃない。ドロッドロに浮気じゃねぇか。信じらんねぇ。好きな人とヤるからイイんだろうが。
あ。そういえば、ダルティアは? この話にあのヘンタイはどう絡んでくるわけ?
「マリーナ様、ダルティアって知ってる? 子爵でさぁ、ヘンタイ貴族代表なんだけど」
「誰よ、それ。わたし、公爵家以外の人は平民だと思ってるの」
マリーナ様、思想強すぎ。各所からお叱りを受けそうなことを、あっけらかんと言ってのけるところにシビれたね。このお嬢様が知らないってことはダルティアは無関係ってことね。紛らわしいんだよ。あの常時挙動不審の変態め。
つまり、だ。ライル兄ちゃんはマリーナ様とお近付きになりたくて、請われるままに媚薬を盗んだと。マリーナ様はそれを恋人と使い、事後を公爵が目撃して大事件に発展。恋人とヤリまくったことを公にするわけにはいかず、裁判ではライル兄ちゃんに全てをおっ被せたってことか。
狂った奴しかいねぇのかよ。公爵はどこかのタイミングで真相に気付いて、被害届を取り下げたんだろうな。
色狂いのご令嬢は全く反省してるようには見えない。正直もう関わりたくない。確かに兄ちゃんが投獄されたときは病んだけどさぁ、これってダメージを受けるほうが馬鹿を見る構図じゃん。
内心うんざりしてるけど、ここは冷静にいこう。せめて薬瓶だけでも回収したい。意外と高価なんだよね、あれ。
「マリーナ様。こっちの言い分は変わらないよ。法に触れるようなことはできない。そんな商売はできないの。これでも男爵家の看板を背負ってやってるから、悪いことしたら兄ちゃんたちに迷惑がかかる。これ以上うだうだ言うなら本当に憲兵を呼ぶからね」
「でも! だって!」
でももだってもないんだってば。さっさと瓶返せよぉ。おれだって、こんなことで公爵家と揉めたくないの。こっちは男爵で立場が激弱なんだからね。
できるだけ穏便に済ませようと思っていた矢先に、マリーナ様は顔を真っ赤にして「わたしは間違ってない!」って叫ぶ。こりゃあ対話は無理だな。天使か悪魔に助けを呼んできてもらうしかない。
そう思って、マリーナ様からは目を離した。その隙にマリーナ様は懐から短刀を出してくる。それはさすがに予想してないって。それなりに値が張るとはいえ、たかだか数万ペイの媚薬だよ? 覚悟ガンギマリ過ぎる。
召喚したばかりの精霊たちは、おれの前に飛び出した。盾になろうとしてるわけじゃないのは明らかだった。咄嗟に掴んで潰す。戦闘に特化したゴーレムならまだしも、こいつらは人間を害するってこと自体が禁忌だ。そんなことをさせたら、主人であるシモンに重大なペナルティが科される。
さっきまでヒステリックに騒いでいたマリーナ様が、一変して嘘みたいに静かになった。ブツブツと何かを呟き始める。この倫理観の欠如と法遵守意識の低さからして、ヤバめのお薬にも手を出してそう。
「どうして言うことを聞いてくれないの? お父様もわたしのことをまるで異常者みたいに扱って……わたしはただ媚薬を使って最高のセックスをしたかっただけなのに縁を切るだなんて……酷すぎるわ」
酷いのはマリーナ様の認知のほうだってばぁ。用法容量を守れないなら服用するなよ。
「落ち着きなって。今おれを刺しても意味なくない? もしかして脇腹に穴を開けたら媚薬が噴き出してくると思ってる? 人体って、そんなふうにできてないからね」
「わたしは公爵令嬢よ!? やりたいことをして何が悪いの? 悪いのは全部、うまくやらなかったライルのせいじゃない!」
「兄ちゃんはアンタのことが好きでやったんだろ。確かに兄ちゃんもアホだけど、一方的に悪いみたいに言うなよ」
距離を取ろうとする。おれが一歩下がるとマリーナ様は刃先を向けたまま近付いてきた。
そろそろ天使と悪魔が復活してきちゃう。そしたらノータイムでマリーナ様を攻撃するだろう。主に悪魔が。あいつキレるとヤバイんだよ。
いっそ、一発刺されておくのも手だな。
向かい合ったまま、臓器の一つや二つくれてやる覚悟を決める。
マリーナ様の限界が来るほうが早かった。短刀を握りしめたまま踏み込んでくるから、ぎゅっと目を閉じる。
痛みはなかった。
おそるおそる目を開ける。どこか見覚えのある外套が壁になっていた。鼻先をくすぐる嗅ぎ慣れた香水の匂いに、思わず泣きそうになる。
シモンは振り返らない。肩越しに「ルイ。無事?」と訊ねてきた。
おまえさぁ、ズルいって。その登場の仕方は惚れるわ。
「……ぜんっぜん。何ともないけど? 誰かさんが余計なことしなくても、おれ一人で解決できたし?」
思ってることとは正反対の可愛げのない憎まれ口が飛び出す。シモンは苦笑した。
「そうだね。ルイなら、俺がいなくても何とかできたはずだ」
マリーナ様の手首をシモンは握っている。相当力が入っているんだろう。掴んだところが鬱血してる。
でもね、と穏やかな口調でシモンは続けた。
「俺が嫌なんだよ。ルイが傷つけられるのは。そんなところは見たくない」
マリーナ様の肩を、シモンは強く押す。尻餅をついた彼女に向かって、四方八方から詠唱が響いた。魔法の縄がマリーナ様を縛りあげる。
屋根の上には王宮付きの魔法使いたちがガン首を揃えていた。それだけで状況を理解する。マリーナ様、マジで公爵家から縁を切られてるらしい。それどころか貴族の顔に泥を塗った不届者扱いなんだろうな。この分だと王子との婚約も破棄されてそう。だから王家が動いていると。
シモンは一応、王家直属の筆頭魔法使いだから、こいつがここにいるってことが何よりの証拠だった。
状況からの推測だけど、大きく外してはないだろう。事態を把握して、離れたところからマリーナ様がミノムシみたいにのたうち回るところを眺めた。ビタンビタンと跳ねながら呪詛のような恨み言を喚き散らす姿は、醜悪を通り越して圧巻だった。
魔法使いたちが続々と地上に降りてきてマリーナ様を押さえこむ。年貢の納め時ってやつだった。
バイバイ、マリーナ様。いつかその手にある万引きした媚薬の代金を支払ってね。
もはや事態はおれの手に負える範疇にないみたいだった。後処理は魔法使いたちがやるだろう。こんなところにいると邪魔になる。早く帰って、店の締め作業しなきゃ。
そう思うのに、足から根が生えたように、その場からは動けずにいた。
シモンがいる。ひと月ぶりに、まともに顔を見た。
その横顔をそっと覗き見る。元気そうだった。シモンの師匠が言ってたとおりだ。いつもどおり。怪我や病気で会いに来れなかった可能性はこれで消えた。その線もあるかなって、心の片隅で縋ってたのがバカみたいだね。
そのうち、上司にあたるシモンに指示を仰ぐためだろう。一人の魔法使いがシモンに近寄って耳打ちをした。それがまた綺麗な人だった。お似合いの美男美女だ。おれはその光景を見ていることしかできない。
おいしいとこだけ持っていって、自分は女の部下と内緒話ですか。いいご身分ですねぇ。
無意識のうちにシモンの側に来て、外套の袖を握っていた。
引っ張られていることに気付いた元恋人と、その部下がおれを見る。
こいつら何でおれのこと見てんの?
数秒、無言で見つめ合ってから、自分がしでかしたことに気付いた。じわじわと顔が赤くなっていく。全身から汗が噴き出す。
シモンに「ルイ?」と半笑いで問いかけられたときの恥ずかしさったらない。パッと手を離して逃げ出した。捕まえようとしてきたシモンの手が宙を掻く。
「ルイ、待って! ああ、もう! 何で逃げるかな……レーナ、そっちは任せた!」
部下の女性が「承知いたしました」って返事が辛うじて耳に入る。承知しないでほしい。おれのことになんか構わず、お似合いの二人で幸せになればいいだろ!
こんなはずじゃなかった。こんなダッセェ態度を取るつもりじゃなかった。
人気のない路地裏に逃げこむけど、そこから数歩もいかないうちに捕まった。手首を掴む力は、それほど強くない。でも、おれはすぐに諦めた。
「ルイ、こっち向いてよ」
意地でも下を向いていたら顎を掴まれた。顔を覗き込んでくるから観念して目を閉じる。
「さっきの、何?」
優しく問われて言葉に詰まる。
分かってるくせに。わざわざ聞いてくるなよ。
「何って、なに?」
「もしかして嫉妬? そうだとしたら、すごく嬉しいんだけど」
それ以外の何があるんだよ。そう思ったけど唇を引き結んで黙ってた。
ムカつく。おればっかりが割を食ってるような気分になってくる。
せめてもの抵抗に話題を逸らした。
「……仕事、戻んなくていーの?」
「優秀な部下が全部やってくれるから、少しくらい抜けても大丈夫」
「ふーん……やけに距離近かったじゃん。部下じゃなくて恋人みたいだったね」
「俺が好きなのはルイだけだよ」
そういうこと、サラッと言うなよ。
勇気を振り絞って、会いたくてたまらなかった男を見上げる。
話したいことがあるんだ、とシモンは言った。
「今夜、会いに行ってもいい? ルイに言わないといけないことがある」
付き合ってた頃の恨みつらみとか言われんのかな。それとも一方的にキレたことに対する苦情? 改めて別れ話をされるのかもしれない。
甘んじて受け入れるつもりだけど、やっぱり怖い。いいよって返事をするまでには相当な覚悟が必要だった。
おれが頷くと、シモンはホッとしたように「ありがとう」って言って微笑む。
夜が来なければいいのにと思ったのは、初めての経験だった。
深夜になってもシモンが来る気配はなかった。
忙しそうにしてたもんなぁ。今日はもう来られないのかもしれない。ベッドの仰向けになって天井を眺めながら、あいつの言いそうなことを想像した。
シモンって語彙力が終わってんだよな。かわいい、大好き、愛してるの三つしか言葉を知らないのかってくらい。耳にタコができそうなくらい聞いた。
それももう、言ってもらえなくなるんだろう。
流れる涙を枕に擦る。ネガティブな想像で頭がいっぱいになる。そのせいで、部屋の中にシモンが現れたことに気が付かなかった。
「何で泣いてるの?」
突然問いかけられてビクッと肩が震える。涙で潤んだ視界にシモンが映る。大股で近付いてきた男は、躊躇いもなくおれの腕を掴んだ。
「誰かに嫌なことでも言われた?」
「おまえ、どっから来た? ついさっきまでいなかったよな」
「透明化の魔法を使った。そんなことより、何で泣いてるのか教えて」
怒り心頭の男を、おずおずと指差す。
おまえ以外の誰に泣かされると思うんだよ。言っとくけど、おまえくらいだからな。ここまでおれを振り回すのは。
しばらく気が付かなかったみたいだけど、原因が自分ってことに思い至ったんだろう。穴が開いた風船みたいにしおしおと萎んでいった。
「言い訳させて。というか、そのために来た」
今にも死にそうな声で訴えてくるから、首を傾げる。本気で心当たりがない。
言い訳ってなに? 今からおれのこと叱るつもりなんじゃないの?
身体を起して、まるで懺悔でもするように床に膝をつけたシモンを見つめた。
「今まで会いに来れなくて悪かった。ルイと面と向かって話す勇気が出なくて、ずるずると引き伸ばしてた。でもそんなふうに泣かせるくらいなら、怖くても会いに来るべきだった。本当にごめん」
こわいって何が? こいつ何言ってんの?
言ってる意味が分からなくてポカンとする。
何を怖がる必要がある? この間、おれが怒ったから、まだ怒ってると思ったのかな。でもそれだけでシモンが尻込みする理由にはならない。
だって、こいつはいつでも自信満々で、おれのことなら何でも理解してる。今更おれがシモンを嫌いになるわけもない。離れられるわけもないって分かってるはずなのに。
そこまで考えて、やっとその前提が間違ってることに気付いた。
「……おれ、どんだけムカついてても、シモンのことは嫌いにはならないよ」
シモンが驚いたような反応をするから、ようやく腑に落ちる。言葉が足りないってことは分かってたはずなのにね。おれは相変わらず、こいつなら察してくれるって思い込むクセが抜けていないらしい。
そうと分かったところで何を言えばいいんだろう。思ってることはたくさんある。でも、こいつがおれの何を分かってて、何を理解してないのかが分からない。だから、全部言うことにした。
「おれは、頼り過ぎてたんだと思う。シモンなら、おれのことを全部理解してくれてると思ってた。でも違う。伝えないと分からないことも、おまえに甘えて寄りかかってた。で、ちょっとでも望み通りにいかないと癇癪を起こしてたガキだった」
「ルイ、俺は」
「シモンはそれでいいって思ってるんだろ。でも、この先もおれたちが一緒にいるためには、おれがもっと思ってることを言わなくちゃいけないし、シモンにばかり責任を押しつけるのは良くない」
「ルイの意図とズレたことをしてしまうのは俺が悪いんだ。俺のせいで合ってる」
「合ってねーよ。おれはそれをやめたいって言ってんの。どっちが悪いとかじゃなくて、ちゃんと話し合って決めたい。これからは自分が考えてることをサボらずに伝えるから、シモンにはそれを受け止めてほしい」
俺は、と言いかけて、動きを止めた男を見つめる。
いいよ。いつまでも待つから、おまえのことも知りたい。
「ルイの意見を汲み取れなかったのが良くなかったんだと思った。だから色々と想像して、その結果突っ走って、ルイがどう感じるかに考えが及ばなかった」
「じゃあそれを変えていこ。シモンはおれから離れて生きるの、想像できる?」
「……できない。絶対に嫌だ」
「おれも」
笑いかけると、シモンは泣き笑いみたいに表情を歪めた。両手を広げてやると抱きついてくる。
ぎゅーって抱きしめられて、息苦しいけど嬉しい。
「ルイに愛想を尽かされたと思って不安だった。これからは勝手に決めない。ちゃんとルイに聞く。想像で埋めないで、聞くようにする」
「忘却魔法を使ってきたときは本気で別れようと思ったけどね」
「もう二度と使わない」
シモンが胸の辺りで喋るからくすぐったい。その息遣いを感じて、全身の力が抜けていくのを感じた。
後ろに倒れると、シモンは腕の力を更に強くした。
「あ。そういや、おれの寝てるときに部屋に入ってきたこともあるだろ。あれもやめろよな」
さっきの透明化の魔法で確信した。夢だと思ってたけど、あれ現実だ。何度か不法侵入してることには目をつぶってやるから、無言で入ってくるのやめろ。おれがオナニーしてる最中だったらどうすんだよ。気まずいだろうが。
シモンが目を逸らす。こいつ、おれが思ってる以上に何度も透明化を使って来てそうだな。
「何回、おれのオナニーを覗き見したんですかね。このヘンタイが」
「オナニーなんて最初の一回くらいで、うまくイけなかった後からはしてないくせに」
「毎日来てんじゃねーか」
自分だけこっちの様子を把握してるのはズルいだろ。わざとらしく頬を膨らませると、シモンは「ルイの顔が見れない日が一日でもあるなんて堪えられない」と甘えたことを言った。
おれねぇ、こういう不意打ちに弱いの。
シモンは臆病さを目の奥に宿したまま、真っ直ぐにおれを見つめていた。
「シモンって、ホントおれの顔好きだよなぁ。……もっと近くで見たい?」
「見たい」
ベッドに手をついて這い上がってくる。間近で見つめ合う。気恥ずかしくなって俯くと、額に口付けられた。
「ルイ。好きだよ」
これまで何度も聞かされてきたことのはずなのに、今までで一番キュンキュンした。本気で恥ずかしくて腕で顔を隠す。好きって言われただけで心臓がビックリするほど大きく跳ねてる。
シモンが指先に噛みついてくる。外してってことなんだろう。でも今、ダメかも。過去一シモンにときめいてるから目が合ったら、どうにかなっちゃいそう。
身体を捻って俯せになる。当然のように上に乗ってきた男は、おれの髪に鼻先を埋める。
息を吸い込んで、「ルイの匂いだ」って呟いてる。他の誰かにされたら気持ち悪いって一蹴してただろうけど、シモンにされると全部が好き。
狙いを定めるように首筋を親指で擦られる。今からここに痕をつけるっていう無言の意思表示だった。シモンの唇が触れる。軽く挟んでから吸いついてきた。
ちゅう、という可愛らしい音の割に、その行為はひどく劣情を煽った。
顔を傾けてシモンを見上げる。視線だけで、もっとしてほしいって訴えた。
いくつも赤い痕をつけてから、その上を舌で舐られる。それだけのことなのに内腿に力が入ってしまう。上から押さえつけられながら噛みつかれて、おまけにケツの間にシモンの硬くなった性器を押しつけられる。
はやく脱ぎたい。繋がりたくて我慢できない。それなのにシモンは身体を離した。
「何してんの? はやく仲直りエッチしようよ」
「いや、今日はそんなつもりで来てなかったから……」
「モゴモゴすんな。ちゃんと言えよ」
「……体目当てだと思われたくない」
今更そんなこと思うわけねぇだろ。
悪戯心が出てきて、にっこりと笑いかける。反対にシモンの表情は引き攣った。付き合いが長いと察するのが早いねぇ。
「いいじゃん。身体だけの関係。エロくて最高」
「ルイって平気でそういうことを言うよね。冗談でもやめてほしい」
「エッチしたくないの?」
「したい」
「だろー? おまえがエロいの大好きってことは知ってんだよ。身体だけが嫌なら、もっかいおれと付き合ってよ。そんで、いっぱいイチャラブ恋人セックスしよ」
「俺はルイと別れたつもりないけどね」
「バーカ。嘘つけよ」
くすくすと笑っていると耳を噛まれた。おればっかりが恥ずかしいのかと思ってたけど、シモンも顔が赤い。なんか、アレだ。初めてセックスしたときも、こんなかんじだった。
背筋を這い上がる熱が心地良い。裾から入り込んだシモンの大きな手が、脇腹を撫でる。反対の手で服を脱がされる。下着に指がかかったときに戯れに抵抗する。
「ルイ、やだ?」
眉を下げて、悲しそうな表情をしている。その反応が嬉しくて仕方がない。シモンには悪いけど、腹の底から笑った。
こいつ、おれのこと本当に好きなんだ。心からおれを求めてる。
安心したら、笑いが止まらなくなる。肩を震わせるおれを、シモンはじっと観察していた。
「もしかして今、意地悪されてる?」
「うん。シモンが落ち込んでるのがウケる」
シモンはムッとしながら、少し乱暴に下着を脱がせた。
今度は逆らわなかった。
頬にシモンの唇が押しつけられる。顔を傾けて、口に誘導した。なおも笑い続けるおれに呆れながら、シモンも笑っていた。
次第に深くなっていく口付けに夢中になる。シモンの舌に吸いついて、首に腕を回して引き寄せる。襟足を撫でると、シモンはくすぐったそうにしながら、おれの手を掴んだ。
両手首をシーツに押しつけられる。
この、今すぐにでもブチ込みてぇってツラで見下ろされるの大好き。身動き取れないようにされてんのも最高。
それでもシモンは丁寧におれの身体を暴いていった。全身、触れられてないところはないくらい隅々まで愛を刻まれる。
挿入のときに、もう一度、シモンは「いい?」と確かめてきた。
ダメなんて言うわけないだろ。おれから誘ってんのに。
やりやすいように踵をシモンの肩にかけた。がっつかないようにしてるのか、奥歯を噛みしめて耐えているようだった。喉仏が上下する。
「はやくシモンのでいっぱいにして」
焦らされるのも好きだけど今は早く抱かれたい。怒張を入り口に押しつけられて自然と腰が上がる。久々だったからキツかった。でも、ディルドを挿入したときとは比べものにならないくらい気持ち良い。
馴染むまでシモンは動くつもりがないみたいだった。その合間もずっとキスをした。わざと下っ腹に力を入れて締めつける。それだけでイキそう。もっと気持ち良くなりたくて自分で動いた。腕の中に閉じ込められているせいでうまくできない。その上、シモンが意地悪く「ヘタクソ」って言ってくる。
「おれが本気出したら、こんなもんじゃないからね。足腰立たないくらいイかせまくるから」
「じゃあ、やってみて」
腕を引っ張られて体勢が逆転する。騎乗位になったせいで深いところまでシモンの性器が埋められる。
「ぁ、やば、奥きてる……っ」
「ほら。イかせまくるんだろ。動いて」
何かのスイッチが入ったらしい。こいつって、こういうところあるんだよ。
おれにやれって言うくせに、シモンは下から突き上げてきた。繋いでた手に力が入る。
「ずぽずぽしちゃヤダぁっ」
「足閉じないで。入ってるところ見せて」
「できないっ」
嫌だって言ったのに力づくで広げられる。奥まで入ったまま、また押し倒される。のしかかられて重い。でもシモンの熱が感じられて嬉しい。
自分の意志とは関係なく中がうねる。先に達したのはシモンの方だった。
おれの中で性器がビクビクしてる。
「先にイッちゃったのぉ?」
にんまり笑って煽ると、恋人は小さく頷いた。
かっわいい。もっとシたい。
頬をすりすりと擦りつける。汗の匂いがする。すっげぇ興奮する。
「愛してる。一生、おれのそばにいてね」
口が滑った。幸せな気持ちで浮き上がったせいで、心の奥に隠していた本心が漏れてしまう。
まるでプロポーズだった。だって、我慢できなかったんだもん。
シモンは驚いたように目を見開いたあと、おれをぎゅううっと強く抱き寄せる。同じ気持ちなんだって、すぐに分かった。
そのあと、シモンからどんな答えが返ってきたかなんて、言うまでもないことだった。
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