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4話 あの日カラオケボックスにて

「ねえ、オタクくんはさ……高校のときのこと覚えてる? 最後の日のこと」  正月休みに数年ぶりに再会したあの日。カラオケの個室でぴったりと隣に寄り添ってきた鹿内が囁くように言った。ただの同級生との思い出を懐かしむには、声の湿度が高い気がして。卒業式の日だっけ、とぼけることは許されない気がした。 「……うん。覚えてる……もちろん」  まさか彼からあの日の話題を出されるなんて思いもしないから、驚きと動揺が混じった声が出てしまう。なにを言われるのか不安になり、僕は俯いた。鹿内のことだから、実はめちゃくちゃ気持ち悪かったんだよね、とは言わないだろうけど、それでも少し怖い。 「正直、キスならいいかなって思ってたんだよね」 「……は?」  予想外の言葉に、思わず顔を上げて鹿内を見る。にこりと笑って彼はまた口を開いた。 「最後だし、キスしてって言われたらしてあげようかなって。でも、すっごいピュアなこと言われて、逆にびっくりした」 「……ピュアで悪かったな」  正直、今にして思えば鹿内の提案ってめちゃくちゃ上から目線だったなと気づく。モテるやつの余裕というか。あのときはそんなことを考えつかないくらいパニクってたし、今同じ提案をされても乗ってしまうだろうけど。 「ううん。むしろ逆。そんなピュアなオタクくんだから……忘れられなかったんだよね」  鹿内の言ったことの意味が理解できず、僕は言葉を失った。目を見開いて彼を呆然と見つめる。 「俺、卒業してから大学でも彼女作ったりしたんだけど……気づいたらオタクくんが手を繋いでって言ったときのこと無意識に思い出しててさ。別の人のこと考えてるでしょって彼女にすぐ振られて……そのとき初めて、オタクくんのことばっかり考えてるって気づいたんだ」 「……あんなピュアなやつはいないって?」  茶化すようなことを言わないと耐えられないくらい、心臓がバクバクしている。鹿内の言葉は、僕が脳内で都合のいいように変換されたものではないか。 「……オタクくん」  隣に寄り添った鹿内が、僕の手を上から握る。思わず手を引こうとしたけど、振り払えない力だ。 「俺、気づくのが遅くなったんだけど……オタクくんこと、好きだったんだ。高校のときも」 「はっ……、なんで」  思わず口をついて出た言葉。その次は、どう繋げればいいかわからない。なんで今言うのかなのか、なんで好きになったのかなのか。 「オタクくんが俺のこと好きなのは気づいてて、でも嫌じゃなくて。あの日もキスくらいならしてもいいって思ってたけど……ほんとはキスしたいのは俺の方だったんだ」 「まさか……そんな、冗談でも言うなよ」  胸が苦しい。思わず唇を噛むと鹿内が僕の頬を手のひらで包み、唇に親指を添える。噛んじゃ駄目だというように。 「冗談でも嘘でもないよ。あのときは気づいてなかったけど、きみのピュアさに驚いただけじゃなくて……寂しかったんだ。オタクくんは手を繋ぐだけで満足できるんだって」  僕を見つめる鹿内の目が潤んでいる。すごく綺麗で吸い込まれそうだ。 「オタクくん。今さら遅いかもしれないけど……好きだよ。好き。俺と付き合って?」  あっさりと想いを告げる鹿内に、少しだけ悔しさを覚える。僕が3年間言えなかった言葉をこんなにも簡単に言えるなんて、やっぱりモテる男だからか。  悪態をつきたくても彼の指がふにふにと僕の唇を揉むからなにも言えない。なんとなくムカついて、薄く口を開けて鹿内の親指を舐めてやった。しょっぱい気がするのは、汗のせいだろう。  どうだ、としたり顔をすると、頬と唇から離れた手で後頭部を掴まれてぐいっと彼の方に引き寄せられた。 「んゅっ……!?」  鹿内の顔がどアップで、唇に柔らかいものが触れていて。キスされていると気づいたのは、数秒後。唇が離されたのは、息が苦しくなって握られていない手で彼の肩を叩いたあと。 「鹿内……っ」 「オタクくん。煽るってことは、俺のことまだ好きってことだよね?」 「いや、煽ったわけじゃないけど……」  余裕そうな笑みを浮かべる鹿内が憎たらしい。だけどそんな彼の顔もかっこよくて、心の奥底に無理矢理押し込んでいた想いが顔を出してくる。想いはどんどん再燃していき、僕はため息をついた。 「……好き。今も、好きだ、鹿内」  ぽつりと呟くように言うと、ぎゅっと抱きしめられた。すごくいい匂いがする。頬ずりをしてきた鹿内の頬も熱くて、ふと記憶が蘇ってくる。  最後の日直の日、僕の手は汗をかくほど熱くなっていたけど、鹿内の手も――熱かった。僕の手の甲に触れた彼の指も、汗ばんでいたことを思い出す。まだ切っていなかった暖房のせいかと思っていたけど、もしかしたら……。

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