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3話 高校時代の思い出
高校のころ、僕は鹿内のことが好きだった。友達じゃなく、恋愛対象として。好きになったのは、ほんの些細なきっかけ。
鹿内とは高校3年間ずっと同じクラスだった。最初の印象は、隣の席の派手な見た目のやつ。属しているグループも違うから最低限しか関わらないだろうし、変に目をつけられないようにしよう――入学当初はそんなことを思っていた。
次の印象は、面白くてコミュ力が高いやつ。授業でのペアワークやグループワークでは僕やほかの人が話しやすいように話題作りをしてくれたり、意見を聞いてくれたり。日直当番の日はその日あった面白い話を聞かせてくれたりもした。性別問わず鹿内は人気になり、僕も彼のことを好きになっていったけど、その時点ではまだ人として好きってくらいだったと思う。
だけど、気づかないうちに僕の中に鹿内への想いは募っていっていた。それが溢れたのは、ある日の日直当番のとき。しばらく雨が続き、その日も朝からずっと雨で、僕はなんとなく気分が晴れずにいた。日誌も書き終え担任に提出に行こうかと思っていると、鹿内が僕を呼んだ。
「オタクくん、外見て」
なんだと思いながら言われたとおり窓に近づき、外を見る。気づけば雨が上がっていた。ほらあそこ、と鹿内が指さした方を見ると、空には綺麗にかかった虹。
「すごいな……」
小さく呟く。もっと気の利いたことを言えればいいのだが、そんな感想しか出てこなかった。
「すっごい綺麗だよね」
鹿内の顔を見ると、キラキラした瞳で虹を眺めていた。その顔が綺麗なのに可愛く見えて、ぶわっと胸が熱くなる。
(ああ、好きだな……)
自然に、そんな言葉が心に浮かんだ。その日から、僕は鹿内のことが恋愛的な意味で好きになった。
だけど当時の僕は告白なんてもちろんできない。彼女が出来たり別れたりしていた鹿内は異性愛者だろうし、自分が初めて好きになったのが男だという事実を僕はなかなか受け入れられずにいた。一時の気の迷いだと、憧れと恋愛を混同しているんだと何度も葛藤して。高3になるころようやく自分の気持ちを受け入れたが、ずっと彼を好きだった自分に笑ってしまったのを覚えている。
人の気持ちに敏い鹿内は僕の想いに気づいていたと思う。軽蔑はしなかったようで、けれどそのことに触れてこなかった。自分の気持ちが許されているような気がして、ますます彼に惹かれていったのだ。告白はできないまま卒業して、いつか懐かしむ日が来るだろうと、少しだけ痛む心を抱えながら卒業までの日々を過ごした。
卒業まであと少し、というころ。僕と鹿内の最後の日直当番の日。あとは日誌を書くだけ、という段階で、鹿内は僕に話しかけてきた。
「ねえオタクくん。もうすぐ卒業しちゃうね」
「そうだな。あっという間だった気がする……」
受験も終わり、鹿内と会うのもあとは卒業式の日くらいだろう。なにも言えないまま卒業して失恋するのは寂しいけれど、すごく楽しい3年間だった。
「オタクくん。もうすぐ卒業だし……お祝いとして、なにか欲しいものはない?」
「はは、なんだそれ。親戚かよ」
鹿内はずっと優しくて、いいやつだ。最後まで僕を気にかけてくれる。笑って返すと、なんとなく視線を感じた。隣を向くと、見惚れるくらい綺麗な顔で彼は僕を見ている。
「……オタクくん。なんでもいいよ。してほしいこと……言って?」
その言葉に、僕はゴクリと生唾を飲んだ。彼の言っている意味がわかり、耳まで熱くなるのを感じる。
これはきっと鹿内の最後の優しさだ。僕を軽蔑もからかいもしなかったけど、気持ちを受け入れてはくれないであろう彼の最後の気遣い。
僕は震える声で、呟いた。
「……手、繋いでほしい。日誌書き終わるまで」
キスしてほしいとお願いするとか好きだと伝えるとかは、とてもできなかった。情けないけど、鹿内の中で嫌な思い出にはしてほしくなかったから。
「うん……わかった」
少し目を見開いたあとすぐに眉を下げて笑った鹿内は、僕の手をぎゅっと握ってくれた。指を絡めて、恋人繋ぎ。緊張で手汗が酷かったであろう僕の手を、まったく気にすることなく繋いでくれて、僕は泣きそうになった。
それから僕が日誌を書き終えるまで、鹿内と僕の手は繋がれたまま。書き終えた文字が震えていて、思わず笑ってしまった。
次に鹿内と会ったのは卒業式。あの日のことなんてなかったかのように、これまでと同じように話しかけてきて、彼のスマホで一緒に写真を撮った。あとで送るねと言っていたが、彼とは連絡先を交換していなかったため当然ながら送られてきていない。
成人式のときもちらりと見かけたが、人に囲まれていた鹿内に話しかけることはもちろんできず。中学は別だったから、成人式の座る場所も式のあとの集まりも別々で。それからあの日コンビニで再会するまで、彼と会うことはなかった。
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