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第1話 Bで始まりLで終わる世界

前世の記憶というものを保持している。 それは今世で無双できるとか、危機回避できるとか、そんなギフトではなく。 どちらかといえば、そんなものは無かった方が良かったとさえ思う。 ───重たい皮袋を担いで山を下りる。全身を覆うローブから唯一露出した少し吊り目がちで光を灯さない真っ黒な瞳と陰気さ全開な目の下のクマ、その左目には大きな大きな傷痕が刻まれている。 縦に真っ直ぐ、布に覆われて見えない口まで切り裂いた傷痕。 見慣れても痛々しいソレは、醜男の象徴としても機能している。見るからに怪しい風貌の俺に近寄る者はどこにも居ない。 そんな怪しい男が昼間から街を歩いているが、まぁそれこそ見慣れてしまえば「今日も歩いてるな」と遠巻きに眺める程度である。 迫害されていないだけ良かった。正直、カツアゲとかされようものなら簡単にボコられるし肝心のお金はたっぷり持っている。 軽く息切れしながらも白い木造の建物の前に立ち、シンプルなドアノブに手を掛けた。カランカランと音を立てて扉が開く。 「頼もーう。今日も納品しに来たぞー」 「やっと来たか!媚薬は何本ある?全部売ってくれ!」 「相変わらずお盛んで…」 醜男で遠巻きにされていても、街の薬屋で俺の存在は重宝されている。 そっと皮袋をテーブルに置いて、何本持ってきたかなとピンクの小瓶を出して並べていく。 「あと潤滑液も足りてない。もう少し納品数増やせないか?」 「潤滑液は作るのに時間がかかるんすよ…安全性を考えると品質は落とせないし、こればっかりは」 「お前さんとこの潤滑液が一番良いって評判だからなぁ…」 「あ、試作品だけど凄いのあるよ。行為の半時前に飲む必要があるけど、興奮して穴が軟らかくなるから潤滑液の量が抑えられる…」 どストレートに説明するのも慣れたもんだ。恥も何もない。 紫色の小瓶を置いて、効果の説明を続けた。 「効果が確かなら売れそうだな…娼館で試用させるか」 「量に気をつけないといけないから、これ説明書ね。」 良薬も過ぎれば毒になる。…良薬でもないか。 どれもこれも、夜の性活を盛り上げる為の物だ。なんなら無くてもいいが、まぁ、お盛んな世界なんで。 「あと潤滑液ね…えぇと、いち、に、さん…」 皮袋から水色の小瓶を出している間に店主が「空瓶取ってくる」と店の奥に引っ込んだ。 足りないと言われているくらいだ、こりゃ帰りの荷物も多いぞとげんなりしながら瓶を並べていく。 数を忘れないようブツブツと呟きながら瓶を掴むと、カラン、と店の扉に設置された鐘が動いた。 「────失礼する。薬を買いに来た。」 「……じゅうご、よし。」 潤滑液の本数を増やす必要がある、か…他の薬よりも作るの大変なんだよなアレ… もうちょい価格を上げないと労力に見合わないなと考えていると、いつの間にか隣に人の気配がして振り向けば胸しか見えなかった。背が高いなおい。 「すまない…ここにしか無いと聞く薬を買いに来たんだが」 「あー…俺はこの店の従業員じゃないんで。店長ー!客来て…むぐ」 仕方ねぇなと店の奥に引っ込んでいる店長を呼ぼうとしたら口を塞がれた。手まででけぇなおい。 「あまり騒がないでくれ…目立ちたくないんだ」 「……」 この店にしかない薬を買いに来たって時点で、俺の作った瓶に用があるってことだ。まぁ目立ちたくない気持ちはわかるよ。 俺が冷めた目で見ている事に気付いてか、口を覆う手が外された。少しズレてしまった口元の布を整える。 「…お前は」 「お偉いさんのお使いか。大変なことで」 「…」 「いらっしゃい、すまんな、瓶を詰めてたら時間かかっちまった。」 「店長、代金はいつも通りで」 「おう、これ空瓶な。納品書は」 「これ。次は水色増やすけど…作るの大変だからこれ以上は値上げするよ」 ガチャガチャと音を立てる皮袋を受け取って、その重さにげんなりした。 そろそろ台車なり用意すべきか…でも台車を運ぶにも山道の整備をしないといけなくなる。面倒だ。 「薬師か」 「……個人購入は受け付けてないよ。買う時は店長通して。それじゃ店長、また来るよ」 「おう。ありがとさん」 多少軽くはなったが、重い皮袋を担いでカランと店を出た。 軽く買い物して帰ろうかと思ってたのに、これでは無理そうだ。 「……男しか居ねぇのに、お盛んな世界だな」 街を見渡せば男しか居ない。そもそもこの世界に女が存在しないのだ。 俺は男も女も存在した世界で生きた前世の記憶がある。性的趣向も女が対象だ。 「帰ろ…」 ガチャガチャと鳴る瓶に、今更なんの感情も抱かない。 俺は山の奥でひっそりと、息を殺して一人で生きると決めたんだ。 これがゲームか、物語の中なのか、俺には何も分からない世界だけど 男と男が繋がる世界で、俺は今日もエッチな薬を作って世界に貢献して生きている。 ただの一般薬師、どこにでも存在する、何も特別じゃない一般人…モブの一人だ。

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