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第2話 山の奥に住む薬師
薬草を育てるのも、薬を調合するのも、人里離れた山奥が適している。
「くっっっっせぇ!」
魔女の大釜かっての!たっぷたぷに大釜を満たす液体から放たれる花の香り。少量なら良い香りでもこうも大量に香ると悪臭だ。
これだから潤滑液作りは嫌なんだ。
「絶対に値上げしよ…嫌なら別の所で買いやがれってんだ」
部屋を充満する花の香りに耐えかねて、一旦退避しようと家の外に繋がる扉を開いたら山の中に相応しくない鈴の音が聴こえてきた。
「───…」
開いた扉を静かに締めて、近くに掛けていたローブを掴む。全身を覆い隠し、部屋の隅へと移動して丸まった。
(大丈夫だ。人間の数倍嗅覚が鋭いからこの匂いに耐えられない。家の中には侵入出来ない。)
そう、思っても身体は氷のように冷たく、固まってしまう。
ドクドクとうるさい心臓と、外を吹く風の音。息を潜めて外から聴こえる音に集中していると、ザッ、ザッと足音のようなものが聴こえてきた。
「……」
「───こちら、薬師殿の住処で間違いないか」
外から届いたのは、低い、人間の男の声。
「………来訪者かよ。鈴鳴らすなよな…」
どっと全身から汗が吹き出た。力が抜けて立ちたくないが、ドンドンと扉を叩かれている。わざわざ山奥に来る程の用があるのだろう。
…でも気分的には無視でいいし居留守使うか。ビビり損で腹立つし。
(留守でーす。お帰りくださーい。)
しっかしローブ越しでも臭い。無臭の潤滑液じゃ駄目なのか。…駄目だったな、ちっとも売れなかったのを思い出して尚のこと気分が悪い。
早く帰れよと念じながら動かずじっとしていると、ようやく扉を叩く音も止まった。
「………帰っ」
「さっき鈴鳴らすなって言ったの、聞こえているからな」
「ヒッ!」
聞こえてたのかよ!地獄耳じゃねーか!
居留守使ってるのバレバレだったとは更に損した。ジッとしてた時間返せ。薬師は忙しいんだ。
仕方ねぇなとローブを整えて、マスクを装着した。いつもの目元だけ露出したスタイルじゃなきゃ人前に出れないんだよ俺は。
「………どちらさま」
まぁ簡単に扉を開くとも言わないけど。だって防犯意識は大事だし。
俺みたいなガリが力づくでどうにかされそうになったら…まぁそこそこ手段はあるけど、力では敵わないだろ。
「昨日、薬屋で会った者だ」
「店長?…じゃないな、誰か会ったっけ」
「……お前の口を塞いだが」
そんな事もあったか。まぁどうでもいい、顔は見た覚えないし。
「それで、なんの用ですか」
「薬を頼みたい」
「薬屋を通して下さい。直接交渉はお断りしています。お気を付けてー」
思い出した。個人購入は受け付けてないって昨日言ったじゃん。わざわざここまで来て何してんだか。
ローブは脱いで、壁に掛けた。マスクはまぁ…あんまり意味は無いけど着けておこう。臭いのが少しでも軽減する気がする。
「とっとと瓶詰めするか……頭痛くなってきた」
「…大丈夫か?」
「まだ居たんかい。お帰りください。」
おお嫌だ嫌だ。どの世界でも権力を握ってる奴はなんでも思い通りに出来ると思ってやがる。
お前らが無理を通そうとするなら俺はこの街に薬卸すのやめて夜逃げしてやるからな。俺の高性能なお薬を永遠に手に入れられなくしたっていいんだからな。
(幸いにも、ぼちぼち逃走資金は貯まったはずだ。薬屋の店長がピンハネしまくってなければ)
そろそろ潮時かねぇと段取りつけながら消毒液で満たされた容器に小瓶をひとつずつ浸けていく。人の体内に入れる薬だからな、清潔にせねば。
「…俺の主人がどうしてもと薬師殿の薬を求めているんだ」
「薬屋で買って下さいねー」
「………薬屋では売っていない薬が欲しい」
「はぁ?」
特注品の要望だと?俺が卸している薬で満足出来ないと?
「とんでもねぇ中毒者じゃん。医者に罹った方がいいって主人に言った方がいいですよ」
「は?お前、そんな危険な物を売っているのか…」
「用法用量を守れば危険じゃねーよ。薬師なめんな」
守らない奴に問題があるだろ。もっと小分けして大量摂取出来ないよう工夫しろってか?荷物が今以上に重くなるだろうが!
「…すまん。とにかく一度開けてくれないか」
「………ほんと執拗いですね。何かしたら報復しますから」
「何もしない。話がしたいだけだ」
あーーーーーー、めんどくさ。
なんなんだよって再びローブを羽織って、男が待っている扉を開いた。俺の視界には男の胸が見える。やはり身長が高いな。
「なんですか…」
「くっっっっっっっさ!!」
「……………帰れ。」
勢いよく扉を閉めて施錠した。
その後は何度ノックされても俺は一切応じず、日が傾いた頃に男は帰って行った。
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