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第41話 これは誰の夢
───やっと声が届いた。
背中が温かくて、気付けばいつも背もたれになってるなって燃える部屋の中なのに口元が緩んで仕方ない。
そんな嬉しい気持ちを誤魔化すように、俺は口を尖らせて背後に立つ執着男に憎まれ口をついた。
「なんで来れてるんだよ…夢の中だぞ」
「助けを求めただろう。…駆け付けるのが遅くなった。駆け付ける方法を知るのに手間取ってしまったが、ルリが言ったんだ。月の悪夢ルートというものが存在すると」
月の悪夢ルート?開発中止の「囚われの黒猫は月の悪夢に沈む」を元にしたルートなのだろうかと考えていると、首輪が外されて握りしめていた鈴も手放したらそのまま消滅した。
「なんなんだお前……どうして僕の世界に、僕と蟲ー闃アのエンディングに!」
「なんだ…?この男は何を言っているんだ?ノア」
「…リオネル、俺の姿、違う見た目になってるの気付かない?」
後ろを振り返って俺より上にある顔と目線を合わせた。リオネルは普段通りなのは当然として…俺の視界はやはり両目とも良好に見えている。
恐らく、ストーカー男が呼んでいるのは俺の前世の名前だ。だけどこの世界の強制力なのか、男の発音は聞き取れない。
「…ノアによく似ているが少し違う。それに傷が、無くなった」
「元々の俺がデザインだからまぁ一緒か。俺、ルリとは別の物語の主人公で…コイツに殺されて、この世界に来たようなんだ」
あ…リオネルが怖い顔になってしまった。
でもどうしてだろう。リオネルが来てくれたからか、首輪が消えたからか、さっきまでの恐怖心が薄れて冷静に周りが見える。
「───それで、ノアはどうして首輪を嵌められていたんだ」
「…俺は黒猫、だから?」
「……は?」
冷静になったところでストーカー男の考える事なんて分かるわけがない。
燃える部屋に発狂して、俺に密着しているリオネルに怒り散らして忙しい男が次にとった行動は俺に迫る事だった。
「来い!!蟲ー闃ア!!讙ウ讎泌ュ仙ウー闃アは僕の、僕の…!」
「ノア、ローブを」
ローブ?と思ったらリオネルがいつの間に握っていたのか俺のローブが頭から被せられた。
傷はないけど、包まれているとやっぱり落ち着くなと思ったら「深く被っておけ」とローブごとリオネルの片手に抱き締められた。
リオネルの身体とローブで覆われた視界に、この先の結末を察して息を飲む。
「なんで…なんでなんでなんで!!なんで思い通りにならない!?僕の悪夢なのに!」
「……本当に、お前の夢か?」
「当然だろ!!この部屋は僕の部屋だ!讙ウ讎泌ュ仙ウー闃アの姿は、僕が望んだ姿!僕だけが愛する事を許される二人だけの世界に異物が入ったからおかしくなった!」
「…ノア。ノアはどんな物語の結末にしたいか、教えてくれ」
「え…」
「どこで、どう生きたいか」
主人公が交代したって知ってから、誰も断罪せずに済むようにとしか考えてなかった。
リオネルが本来の立ち位置を追われるのもまた、断罪だと思ったから意図的に距離を置いたんだ。
「どこって……怖かったけど、山の奥の小屋で薬作る日々も楽しかった」
燃えた部屋が消えて、ひとりで暮らしていた小屋の中に切り替わる。
「でも、リオネルが連れ出して…二人で過ごす屋敷も楽し、かった。俺、物語に殺されるのがとにかく怖くて逃げたけど…リオネルが好きになって、」
小屋が消えて、二人で過ごした部屋の中へ。そこも消えて、城の中にあるリオネルの部屋に。
「父様達は優しくて、いっぱい愛してくれてるから、再会出来て嬉しくて…でもリオネルとも一緒に居たくて」
タウンハウスの俺の部屋…学校の研究室、何処もかしこも好きだけど………全て消えて、ただリオネルと俺だけの空間になった。
密着していた身体を離して、優しく細められた青い目元に触れる。
「リオネルと一緒に居られるなら、どこだっていい。でもリオネルの邪魔はしたくない。
……物語なら…好きな人と、リオネルと末永く、幸せにすごしました。そんな終わり方がいい」
いつの間にか、叫んでいた男の声は聞こえなくなっていた。
「…月の悪夢は、俺の夢?」
「そう、ここはノアの悪夢だ。俺と寝なくなってからまた睡眠をとらなくなったな?目の下が真っ黒だ。」
「だって悪夢見るの嫌じゃん…」
ずっと前にも言ってたじゃん、あまり寝ないんだって。
左目を撫でられて、反射で細める。その視界は磨りガラスのようにぼやけて青色だけを捉えている。
俺の姿も、元に戻ったようだ。
「何故かリオネルと寝ている時は悪夢を見なかったんだけど……リオネルって何者?」
「叙任式で王太子になる事と、国で最も優秀な薬師を逃がさないよう婚約する事が決まったただの王子だな」
「なっ…」
王太子はめでたいけど、婚約!?
「伯爵からは許可を得ている。」
「父様達からも!?待っ、夢の中で言うなよ!!」
「そうだな。ならば目覚めようか」
突然舞い込む情報に混乱する俺に、リオネルは相変わらず愛おしげに俺の左目にキスを落とした。
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