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☆
700人近くいるこの学校で、何の取り柄もないぼくが目立つはずがない。
それなのに、先輩はぼくを知っているの?
どうして?
わけがわからないまま首をかしげていると、先輩は躊躇 いもなく、すぐ目の前までやって来た。
「ね、俺と付き合わない? というか、俺に抱かれてみない?」
――へ?
やっぱり言われた意味がわからなくて、口をぽかんと開けていると、益岡先輩の真っ直ぐな視線がぼくとぶつかった。
「あの、何を言っているのか、ぼく……付き合っている人が……」
時計の針が時間を刻み、カチコチと鳴る教室の中、先輩が言った意味がようやく理解できたぼくはそっと告げた。
喉をしぼって出た言葉は、蚊が鳴くような、ボソボソした小さな声だった。
ぼくには好きな人はいる。
だけど相手の名前を言えるわけなくて、口をつぐんでしまうと、代わりに益岡先輩が口をひらいた。
「知ってる。金色 奏くんでしょう?」
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