52 / 89

 700人近くいるこの学校で、何の取り柄もないぼくが目立つはずがない。  それなのに、先輩はぼくを知っているの?    どうして?  わけがわからないまま首をかしげていると、先輩は躊躇(ためら)いもなく、すぐ目の前までやって来た。 「ね、俺と付き合わない? というか、俺に抱かれてみない?」  ――へ?  やっぱり言われた意味がわからなくて、口をぽかんと開けていると、益岡先輩の真っ直ぐな視線がぼくとぶつかった。 「あの、何を言っているのか、ぼく……付き合っている人が……」  時計の針が時間を刻み、カチコチと鳴る教室の中、先輩が言った意味がようやく理解できたぼくはそっと告げた。  喉をしぼって出た言葉は、蚊が鳴くような、ボソボソした小さな声だった。  ぼくには好きな人はいる。  だけど相手の名前を言えるわけなくて、口をつぐんでしまうと、代わりに益岡先輩が口をひらいた。 「知ってる。金色 奏くんでしょう?」

ともだちにシェアしよう!