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第1話 プロローグ

『君の命は、俺が貰おうか』 とある満月の夜、“神様”はそう優しく微笑みました。 銀色の“お姫様”の、優しくて哀しいものがたりは そうして始まりを迎えたのです。 〖とあるお姫様が〗 親衛隊。 それは重い重い、仄暗い憧憬が宿るそんな場所。 禁忌の髪と瞳を持つ青年は、いつも穏やかに世界を見つめていた。 浸かれば、骨の髄から腐り落ちてゆくのを知りながら。 頂点に君臨するその瞳ははなににも揺るがない。 孤高の華と呼ばれた彼の名は、 "月白 深也" その瞳に写るのはたった一人だけ。 闇色の紅を持つ男。 深也はそっと胸元に手を当てる。 微かな拍動が服越しに伝わる。 俺は生きるよ。 あなたのために。 この命にかけて誓うから。 あなたの幸せを、 願うから。 ***************** side no ざわざわといつもより格段に騒がしい校内。 自然と眉が寄るのが自分でも分かる。 (嫌な…予感だ。) 煩いところはあまり好かない。 特に今日みたいな胸騒ぎがする日は。 「おい。深也?どうかしたか。」 ふと、後ろから聞きなれた低く柔らかな声がして振り向けば、そこにはくすんだ金茶の短髪を無造作にかき上げた長身の美丈夫が立っていた。 特に気取った風体もなく、ただのシンプルなグレーのスラックスに手を突っ込んで立っているだけなはずなのに、嫌味なほど絵になる男だ。 「フレッド…先生、」 「ははっ、無理矢理先生なんてつけなくてもいいのに。」 長い付き合いに見合った愛称を呟けば、親しげに目尻を緩める。 笑うときりっとした精悍な顔が和らいで滲むような甘い笑みに変わることを深也は知っている。 彼の正体はこの学校の英語教諭、アルフレッド・ベルマン。 アイルランド系の血を引くその瞳は深い海を連想させるような、そんな蒼色をしている。 初めて会ったその日からずっと、深也のお気に入りの “ 色 ” だ。 「今日、何かあるのか。いつもより騒がしい。」 「あぁ。今日は転入生がくるからな。」 「転、入生…?こんな時期に?」 今は5月、入学式からは1ヶ月も経っている。 異例だった。 「…あー…、なんだ、その、理事長の親戚らしいぜ。」 少しフレッドが言い澱む。 "理事長" それは深也にとって特別な言葉だった。 「…梟の、親戚…、」 徒野 梟 齢40という若さで学園の理事を勤め、赤に透けるような黒髪と甘い容を持つ男。 深也の "全て" 。 『深也』 記憶の中の彼はいつだって微笑んでいた。 脳裏にふと浮かぶのは肩越しにまだ夜も開けきらない冬の朝光。 夜の透明なブルーと朝の眩いオレンジが幾重にも重なって、目を眇めれば、忘れることを許さない“ あの ” 秋の夜が重なっていく。 梟が深也にとっての正義に、規律に、命そのものに、なった日。 彼は深也にとって何時だって正しい神様だ。 そしてそんな誰にでも平等なひとが許した異例の入学。 (きっと、俺がなれなかった…"特別") 深也の瞳がどこか遠くを写す。 そんな時、フレッドはいつもぞっとしてしまう。 知らない何かを見る深也は今にも消えてしまいそうだから。 ふわりとその身が霧散して、今にも透明になっいってしまいそうだから。 馬鹿げた考えだとわかっているのに、胸騒ぎは毎度止むことを知らない。 「……どんなひと?」 「いや、親戚としかきいてない。」 「…そう」 ひとつ、瞬きをして、深也がフレッドを見上げた。 銀の瞳は湖面のように凪いでいる。 それでもなおフレッドの心中は穏やかではいられない。 フレッドは深也が強かであることを知っていた。 しかし、それ以上に脆いことも、知っていた。 崩れ落ちる心を見て見ぬふりをして、闇雲に繋ぎ止めている、そんな感覚。 深也のその強さはきっとそのうち身を喰い潰し、心までも砕いてしまうだろう。 しかしフレッドはその確実に崩壊へと続く歩みをどうしても止めることができないのだ。 深也がいつもどこか遠くを見ていて、そして、それが最終的にどこに行き着くかも、よくよく理解していたから。 「…深也、無理はするなよ」 だから毎度毎度そう呟く。 そうするしかできなかった。 深也はその時決まって困ったように笑うのだ。 『心配症だな。』 その表情が苦しくて、フレッドはつい深也の髪をぐしゃぐしゃと乱暴にかき混ぜてしまった。 「?」 深也はわけも分からず撫でられるばかり。 フレッドの表情は少しも見えやしなかった。 ************** 「風見 駿介です!今日からよろしくっ」 季節外れの編入生がそう笑う。 深也はただ、あぁ眩しいな、と心の中で呟く。 心の奥に鍵をかけた想い出がコトリ、と音を立てた。 その音に気づかないふりをする。 開けてはいけないパンドラの箱。 「じゃあ風見君は月白君の隣ね。」 溺れかけてい思考が年配の男性教諭のまったりした声で、急に現実へと引き上げられた。 「よろしくっ!俺のことは駿って呼んでくれよ。お前はなに君?月白、何てーの?」 席についた途端に息もつかせぬままくるりとこちらを振り向き、わくわくとした様子で身を乗り出して話しかけてくる駿介。 太陽のような笑顔。 どこか懐かしくて、深也は小さく眼を細めた。 彼ならば梟の光になれるか、と。 梟を照らす明るい陽の光に。 (俺にはなれなかったから…) 「なっ!名前っ」 無言の深也にじれたのか、風見がぐいっと身を乗り出す。 「…俺は、「おい、駿。」」 深也の声に被さるハスキーな低音。 それは駿介の前の席、深也の斜め前から発せられていた。 目を引く燃えるような赤い髪と刈り上げに編み込み、首元には高圧的にトライバルタトゥーが覗く何とも派手なその容姿。 神部 弥生だ。 「そいつに関わんな。ろくなことねぇぞ。」 そういってギロリと深也を睨む。 侮蔑の眼差し。 深也は一方的に話しかけられているだけなはずなのに、恰も駿介が絡まれているような理不尽な言い草に、内心で小さく溜め息を吐くしかない。 「ンだよ、ヤヨっ!そんな言い方すんなって!」 「こいつは親衛隊とかいうクソ共の親玉だぞ。」 「えっ、親衛隊って、あの梟、じゃなくて理事長がいってたヤツ?」 "梟" その響きに深也の顔が少し強張る。 名を呼ばせるのは特別の証。 ショックだとか、嫉妬だとか、そんな感情はないはずなのに、深也は心臓がぎゅっと縮んだような感覚がした。 「そーだよ。だから関わんな。てめぇも。こいつに手ぇだしやがったら殺すぞ。」 ざわりと弥生の空気が殺気に溢れる。 深也はそんな弥生の様子を気にも止めず、ただじっと、2人を交互に見詰めた。 あぁ、愛されているのだな、と 腑に落ちたようにぽつりと思った。 愛される者。 愛されぬ者。 たった1文字違いのソレはいったいどれだけの差異があるのだろうか。 深也は一度悠然と瞬きをして、口を開いた。 「月白 深也。生徒会親衛隊総隊長と生徒会補佐を兼任をしている。」 「っ!おうっよろしく深也っ!」 「ッ、おいっ!」 弥生は咎めるように駿の机に身を乗り出すが、当の本人は何処吹く風。 「うっせぇなぁ!深也と友達になりゃいいことだろー!なぁ深也!」 深也はそれには返事をせず少し曖昧に微笑む。 駿介の言う “ トモダチ ” になれるかどうかは分からなかったからだ。 しかし、今この瞬間に、深也は心の奥底でひとつ決めたことがあった。 目の前で繰り広げられる攻防の中、弥生は不本意なのか風見に長いこと食い下がっていたものの、結局折れて逆恨みのごとく深也を再度睨むに留まる。 深也はその眼を一瞥だけした後、未だ弥生の尖った態度に苦言を呈す駿介を置き去りに、前を向いて無造作に頬杖をついた。 「本当ごめんなぁ、深也。ヤヨは悪いヤツじゃないんだぜ?ちょっと口が悪いだけでさ。」 無表情な深也をどう捉えたのか、風見は苦笑いしながら弥生を親指で指す。 「…俺はよろしくするつもりはねぇ。」 「おいっヤヨっ!」 ぶすりと不機嫌に零す弥生を駿介が窘めた。 (明日から神部の親衛隊が動くな。) 二人の会話になにも反応を返さない深也の視線の先には、歯軋りが聞こえそうなほど風見を睨む可愛い顔の生徒達。 (俺は、こいつを守らなければ。) そう、それが、たった今深也の中で作られたひとつのルール。 そして駿介に対してできる唯一の約束。 (きっと “ トモダチ ” にはなれないけれど。) 作ったことがないから、どうやってなるのかもわからないし、そう心の中で呟いて、深也はガラス細工みたいなその銀色の瞳を細めた。 (その代わり、この約束は守ると誓うよ。) 梟の特別なひと。 梟を照らす光となれるひと。 自分は闇に融けようとも構わなかった。 (だって、梟の大切なものは、俺の大切なものなんだから。) あなたを悲しませないためなら、 世界のぜんぶを敵に回したっていい。 深也の深く澱みにに沈んだ思考は、それを見つめる駿介のふたつの瞳には気がついていなかった。 ************** side*駿介 一目見たときからキレイだと思った。 銀の瞳と銀の髪。 肌は透けるほど白くて。 まるで神話にでてくる女神を彷彿とさせた。 ヤヨは危ないってうるさいけど、あんまり気にならない。 だって、深也が噂で聞いた親衛隊みたいに誰かを傷つけるなんて正直信じられなかったから。 俺たちの会話を聞いているのかいないのか、頬杖をついて前を向く深也の横顔は驚くほど整っている。 それと反比例するようにひどく憂いを帯びる瞳が気にかかった。 ずっと見てると引き込まれてそうなほど深い深い澱み。 (きっと、深也の笑った顔は) もっともっと綺麗なんだろうなぁ。 (今度、笑ってくんねぇかな) なんて、俺はぼんやり馬鹿なことを思った。

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