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第2話 ざわめく森
side*no
「しーんやー!食堂案内してくれよっ」
4限目を終えるチャイムが鳴り止まないうち、風見が深也を覗き込む。
その無邪気さに一瞬面食らって、深也はぱちぱちとまばたきをしてしまった。
「…いいけど。」
「おい、駿。俺に頼めばいいだろ?なんでこいつに言うんだよ。」
途端に今朝のことから引き続き、不機嫌さを隠そうともしない弥生の刺々しい声音が飛んできた。
そんなぶすくれたような表情に、深也は内心「もっともだ」と真顔になったが、駿介はどこまでも真っ直ぐな瞳で斜め上を行っていく。
「いいのっ!深也と飯食いたいのっ!ヤヨも一緒に食堂いけばいいじゃん!」
「っ、」
「なっ!ヤヨ!一緒に行こうぜ!」
そのキラキラと期待をはらませた瞳に神部はぐっと詰まってしまい、満面の笑みを添えたその念押しに折れたのはもちろん弥生の方。
そんなふたりのやり取りに深也はまた小さく溜め息を吐いた。
実際、厄介事の匂いがプンプン漂うこの豆台風に、あまり近づきたくいのが本心だからだ。
元より庇護対象に深入りしすぎると色々とやりにくくなることも明白。
(嫌な予感がする……)
そして深也のその予感は直ぐに的中することとなる。
****************
食堂についたとたん渦巻く風見への罵倒の言葉。
「ちょっと何あの平凡っ!」
「平凡のくせに月白様の横に並ぶなんて…っ」
「神部様に近寄るなっ」
「僕たちでさえあんな近くにいけないのにっ」
ちっと大きめの舌打ちが近くで聞こえて、そちらを見れば弥生が深也を露悪的に睨んでいた。
お前のせいで、と言いたげな鋭い瞳に対し、深也は呆れたようにちらりと弥生を流し見るに終わった。
(神部のせいでもあるだろ…)
ため息を噛み締めれば、2人の応酬をどう捉えたのか、駿介が慌てたように弥生の方を振り向く。
「ヤヨっ!俺こういうの全然大丈夫だし!気にすんなっ」
そう慌てたように捲し立てたところで弥生の剣呑な眉間の皺は解かれる気配はない。
「でもよ…」
「まじで平気だって!なっ?」
渋る神部に風見は上目遣いに、にっと屈託なく笑いかけた。
その笑顔にちらりと頬を染めて「…おぅ」とぶっきらぼうに答えた弥生の尻には、野生の犬のしっぽが揺れている気がして、深也は駿介の影響力を垣間見た気がした。
周りの好奇の目と悪意の籠るひそひそ声の中、何とか食堂の席について数分、急に辺りがざわつき始めた。
瞬間、深也の肌が粟立つ。
それは不穏な空気と特大の面倒事の雰囲気を本能的に察知したからに他ならなかった。
しかし、気づいた時には既に遅く。
瞬く間にあたりは耳をつんざく様な悲鳴、もとい矯声に包まれたのだった。
(生徒会……)
深也は分かりきってはいたが、嫌々でも厄介事の渦の元凶に眼を向けざる負えない。
「な、何っ!?」
隣ではこんな黄土色の悲鳴は聞き慣れないであろう駿介が眼を白黒させていた。
そのざわめきはどんどん近づいてくる。
そう、深也たちのテーブルに近づいてくるのだ。
深也の悪い冗談であれ、という儚い希望は無情にもその時打ち砕かれたのだった。
「駿っ!」
喧騒の中、よくよく聞き覚えのある声が駿介の名を呼んだ。
「あっ!綾乃!」
長いプラチナブロンドを靡かせ颯爽と歩んできたのは生徒会副会長の姫路 綾乃。
いつもの数倍のきらびやかさを纏いながら、しかしその表情は見たこともないような満面の笑み。
母方の遺伝だというエメラルドグリーンの瞳はいつもの冷ややかさなど一切なく、蕩けた視線とはこのことだろうか。
そして生徒会役員である綾乃を呼び捨てにする風見を見て、深也はこれから起こるであろう波乱の匂いにしんなり綺麗な眉を歪ませていた。
「おいおい綾乃ぉ。こいつがお前の言ってた奴か?ただの平凡じゃねぇか。」
そして、その際どい状況に追い討ちをかけるように後方から悠然と現れたのは学園のトップである生徒会長の四王 竜司。
ツーブロックにマンバンというどこぞのヤンキーのような出で立ちなのに、彫りの深い端正な顔立ちはどこか粗野な色気と気品を醸し出している当たり、一般人とは一線を画す風格である。
性格は俺様で節操はないが有能。
その類稀なルックスから学園で絶大な人気を誇っているまさにこの学園の王様だ。
「はっ、君に駿の魅力をわかってもらおうなんて思ってないから。」
小馬鹿にしたような綾乃の口調。
「あ"ぁ?平凡になんて「おいっ!!」」
売り言葉に買い言葉、そしてそこに挟み込まれたのは有り得ない方向からの制止の声で。
深也が咄嗟に間に入ろうとした頃には既に竜司と駿介はしっかりと対峙してしまっていた。
「さっきから聞いてりゃ平凡、平凡って、何なんだよっ!平凡のどこが悪いっ!あんた何様だよっ!!」
「何?てめぇ、この俺を知らねぇのかよ。」
「はぁ?知るわけねぇだろ自過剰野郎っ」
ヒートアップする駿介に対し、竜司は面白そうに片眉を上げるだけ。
駿介は尚更面白くない様子で再び口を開きかけるが、竜司の瞳がきらりと一瞬輝いて、その瞬間はやってきたのだった。
「へぇ?…てめぇ、面白ぇやつだなァ。上等じゃねえか。」
「なに、ぇ…ンっ!?」
深也にはあまりにも唐突なことで、もちろん静止できる手建てなどもなく、目の前の信じたくない光景にただ、瞠目した。
「「シュンっ!!!!」」
『ぎゃーっ!!!!いやーっ!!!!』
コンマ数秒の間の後、地鳴りのような人々の声が食堂を揺らす。
竜司は口の端で笑った後、あろう事か駿介にいきなりキスを仕掛けたのだった。
焦った綾乃と弥生の声は周りの絶叫するような声に掻き消えている。
(最悪だ…、)
(本格的にマズいな)
深也は彼らの軽率な行動に心の中で大きく舌打ちをする。
「ぷはっ、な、な、何っすんだぁぁぁっ!??」
「気に入った。今日からお前、俺のモンな。」
「ちょっと竜司っ!平凡なんか興味ないって言ってたでしょ!?」
「ふんっ、いつの話だ。」
「俺抜きに話進めんなっ!!お前のもんになるなんてまっぴらごめんだ…ッ!!」
「てめぇ、生徒会だからって調子乗ってんじゃねえッ!ボコる…ッ!」
「あ"ァ?やってみろよ?番犬ごときが。」
もうこうなってしまっては後の祭りである。
「リュージ嫌がられてんじゃん〜ウケるんだけど〜。駿?くんだっけ?俺はどう?俺にしてみない?」
「はぁ?いや、駿でいいけどさ、アンタだれ?」
「俺は会計のニコラウス・小野、イギリスと日本のハーフなんだぁ。ニックて呼んでねぇ。」
「ッおい!?手にキスなんてするんじゃねぇよ!どこの国の王子だよ!?」
まさにどこぞの少女漫画の王子を具現化させたような容姿の生徒会会計であるニックは駿介の発言に爆笑し、この地獄としか思えないお祭り騒ぎに嬉々として便乗する始末。
「なかなか君、やりますね。会長もニック先輩も袖にするなんて。ねぇ、トシ。」
普段生徒会の暴挙を諌める側になりがちな書記の来栖孝臣すらその涼やかな眼鏡越しに興味深そうに駿介を見ているし、トシと呼ばれた生徒会補佐の宝條稔樹もそれに深々と頷いている。
会長・副会長だけでなく他の生徒会員も群がり出したこの状況に深也は落胆を通り越して頭痛がしてきそうな心境だ。
(何らかのアクションがある前に手をうたないと…)
生徒会員の親衛隊は過激派で郡を抜いている。
これだけの生徒の前で目立ってしまえばすぐにでも各親衛隊からの制裁が行われるのは確実だろう。
総隊長の深也でさえ気のたった大勢の親衛隊を止めるのは難しい。
早急な手立てが必要だった。
深也は他の生徒会役員の意識が風見に向いているうちに気付かれないよう席を立とうとしたが、予想外のものにそれは阻まれてしまった。
あろうことか、風見が席を立とうとする深也のブレザーの端を驚くべき反射神経でわし掴んだのだ。
「っ!」
「し、しんやっ!こいつらどうにかしてくれよぉっ」
涙目で追い縋る風見。
(まずい…、)
深也は心の中で本日二度目の舌打ちをした。
「あーれー?もしかして俺らの親衛隊長さーん?」
いたんだー?と馬鹿にしたように嘲るニック。
その青い瞳には蔑む感情しか存在していない。
「あ?何で淫乱野郎がシュンにくっついていやがンだぁ?」
竜司もさっきの上機嫌とは打って変わってあからさまに眉間に皺を寄せ、深也を睨む。
「不愉快なんだけど。」
綾乃からは氷のような冷たい視線。
言葉はないが、孝臣、トシからも同じような空気が流れていた。
(めんどくさいことになった…)
侮蔑も嘲笑も深也にとっては慣れっこだった。
愛される者。
愛されない者。
特に何も感じはしなかった。
「…風見。はなしてくれないか。」
ぞっとするほど温度のない声が深也から発せられ、駿介は反射的に伸ばした手を引っ込める。
「生徒会の皆様。申し訳ありませんが、俺は小用がありますので、ここで失礼します。」
そして深也は背筋を伸ばして生徒会の方を向くと親衛隊としての表向きの挨拶をこなし、一礼する。
「ぜんっぜん構わないよ。むしろ俺の視界から消えてくれる?」
「とっとと行けカス。」
生徒会の面々は犬でも追い払うようにぞんざいな暴言を次々と吐いていく。
「では。」
それさえも無表情な一言で返し、歩き出そうとするが、あろう事か再び駿介の手がそれを拒んだ。
「……、なに?」
さすがの深也も少し冷たく声が尖る。
「深也っ!置いてくなよっ俺も帰るっ!」
自分も着いていくと駄々をこねる駿介に深也は心の中で辟易し、その綺麗な眉を歪めた。
(本当にめんどくさいなぁ…)
「風見。いい加減にしてくれ。守ってもらいたいならあそこにいるお前の番犬にでも頼んでくれないか。」
深也はそれだけ言うと、無表情で風見の手を解き、弥生の方をわざと露悪的な表現と共に顎で指した。
「なっ…!てめぇっ」
「では、また。」
犬呼ばわりに弥生が噛みつこうとするが、深也はそれより先に呆然とする駿介の手を抜けだし、体裁のみの軽い会釈をして足早に食堂を後にした。
「チッ。あー不愉快。」
「いつも食えない奴ですね。」
あっという間に退散して行った背中に、綾乃は綺麗な顔を歪めて吐き捨て、孝臣も眉をしんなりと潜めるにと留まった。
****************
深也は食堂から出るとすぐにスラックスのポケットからスマホを取りだし、電話をかける。
3回目のコールでバリトンの低く落ち着いた声が機械越しに広がった。
「…フレッド、」
深也は無意識に詰めていた呼吸をほっ、と解く。
眉間の皺は消えていた。
『おぅ、深也。どうした?』
「転入生…、風見駿介が生徒会と食堂で接触した。何か近々起こると思う。もしかしたら今日中にも動きがあるかも。」
『…おいおい、さっそくかよ。凄いな。とんだ転入生が入ってきたもんだな。』
茶化すようなフレッドの言葉の裏には、深也のことを心配するニュアンスが含まれていて、深也はつい苦笑いを零す。
「同感。…だけど、守らなきゃ。」
深也はどこか遠くを見つめるようにゆるりと眼を細める。
そこには“アノヒト”の優しい笑みが浮かぶ。
『…だよな。』
「それで、申し訳ないけど生徒のデータベース、見せて。風見にアクションを起こしそうな生徒の目星をつけたい。」
『わかった。でもお前も、気を付けろよ。』
「うん。ありがとう。」
深也はそう短く応えて通話を切った。
そして、不意に立ち止まる。
廊下の大きな引き違い窓の外には晴天が拡がっていた。
呆れるくらい、澄んだ空だ。
(愛されてなくたっていい。あなたが幸せなら。)
あなたが、この瞬間にも光に溢れてるのなら。
(ねぇ、梟。あなたは今、幸せ?)
眼を閉じて、すっと浅く息を吸い込む。
カラリと晴れた五月晴れの中、胸をすくような日向の匂いが微かに混じっていた。
****************
side*no
次の日。
深也が教室に入って、その目にすぐ飛び込んできたものは不気味なほどの赤だった。
それは駿介の机の上、大輪の彼岸花。
まるでその存在を誇示するように四方に伸ばされた花弁は毒々しいほどに真っ赤だ。
(予想以上に動きが早い…。)
深也は僅かに表情を曇らせ、そっとその花弁に触れた。
「おっ!しんやーおは、…よ?」
後ろから聞こえてきた明るい声が不自然に止まる。
「…なに、それ…。」
強ばった歪な笑みと、深也の無表情がかち合った。
「これは、ッ、」
ガシャンッ
深也が口を開いた瞬間、駿介の後ろに控えていた弥生が机を押しのけるように大股でその距離を縮め、大きな衝撃音が教室に響いた。
あっけに取られる駿介が止める隙もなく、弥生が深也をロッカーに叩きつけたのだ。
遠巻きにしていた数人の生徒が息を飲み、辺りに緊迫した空気が漂う。
そんな周りの目など一切気にせず、弥生は大きな拳で深也の胸ぐら掴むと、ねじりあげるように力を込めた。
「てめぇッ!!何してんだッ!!!」
垂れ流される怒気と殺気。
その眼差しは人ひとり射殺せそうなほど鋭い。
「ちょっ、やよ…っ!」
駿介は激怒する弥生に焦った声をだす。
「俺じゃない。」
深也はそれでも無表情を崩さず、毅然とした態度で弥生を見返していた。
「嘘つくなッ!てめぇ以外に誰がこんなことすんだッ!こいつが何した!?生徒会に近づいたからか?ふざけんじゃねぇッ」
迸る怒声。
しかしそれに対峙する深也の瞳はなお、ひんやりと冷たいまま。
そんな深也の態度が更に弥生の神経を逆撫でしていく。
「……、」
「こいつはなぁ、てめぇなんかが汚していい存在じゃねぇんだよ。なぁ、生徒会親衛隊長さんよぉ、次こいつに手ぇ出しやがったらマジで殺す…ッ」
弥生の爛々と怒りに燃える双眸。
そこにはただただ駿介を守ろうとする熱だけが存在していて、深也は場違いにも少し笑いが込み上げそうになる。
(知ってるさ。)
「…ぁ?」
急に俯いた深也に弥生が怪訝な顔をする。
(分かってる。こいつが清い存在なことも、"光"であることも、梟の"特別"になれることも。)
「お前…、」
深也の口許は、緩やかな弧を描いていた。
「何でそんなカオ…」
うわずるように少し上がった深也の目線と弥生の訝しげな視線が噛み合った。
一瞬、弥生の背筋にひやっと冷たい何がが通り抜ける。
「"殺す"だって?ふざけるな。できもしないくせに。」
(自分が汚く醜いことだって。)
笑みは一層深くなっていく。
「俺だって…、できることなら…、」
(知ってるんだ。)
「 」
「…ッ!?」
深也の零した言葉に眼を見開く弥生。
緩んだ手元を振り払い、深也はそのまま後ろを省みることもせず教室から出ていった。
****************
side*弥生
駿の机の上の白い花瓶と真っ赤な彼岸花。
一瞬で全身の血が沸騰した感覚に襲われ、湧き上がる怒りに、目の前が赤く弾ける。
気がづいたときには月白の胸ぐらをつかみ、後ろにあったロッカーに叩きつけていた。
問い詰めても自分ではないと言い張る月白に更に苛つきが増す。
「こいつはなぁ、てめぇなんかが汚していい存在じゃねぇんだよ。なぁ、生徒会親衛隊長さんよぉ、次こいつに手ぇ出しやがったらマジで殺す…ッ」
腸が煮えくり返るほどの怒りに言葉は更に熱を帯びていく。
昔からそうだ。
生まれつきの剣呑な三白眼と喧嘩っ早さ。
学園で俺を怖がらないやつはいなかった。
それでも駿だけは、そんな見た目の偏見なんてなしに"俺"を見てくれた。
表面だけじゃなく、生身の俺自身を。
その瞬間から駿は俺にとっての特別になった。
これ以上なく、守らなければならない “ 光 ” に。
だから月白も怯えればいいと思った。
俺に怯えて、二度と駿に近寄らないようにすればいいと。
しかし俺の怒声に、俯いた月白からはなにもリアクションは返ってこない。
不自然な空白。
不信感に眉根が寄る。
怯えて声もでないのかと、俯いた表情をうかがおうとした。
瞬間。
ざわり、と、心が逆立った。
それは、本能的なものだ。
「お前…、」
月白は、
笑っていた。
人形と見まがう程に桜色をした唇が、ゆるりと綺麗に弧を描く。
不本意にも、それは余りにも綺麗で。
ただ、余りにもその場に不釣り合いで。
ぞっとした。
絡み合った視線を、反らすことができない。
握りこんだ掌にじわりと汗が滲む。
美しい笑みとは反比例するように、透き通った銀の眼は負の色しか写さない。
可憐な唇が、言葉を象った。
「"殺す"だって?ふざけるな。できもしないくせに。」
笑みは一層深くなる。
瞳の闇も、どんどん色を増していく。
「俺だって…、できることなら…、」
ふと、笑みが途絶えて、月白の表情には深い闇だけになった。
多分俺にしか届かなかっただろう、その言葉。
消え入るような、儚い、声音。
『光に、なりたかった』
あいつは、あの時はっきりと、痛々しい瞳で、
そう言った。
****************
side*no
「おい。」
カタカタとパソコンのキーを叩く音だけが室内に響く。
「おい。」
返答の代わりに手はそのままで深也が声の主を仰ぎ見た。
「…何でしょうか、会長。」
ガンッ
深也のデスクに大きな拳がめり込む。
深也はそれをちらりと横目で見て、特段怯えた様子もなく、また竜司に眼を戻しただけ。
「てめぇ、駿に手ぇ出したそうだな。」
「…なんのことですか。」
「とぼけてんじゃねぇッ!!」
竜司は殺気を放ちながら深也を睨み返す。
「俺がやったという証拠でも。」
深也はいたって冷静に身体を竜司たちに向ける。
「はっ?証拠?そんなの必要なわけ?」
「そもそも君以外ありえないよねぇ」
綾乃はさも当然というように冷たく顎を上げ、ニックは軽く嫌悪を滲ませながら笑った。
「そんな曖昧な理由でこじつけないでもらえますか。悪いですけど、まだ書類が溜まってますので今度にしてください。」
深也は淡々とそう言うと、興味無さげにまたパソコンに向かう。
「ッ、てめぇっ「彼の言うことも不服ながら一理あります。」
まだ腹の虫が治まらない竜司は更に深也に突っかかろうとするが、意外にもそこに孝臣が間に割ってはいった。
「オミっ」
「片付けなければならない書類は山積みです。書類溜めてるの、誰でしたっけ。」
竜司は抗議するように孝臣の名を呼ぶが、孝臣はその言葉にぴしゃりと正論を叩きつける。
「…チッ」
竜司も孝臣の一言に覚えはあるのか不機嫌そうな舌打ちだけ残して引き下がった。
他の生徒会員も孝臣の言葉に戦意を削がれ、自分のデスクに戻っていく。
しかし全員が持ち場に戻って仕事を再開し始めて数分。
勢い良く生徒会室のドアは開かれた。
「おーすっ!っと、今日はちゃんと仕事してんじゃーん!」
生徒会室の重厚なドアから覗いたのは茶色い頭と赤い頭。
「駿っ!」
真っ先に反応したのは綾乃で、先程の露悪的な姿はどこへやら、今まで誰も見たことのないような満面の笑顔で駆け寄っていく。
「今日は、じゃなくていつも、だよー?」
「なんだ、駿は俺に会いに来たのか?」
ニックもいつもの含んだ笑みじゃなく無邪気に笑み崩しながら綾乃の後に続き、竜司は偉そうにしながらもどこか楽しげに腰を上げた。
「まったく、ちゃんと仕事はして欲しいものですね。」
孝臣はそんな周囲の様子にぶつぶつ小言をいいながらもやはり気になるのかちらちらと向こう側を伺っている。
深也の隣に座るトシも言葉にはしないものの向こうに行きたくてそわそわしてるのが目に見えて明らかだ。
深也は二人のそんな様子を、PC画面からちらっと視線を上げて盗み見て、小さく笑み零した。
そして眩しそうにそっと眼を細める。
(本当に、みんなに愛されてるんだな…)
羨ましいとは決して思わなかった。
ただ、絶対手に入らない宝のように、微かな憧れだけはあったけど。
深也はもう一度柔らかに彼らを見つめたあと、仕事に戻ろうとデスクの横に積んである書類の山に手を伸ばした。
「ぁ…」
その瞬間、隣りにいたトシから小さな声があがる。
声の方に移した深也の視線とトシの少し驚いたような瞳がぶつかった。
深也が書類をとろうと手を伸ばした瞬間、深也の手とトシの手が触れたのだ。
「トシ…?」
数秒間、指が触れたまま固まっているトシを深也が不思議そうに見やる。
「っ、すいません…、」
トシは深也の呼び掛けにはっと我に返ったように直ぐに手を退かした。
「…あぁ、悪い。」
深也は慌てた様子のトシに何かを察したように小さく苦笑いし、手早く書類を数枚とった。
後は深也のキーを叩く音だけ。
深也はトシが触れたその指先をじっと見つめていることに気付くことはなかった。
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