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プロローグ

煙草を片手にベランダに出ると、朝の空気は少しひんやりしていた。白い煙が静かに揺れて、外の景色に溶けていく。 「お前、また朝から吸ってんの?」 背後から柔らかい声。振り返らなくてもわかる。カップを二つ持った須藤涼真が、ゆるく笑って立っていた。 「朝の一本は別腹だろ」 「タバコに別腹って概念あんの?」 「あるに決まってんだろ」 カップを一つ受け取り、口にする。苦味が舌に広がった瞬間、俺─立花薫、は小さくため息を漏らした。 「はぁ……爆発しろ、クソ会社」 「朝からそれかよ」 「口癖だ」 涼真はくすくす笑って、俺の隣に腰を下ろす。肩が触れるくらいの距離で、俺を見上げて言った。 「……なぁ、やっぱり幸せだわ、俺」 何気なく吐き出されたその言葉に、俺は一瞬だけ涼真を見つめた後、その言葉の裏に隠された過去を感じると笑って涼真の不安をかき消すようにつぶやく。 「今さら何言ってんだよ」 「いや、なんかさ。こうして一緒にいんの、夢みたいで」 温かいコーヒーと、柔らかい声。その言葉に隠れた涼真の闇に何を言っても無駄な気がして、代わりにタバコをもう一度吸い込む。視線の先で、煙と朝の光が重なって消えていった。……あの日の雨を、ふと思い出す。俺がこいつに惹かれたのは――そう、あの瞬間からだ。

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