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第40話 冷酷王は銀髪の騎士を永遠に帰さない

「ほら、口を開けろ」  こんなに上機嫌なヴィルユーグは見たことがないほど、ニコニコとした男が俺に手ずから果物を口に運んでいる。  昨夜の情事から一夜明け、俺とヴィルユーグは同じベッドの上で目覚めた。  冷酷王と称されたこの男だが、冷酷とはどこへやら。行為後はあっさりしているのかと思っていたのに、その真逆で物凄く甘い。  寝ぼけた俺がまたヴィルユーグの熱を追って抱きついてしまったが、そのまま抱き返され甘い声で「おはよう」と囁かれた。  普段は無表情か眉を寄せた顔しかしないが、蕩けるような笑みで俺を見つめる。元から整った顔なのに、さらに笑顔を見せるなんて反則級だ。  そして今がこれ。昨夜喘ぎすぎて声が掠れている俺を気遣って、水分の多いフルーツを用意させたところまではいい。それがまさか陛下自ら、あーんで食べさせようとするとは思わなかった。  でも、何ごとも合理的な男が、俺だけには感情的に動くことに喜びも感じていた。  何度目かの静止が口から出かかったがそれは飲み込み、半ば諦めの境地で口を開ける。 「あーん」 「美味いか?」  楽しそうに聞かれて、俺は素直に頷く。 「はい。美味いです」 「じゃあ、これは?」 「んっ……」  ちゅっとキスをされて、俺は真っ赤になった。昨夜、あれだけキスをしたのに明るい日差しの中でのそれは恥ずかしい。 「……美味い」  そう言った瞬間、がぶりと唇をふさがれる。 「んんぅ……!」  どんどん、とヴィルユーグの胸板を叩く。やっと唇が離れたかと思えば、ヴィルユーグは不満だと言いたげに眉根を寄せていた。 「どうして止める?私のキスは嫌か?」 「そうじゃ……昼間からそんな、はずかし……」 「……っ、可愛すぎるだろう。大丈夫だ、気にならなくなるまですれば良い」 「……は?」  そういうやいなや、再びヴィルユーグは俺の口を自分のそれで塞いできた。  あの戦いから、幾月かの時が流れた。  共に戦場へ立ち、互いの兵を救い、そして勝利を分かち合ったことで、アルヴェリアとグラディウスの絆は以前とは比べものにならないほど強固なものとなった。  両国の国境には以前ほどの緊張がなくなり、交易も盛んになった。アルヴェリアからは学者や商人がグラディウスを訪れ、グラディウスからも多くの人々が海を越えてアルヴェリアへ向かう。  戦争で荒れた土地の復興にも、両国は手を取り合った。  ヴィルユーグは王として、戦争に備えるためだけではなく、戦争を起こさないための国づくりへと力を注いだ。  軍備を維持しながらも、交易路を整え、外交を重視し、学問にも力を入れる。  かつて「冷酷王」と呼ばれた男の治世は、少しずつその姿を変えていった。そして、その隣にはいつもリヨンがいた。  俺はヴィルユーグの伴侶となった後も、騎士であることを辞めなかった。  戦場で培った経験を生かして軍事面で彼を支え、時には側近として会議に出席する。  皇族として身につけてきた礼儀や外交の知識が役立つことも多かった。  アルヴェリアとの交流においても、俺は両国を繋ぐ一人として動いた。  王の伴侶だからだけではない。  俺自身が、騎士として、そして一人の人間として、この国にできることをしたかった。  そんな日々を重ねているうちに、時間は静かに流れていった。  やがて、皇太子のレオンが成人した。  かつてはまだ幼かった少年も、今では立派な青年だ。  王として必要な知識を身につけ、臣下の前でも堂々と振る舞う。  それを見届けたヴィルユーグは、予定されていた日を迎える。  王位を、レオンへ譲る日だった。 「本当に、これでいいんですか」  式を終えた後、俺はヴィルユーグに尋ねた。 「ああ」  彼は静かに笑った。 「最初から、そのつもりだった」  ヴィルユーグは自分が永遠に王でいるつもりなどなかった。  幼い弟が王位を継げるようになるまで。  国を守り、弟を守り、次へ繋ぐ。  それが、彼が王になった理由だった。  だから今、その役目を終えたのだ。 「寂しくないんですか」 「少しはな」  そう言ってから、ヴィルユーグは俺を見る。その顔は穏やかだった。 「だが、悪くない」 「どうして?」 「ようやく、お前とゆっくり過ごせる」  俺は思わず笑ってしまった。  王でなくなった途端、これだ。 「……あなたは、本当に変わりませんね」 「お前の前では、最初からこうだっただろう」  その言葉に、胸が温かくなる。  ヴィルユーグが王位を譲っても、俺たちの関係は変わらなかった。  俺は騎士を続け、そしてレオンの教育にも携わるようになった。  皇族の端くれとして育った俺だが、宮廷での礼儀作法や他国の王族との接し方などそれなりに教育は受けてきた。だから、レオンの教育係のひとりとして抜擢されたのだ。 「リヨン様、兄上より厳しくありませんか?」 「ヴィルユーグは礼儀より合理性を優先しますから」 「……確かに」  そんな会話を交わしながら、レオンは少しずつ王として成長していった。  いつしか俺が教える側だったことも忘れるほど、彼は立派な王になっていった。  そして、俺自身も気づけば、昔抱えていた不安をすっかり忘れていた。  愛人でいいのか。  王には世継ぎが必要なのではないか。  俺では、ヴィルユーグの隣に立ち続けることはできないのではないか。  あの頃の俺は、そんなことを考え前へ踏み出すことができなかった。  けれど、すべて杞憂だった。  ヴィルユーグは王位を弟へ譲り、そして俺を選んだ。  王ではなくなっても、俺の隣にいる。  肩書きがなくなっても、俺を愛している。  その事実だけで十分だった。  やがて、グラディウスから「冷酷王」という言葉は消えていった。  ヴィルユーグを知る人々は、もう彼を冷酷な王とは呼ばない。  国を守った王。  長きにわたる戦争を終わらせた王。  弟へ王冠を託した王。  そして、平和を築いた男。  そんなふうに語られるようになった。  アルヴェリアとの同盟も、揺らぐことはない。あの戦争を共に乗り越えたことで、両国の結びつきはさらに強くなった。  俺はアルヴェリアへ赴くこともあった。ヴィルユーグはあまり良い顔をしないが。  どうやら、戻ってこないかもしれないと不安になるらしい。あのヴィルユーグが。  もう、俺の帰るべき場所はヴィルユーグだけなのに。  そして、そんな日々を何年も重ねたある日のこと。  俺はレオンのレッスンを終え、離宮の庭へ戻ってきた。ヴィルユーグが王位を譲ったあと、建てられた彼と俺の住まいだ。  庭のベンチには、ヴィルユーグがいた。 「終わったか」 「はい。今日は礼儀作法を三つ叱りました」 「三つもか」 「レオンが悪いんです」 「そうか」  ヴィルユーグが笑う。  俺もつられて笑った。  かつては王と騎士だった。今もヴィルユーグは王の補佐として働き、俺は騎士として王と前王を守る。  だけど、こうして二人きりになるとただの二人の男だ。  ヴィルユーグが手を伸ばす。  俺は何も言わず、その手を取った。 「リヨン」 「はい」 「これからも、私の隣にいてくれるか」  思わず笑ってしまう。 「今さら何を言っているんですか」  握った手に、少しだけ力を込める。 「俺はもう、あなたの隣以外にいるつもりはありません」  ヴィルユーグが満足そうに笑った。  俺たちは並んで歩き出す。  かつて、冷酷王と呼ばれた男がいた。  けれど、その名を口にする者は、もういない。  彼は国を守り、戦争を終わらせ、弟へ王冠を渡した。  そして、その生涯の隣にはいつも、一人の銀髪の騎士がいた。  戦場では背中を預け合い。  王座では国を支え合い。  王位を離れた今は、ただ互いの人生を支え合う。  二人の歩く先に、もう戦火はない。  あるのは、穏やかな日々と、これからも続いていく、二人だけの未来だった。

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