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第6話
以来、ジェレミーとフェルディナンは堂々と交際している。
奥からくすくすと少女の笑い声が聞こえてきた。
「まずはナタンお兄さまがご結婚しなければ、ジェレミーお兄さまのご結婚は叶わないのよ」
姿を現したのは、サーモンピンクのドレスを着た、十四歳になる義妹イザベルだった。赤いウェーブがかった長い髪をなびかせながら、こちらを見上げている。
イザベルは貴族令嬢らしいお辞儀でフェルディナンに挨拶をした。
この国では成人となる十八歳から婚約・結婚ができるが、血の繋がった子どもが残せない同性婚の場合は、その家督を継ぐ子が結婚しなければ許可が下りない。長子が他界するなどの事態の際に〝補欠要員〟でいなければならないのだ。
「ナタンお兄さまはもう婚約者がいらっしゃるから、僕は二人の結婚を待つだけさ」
兄ナタンにはアカデミー時代から交際が続いている侯爵令嬢テレーズがいた。十八歳で婚約し、来年にも結婚――の予定だったのだが。
「それがな……ジェレミー。テレーズが留学することになったんだ。しかも二カ国に」
王家以外は男女ともに家督を継げ、若者の学ぶ意志が尊重されるこの国では、女性が留学することも珍しくはない。ただ、それは立場の身軽な者だけであって、公爵家や侯爵家などの爵位の高い家門の女性は、いまだに政略結婚が多く実現が難しかった。侯爵家の令嬢であるテレーズにも。
「えっ……テレーズ嬢が」
水質研究に明るいテレーズは、いつも諸外国の湖や河川に関心を持っていた。
いつか『立場に囚われず、思いきり水質研究をしたい』と話していたテレーズを、ジェレミーは応援していた。それが自分とフェルディナンの婚約時期に影響するとは想像もせずに――。
テレーズは書き上げた水質改善の研究論文を「嫁入り前に無駄なことをするな」と父親に捨てられてしまった。父親も公爵家に娘が嫁げるとあって必死だったのだ。
しかし、使用人が再利用しようと持ち出し、街中で紛失。それを偶然にも、有名な水質研究者が拾ったのだ。
世界数カ国を股にかけて研究に邁進している彼は「この筆者に研究させれば国益に繋がる」と国王に働きかけ、テレーズは彼のもとで学べることになったのだ。
しかし四年間の留学を必要とするため、テレーズは結婚式の延期をマルディノッジ家に申し入れた。もちろんテレーズ本人は婚約破棄もやむなし、という覚悟で。
「テレーズ以外との結婚は考えられないし、僕には僕の〝やるべき仕事〟があるからついていくこともできない。だから待つことにしたんだ」
ナタンが第一騎士団の補佐官となったのは、体力を向上させる〝祝福〟を生かすためだ。
普段は騎士団の総務を任されており、いざ実戦となった際は騎士たちの体力向上の〝祝福〟をするために同行することになっている。騎士団から離れることはできないのだ。
「そんな……」
ジェレミーは情けない声を漏らした。
自分が十八歳になったとき、フェルディナンは二十三歳。すぐに婚約して翌年には結婚できると思っていたのに、兄たちの結婚が少なくとも四年延期されるとなると、ジェレミーたちもそれを待たなければならない。そのときフェルディナンは二十六歳を超えている。
「あら、そんなに待たされてはフェルディナンさまがお可哀想ね。貴族の結婚適齢期は二十五歳までだもの」
二十五歳を過ぎて独身でいると、男女ともに〝精神的・身体的に問題があって婚期を逃した〟と邪推されてしまうのだ。
イザベルは「他にいい人ができるかもしれないわね」と笑った口元を扇子で隠した。
ジェレミーは混乱していた。てっきりあと二年でフェルディナンと婚約できると思っていたのに。大好きなフェルディナンと一緒に幸せな暮らしが待っていると――。
(どうしよう、あと四年は待たないといけないなんて……)
ジェレミーとフェルディナンは、中庭に移動して二人きりでお茶をすることにした。そこでもジェレミーはまだ、しょぼん……とうつむいていた。
「たったの四年だ。引き離されるわけでもない。その間に二人で思い出をたくさん作ればいいだろう?」
フェルディナンの紫の瞳が、ジェレミーを見つめる。優しい声音と、重ねられた彼の手の温かさに、ジェレミーはじわりと涙が出た。
「でも、フェルディナンさまは婚期がずっと遅れてしまいます……今でも色んな方から釣書が届いてるのに」
「問題ない、ナタンのテレーズ嬢への思いと同じだ。ジェレミー以外との結婚は考えていない」
「でも僕は不安です……アカデミーの友人たちだって、恋人とはキスするんですよ? フェルディナンさまは大人なのに一度もしてくれない……」
「ジェレミー、大人だからできないこともあるんだ」
フェルディナンは重ねていた手を離した。離れていくぬくもりに胸がちくりと痛む。
「どうしてこんなに年が離れてるんだろう……早く大人になりたいな」
「アカデミーももうすぐ卒業だ、急がず今を満喫するといい。心配せずとも、ちゃんと待っているから、君が大人になるのを」
ジェレミーは立ち上がってフェルディナンの膝に座った。幼い頃からなので、ジェレミーにとってはなんてことない行動なのだが、それを見た家族からは「十六にもなって」とよく叱られている。
「僕はフェルディナンさまの宝物ですからね。他の宝石に目移りしたらだめですよ」
「君から目が離せないから、そんな暇はないな」
「美少年だから?」
「危なっかしいから」
ジェレミーは「もう」と拳を振り上げてフェルディナンに甘えた。
「こらーっ! 婚約までは変なことするなって言っただろう!」
婚約先延ばしとなった原因である兄ナタンが、叫びながらこちらに走ってきていた。
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