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第5話
フェルディナンはジェレミーと一緒にシーツに潜る。
「ジェレミー、役に立てるかどうかは問題じゃない。君は宝物だよ」
「僕が……宝物……?」
フェルディナンは、内緒だけれど、と言ってシーツの中でジェレミーの耳に顔を寄せた。
「マルディノッジ家に遊びに来ているのは、本当はジェレミーに会いたかったからだ。どんなに拒絶してもにこにことついてきてくれる君が、ずっと俺の癒やしだった」
ジェレミーは「本当?」と大きな声を出す。フェルディナンが慌ててジェレミーの口を塞いだ。
「みんなに聞こえちゃう」
「でも僕が起きたことを知らせるんじゃなかったの?」
そうだけど、とフェルディナンは目を泳がせて、顔を近づけてきた。
「もう少し二人で話さないか?」
ジェレミーは「いいよ」と口を押さえながらくすくすと笑った。
シーツにくるまって二人で将来の話をした。
フェルディナンが騎士になって、ジェレミーと結婚し、ジェレミーは魚かカエルになる努力をして、池や海を泳いでデートしよう――と。
ジェレミーは、フェルディナンに額をこつんと合わせ、目を閉じて心からこう願った。
「フェルディナンさまの願いが、全て叶いますように」
閉じた目の奥でチカチカと何かが光っている。
以前、兄ナタンの「僕は当主になるんだから、もっと強力な〝祝福〟ができるようになりたい」と悩みを聞いて、それを願ったときも見えた光だった。
(きっと神様が『願いは聞いたよ』って合図をくれたんだな)
ジェレミーの両耳を、フェルディナンの手が覆う。
「ありがとうジェレミー。じゃあ将来の約束だ。それと忘れないで、君は宝物だよ」
その瞬間、ジェレミーは生まれて初めて心臓が止まるかと思った。
ずっと無表情だったフェルディナンが、目の前で微笑んでいたからだった。
整った顔立ちは無表情でも素敵だが、笑うとスミレの花のようだった。
それからフェルディナンは国王の反対を押し切って、アカデミーの総合学科から騎士科に転科した。
さらに王位継承権の放棄を宣言し、王妃の遠戚であるデマレ公爵家の養子になることを決めたのだ。
継承権放棄に国王は烈火のごとく怒ったが、王妃が強力に後押しをした。フェルディナンが王宮を出れば、彼女の息子で第二王子のルイが第一王子に繰り上がるからだ――と後に兄のナタンが話していた。
デマレ公爵家には、フェルディナンよりも十歳上の長男がいるため、次男として養子になった。デマレ家としても家督を奪われず、王家の血を引く者が家族になるとなれば、家門にとっては多大な恩恵が見込めるため大歓迎だった。
聞けばフェルディナンの母親――国王の側妃――はそれと同時に離宮に移され、穏やかに暮らしているのだとか。
全てが、フェルディナンの思い描く道を作っていた。
そうして時は過ぎ、フェルディナンはアカデミーの騎士科を十六歳で卒業後、王国第一騎士団に入った。騎士団内でもみるみる腕を上げ、二十一歳で小隊長を任されることになった。副団長への昇格含みだというから異例の出世だ。
「フェルディナンさま!」
騎士団の補佐官を務めている兄ナタンとともにマルディノッジ邸にやってきたフェルディナンは、ジェレミーの声に気づいてこちらを振り返る。
フェルディナンは、ジェレミーと秘密の約束をした頃から背がぐんぐんと伸び、今では誰もが見上げるほどになっていた。
そうして王家特有の紫色の瞳、彫りが深く美術品のように整った顔立ちに、今度は騎士としての雄々しさも増したものだから、王子ではなくなったとはいえ、ひっきりなしに貴族からの縁談が届いていた。
「ジェレミー」
フェルディナンはジェレミーの動きを予測していたかのように、手を広げて迎え入れてくれる。そこにジェレミーは思いきり飛び込んだ。
十六歳にしては小柄なジェレミーは、フェルディナンの胸の中にすっぽりと収まってしまう。
「お待ちしてました! 僕にも会いたかったでしょう?」
ジェレミーが歓迎すると、ナタンがその行動を諫めた。
「ジェレミー、お客様になんて態度だ。挨拶もなしに飛びつくなんて。付き合いは長いとはいえフェルディナンは公子なんだぞ」
優等生気質のナタンはジェレミーの行動を諫め、いつも愛情深く接してくれていた。フェルディナンは「大丈夫だ」とうなずいて、ジェレミーに向き直った。
「ああ、だからナタンなんかとの用をつくって会いに来たんだ」
嬉しいことを言ってくれる割に、表情はあまり変わらない。かすかに口角が上がるくらいだ。後ろで「ナタンなんかとはなんだ」と兄が怒っている。それほど二人は気の置けない仲なのだ。
「嬉しいな、用が終わったら僕とゆっくりお茶できますか?」
「もちろんだ」
ジェレミーはぬいぐるみのようにフェルディナンに抱き上げられた。やった、と彼の首に抱きつくと、背中をトントン、と優しく叩かれた。
ふふ、とジェレミーから笑い声が漏れる。
あの日、フェルディナンに「君は宝物だよ」と教わってから、ジェレミーはどんどん明るくなった。家族の中で唯一〝祝福〟が使えない無能ではあるが、いつか誰かの役に立てるときがくるし、役に立てなくたって、自分は「宝物のジェレミー」なのだと思えるようになった。たとえ、マルディノッジ家の中で無価値の扱いをされようとも――。
ナタンが呆れたように言った。
「ジェレミーはいつまでたっても子どもだなあ」
「兄様、僕はあと二年で成人だよ。そしたら婚約できますね、フェルディナンさま」
ジェレミーは抱き上げられたままフェルディナンの顔を見下ろす。彼は瞳を閉じながらゆっくりとうなずいた。そんな仕草も、優雅で恰好いい、と惚れ直してしまう。
フェルディナンは、ジェレミーと〝秘密の誓い〟をしたあと、すぐにマルディノッジ家の当主――ジェレミーの父に結婚の意向を伝えた。
当時は第一王子であったフェルディナンには不可能な結婚だったし、幼い二人の戯れ言だと思っていた両親だったが、フェルディナンが王位継承権を捨ててデマレ公爵家の次男になったことで実現可能となり、彼が本気であるとようやく伝わったのだ。
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