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第4話

 目覚めると自分のベッドにいた。  なぜか横にフェルディナンも寝ている。気づくとフェルディナンの服を、ジェレミーが両手できつく握っていた。帰るに帰れなかったのだろう。  朝日に照らされた長いまつげが、頬に影をつくっていた。ジェレミーは幼いながらも、その美しさに見とれてしまっていた。 「起きたのか」  ぱちり、と開いた紫色の瞳がこちらを見つめる。 「フェルディナンさま……たすけてくれたの……?」 「ああ、でも最初の一撃だけだ。あとは護衛たちが捕まえてくれた。起きたことを知らせてこよう、みんな心配しているぞ」 「心配してないよ、僕、みんなと一人だけ違うんだ。フェルディナンさまも知ってるでしょう? 僕だけ〝祝福〟が使えないこと」 「ああ、知っている」 「だからいてもいなくてもいいんだ」  フェルディナンは半身を起こしてジェレミーの額をさらりと撫でた。 「君の兄ナタンの様子を見ている限りでは〝いてもいなくてもいい存在〟だとは思っていないようだが」  むしろ、と言いながらフェルディナンが無表情で肩をすくめる。 「いなくてもいいのは俺だ」 「『ふくざつなかていのじじょう』なんでしょう? フェルディナンさまが悪いことしてるわけじゃないのに」 「そうだよ、悪いのは父上だ。おかげで俺は王宮では母親以外に味方がいない――お互い〝ふくざつ〟な立場で苦労するな」  カーテンの隙間から差し込んだ陽光が、フェルディナンの金髪を照らすと、実りの季節を迎えた小麦畑のように見えた。  見とれたジェレミーは、思わず手を伸ばす。 「きらきらしてる、髪……」  フェルディナンは頭をジェレミーに近づけて触らせてくれた。王子ともなればそれだけで不敬罪にできることだろうに。 「ああ、皮肉にも髪や瞳は父上に似てしまったな」  金髪に紫色の瞳――。特に瞳は王家特有のものだ。父王がフェルディナンを第一王子と認めた所以でもあった。 「王宮でひとりぼっちなら、僕がついて行って、いっしょにいてあげようか?」  ジェレミーはそう言って身体を起こし、フェルディナンの膝の上にちょんと乗った。こんなに寂しそうにしているフェルディナンをひとりぼっちになんてしておけない、と。 「そういうわけにはいかないよ、ジェレミーをマルディノッジ家から王宮に連れていくわけにはいかないだろう?」  ジェレミーはふふん、と得意げな顔をしてみせた。 「フェルディナンさま、知らないの? 『けっこん』したらいっしょに暮らせるんだよ」  この国では、その家の家督を継ぐ者以外は同性でも結婚が可能だ。つまり次男であるジェレミーは男だが、男女どちらとも結婚できる――と最近使用人から教わったのだった。 「フェルディナンさまは僕を救ってくれたんでしょう? お礼にけっこんしてあげる」  フェルディナンはしばらく瞠目して、ジェレミーの頭を撫でた。 「ありがたい提案だけど、結婚は十八歳以上しかできないし、俺は一応……第一王子だから同性とは結婚できないんだ」  えーっ、とジェレミーは声を上げた。 「王宮にいてもひとりぼっちなんでしょう? 出ていっちゃえば? イザベルみたいに、よそのおうちの二番目三番目の子になっちゃえば、僕と『けっこん』できるでしょう?」  ジェレミーはフェルディナンの袖をぎゅっと掴んだ。それが、どんなことを意味しているかも分からずに。  優しい目をした無愛想な人、それでいて寂しそうな雰囲気を漂わせている人を一人にしたくない――ただそれだけだった。 「できないよ、王宮を出るなんて。とても厳しいんだ」 「昨日だって出られたでしょう? 僕が遊びに来てって言ったら、フェルディナンさまは来てくれるもの」  フェルディナンは、何かに気づいたようにジェレミーの顔を見て、すぐに手元に視線を戻した。 「そうだね……でもそれは……ジェレミーだからだよ。誰にでも応じてるわけじゃない」  ジェレミーには、その言葉の真意が読み取れず首をかしげる。フェルディナンが少し頬を赤くして、分かりやすく言い直してくれた。 「ジェレミーは特別」  ジェレミーはふふ、と笑ってフェルディナンの首に手を回して抱きついた。やっぱりこの人が大好きだ、とジェレミーは思った。 「僕もフェルディナンさまがとくべつだよ、昨日、騎士様みたいで本当にかっこよかったなあ」  無表情のフェルディナンが、紫色の瞳を見開き、ぽつりと復唱した。 「……騎士、か」 「フェルディナンさまが騎士だったら、すごく素敵だろうなあ。僕は大きくなったらカエルかお魚になりたいんだ」  フェルディナンが「なれたらいいなあ」と何かを思い浮かべるようにつぶやいた。  騎士は貴族の次男三男が叙任することが多い。王の騎士となることで王領の一部を与えられるため、領地を継承できない者で腕に自信がある青年たちが集まるのだ。  王族であるフェルディナンにはむしろ縁遠い職業ではあったが、ジェレミーはぴったりだと思った。アカデミーの騎士科でもないのに剣術が抜群に秀でている――と兄から聞いていたし、まさに昨日、大の男を一撃で倒したのだから。 「王子やめて、騎士になって、僕と『けっこん』したらいいよ。好きな仕事もできて、ひとりぼっちじゃなくなるでしょ――あ、でも」  ジェレミーは、自分がマルディノッジ家の欠陥品であることを思い出す。 「でも……なんだい?」  フェルディナンがうつむいたジェレミーの顔をのぞき込む 「僕は〝祝福〟ができないから、フェルディナンさまのおやくにたてないね……」  兄ナタンや義妹イザベルのように体力増幅や治癒の〝祝福〟ができれば、騎士としてのフェルディナンを支えられただろうに――。  カタン……と廊下で物音がして、二人は息を潜める。部屋の外で男女――おそらくジェレミーの両親――の声がした。 「身代金目的のようだが、対象を間違えて誘拐したようだ」 「能力のないジェレミーを誘拐しても身代金がさほどつかないものね……イザベルに危険がなくてよかったわ」 「〝祝福〟の能力がマルディノッジ家の生命線だからな。イザベルとナタンには護衛を増やそう」  その遠慮のない口ぶりから、部屋にいるジェレミーとフェルディナンが眠っていると思っているようだ。  ジェレミーはシーツに再び潜って、身体をぎゅっと丸めた。心臓に大きな槍を刺されたように胸がずきずきした。 「ね……? おやくにたてないでしょ、僕……」

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