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第3話

「ええ、断りました。だって僕とフェルディナンさまの婚約式なのに、イザベルが白を着たら、フェルディナンさまとイザベルの婚約式のようになってしまうでしょう?」 (僕が死ぬ間際に聞いた内容では、この時点ですでにイザベルとフェルディナンは恋人関係にあった……つまり、イザベルはわざとフェルディナンさまと衣装を揃えたがっていたんだ)  そうはさせないぞ、というメッセージを込めて、ジェレミーはフェルディナンに微笑んでみせた。フェルディナンは額を押さえて、なぜかうろたえていた。 「何が……起きてるんだ……?」  自分がイザベルの要求を拒否したことに、かなり驚いているらしい。 (もっともっと驚かせてやる。僕はきっとこの二人に復讐するために一年前に死に戻ったんだ。こんなにフェルディナンさまが好きな僕を、裏切って殺すだなんて……絶対に許さない……!)         ++++  ジェレミーにとってのフェルディナンは、最初は〝兄の無愛想な友人〟だった。  ジェレミーが五歳、フェルディナンが十歳のときに二人は初めて顔を合わせた。当時、フェルディナンには名字はなかった。彼が王子だったからだ。 「俺に気安く話しかけるな」  十歳の彼からジェレミーに向かって放たれた最初の言葉は、拒絶のそれだった。  兄のナタン・マルディノッジがアカデミーに入学し、級友となったフェルディナンを自宅に招いたときのことだった。  兄ナタンが言うには、ジェレミーはそのように拒まれ続けても、フェルディナンがやってくるたびに後ろをついて回ったという。  記憶はおぼろげだが、言葉はきつくても目が優しい、と感じていたような気がする。  フェルディナンはしかめ面ばかりしている王子だった。  今なら彼の立場を思うと仕方のないことだと思う。  国王が使用人に手を出して生まれた子でありながら、正妃の息子より数日早く生まれたがために、肩書き上は第一王子となってしまったのだから。  使用人だった母親は側妃となったが、元が商家の娘で後ろ盾がないため母子で冷遇されていた。当然、側妃とフェルディナンの存在が気に食わない王妃の差し金だ。  フェルディナンが他の貴族の子どもと同じアカデミーに通うことが、その証左だった。王族の教育は本来、一流の教師を専属で召し抱えるのだから。王族として認められていないのも同然だった。  ジェレミーと出会ったときには、もう彼は表情が乏しかった。唯一できるのがしかめ面だったのだ。アカデミーの同級生たちからも陰で「氷の王子」などと呼ばれていた。  ジェレミーも、実はマルディノッジ家としては浮いた存在だった。  マルディノッジ公爵家は代々、特別な能力を持っている。  ある者は風を操ったり、ある者は植物の声を聞けたり――。父親の能力は絶大で、人を数分だけ自在に操れる。遠戚から嫁いだ母親は、その効果は薄いものの人の病を軽減させることができ、五つ上の兄ナタンは人の身体能力を向上させることができた。その〝祝福〟が発動する際は、必ず瞳孔が光るので、見る人が見れば分かるようになっている。  そんなマルディノッジ家の能力は〝祝福〟と呼ばれ、王家に重宝されている。  しかし、ジェレミーにはその能力がなかったのだ。  マルディノッジ家の子どもは、生まれてまもなく一族の霊廟に行く。 「啓示帳」と呼ばれる分厚い羊皮紙の本の前に、羽根ペンと水を用意し、先祖の声を待つ。すると、ペンが勝手に動き、水をインク代わりに、その赤ん坊がどんな能力を持っているのかを記すのだ。  そこでジェレミーは〝言えぬ〟と告げられたのだ。  当然、その後もなんの能力も発現しなかった。マルディノッジ家で初めてのことだった。 「なぜジェレミーは〝祝福〟ができないのかしら……夫も私も能力があるというのに」  母親はよくそう言ってため息をついていた。  数年後、第三子である妹が生まれてすぐ亡くなってしまったことで、母親はさらに精神的な余裕がなくなってしまった。  そこで遠戚ながら〝祝福〟の能力を持つイザベルを、養女に迎えることになったのだ。  ジェレミーが七歳、イザベルが五歳のときだ。  イザベルは、けがでも病でも治してしまう治癒の〝祝福〟を持っていた。  母親は自分に似た〝祝福〟を持つ養女に他界した娘を重ね、これ以上ないくらい可愛がった。  同時に、マルディノッジ家初の〝無能〟であるジェレミーは、親からの関心が薄れていった。唯一、兄ナタンだけがジェレミーを可愛がった。 「ジェレミーお兄さま、これ、きょうからイザベルのものにするわ」  そう言ってイザベルはジェレミーの私室からなんでも持っていくようになった。  猫可愛がりされ、全てのわがままを許されたイザベルは、この屋敷のお姫様になってしまったのだ。  ジェレミーだってイザベルが可愛いとは思っている。そのため彼女の要求を拒絶したことはなかった。  ただ、兄とフェルディナンが一緒に選んでくれた誕生日プレゼントのテディベアだけは、あげられないと断った。イザベルは泣き叫び、母親を呼んだ。母親はジェレミーをたしなめ、テディベアをイザベルに渡した。  その日、初めてジェレミーは家出をする。家出といっても、屋敷内のバラ園に隠れていただけなのだが。イザベルが養女になってから、両親どころか使用人たちもジェレミーに冷たくなったので、家出にすら気づいてもらえない可能性もあった。  そして運の悪いことに、庭師に扮して屋敷に潜り込んでいた男がジェレミーを誘拐しようとした。  七歳のジェレミーなど、大の男なら片手で担げる。ジェレミーは一度だけ大声を上げたが、すぐに口を閉じた。ナイフを突きつけられたのだ。 「刺されたくなかったら黙ってろ。この家の子なら身代金ががっぽりもらえるぜ!」  使用人用の裏口から、ジェレミーを抱えた男が逃げ出そうとした瞬間、背後から少年の声がした。 「ジェレミー!」  十二歳のフェルディナンは叫んだ瞬間、もう高く飛び上がっていた。いつの間にか手にした庭師の農具を振りかぶって。  フェルディナンが男を昏倒させて、ジェレミーを助け出したあとは、もうあまり記憶にない。  覚えているのは、一緒に誘拐を目撃した兄ナタンが大声で助けを呼び、護衛たちが駆けつける間に、フェルディナンが震えている自分をずっと抱きしめてくれていたことだけだ。  よかった、怖かったろう、可哀想に、と声をかけながら。そうやってジェレミーの頭を撫でるフェルディナンの手も、小刻みに震えていた。

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