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第1話 春の匂い
桜が咲く季節。いつもこの匂いに胸が高鳴る。
空が青い。
「おはようございます。」
仕事は雑用。いつ切られるかわからない契約社員だ。内容は巨大倉庫での商品ピッキング作業。
今まで引きこもりだったから、履歴書に書く職歴はない。やっと見つけた仕事は、3ヶ月ごとに延長手続きが必要な不安定な契約社員だった。
「おはようございます。」
数少ない人間のスタッフに挨拶する。老人ばかりの職場に男性社員が数名いる。フォークリフトの運転が必要だ。俺も講習を受けるように薦められている。というか、義務付けられている。
ずっと見栄を張って来たけれど受験に失敗してから数年の引きこもりの後、開き直って嘘はつかないことにした。
担任におだれられてランクの高い大学を受けて、落ちた。プライドの根拠はあのT大を受験した事だけだった。受験させてもらえる俺は、出来る奴だという錯覚。
落ちればただの行き場の無い浪人生。浪人すら止めてしまった。大学と同じくらいかかる予備校の授業料。親は来年もあるよ、と言ってくれたが
俺は引きこもった。
まさにニートだ。働かない、学ばない、何の準備もしない。人生は空っぽで,先の見えない暗闇だ、と日々を過ごしていた。希死念慮の化け物と化して。
やっと心の喪が明けて自ら這い出して来たのは4回目の三月の声を聞いたから。4年ぶり。
現役の奴らは大学も卒業して社会人だろう。
育ったのは九十九里海岸の近く。寂れる一方の限界集落に近い場所だ。ほぼ空き家と老人で構成されている地域。若い奴は見かけない。
俺一人が逃げ遅れた。誰か助けに来てくれ!
出かけるのは近所のコンビニのみ。それでも都会と同じ情報が溢れている。そんなポスターが客を錯覚させる。
働いているのはグエンだ。ベトナム人。心の中でベトナム人はみんなグエンと呼ぶ。働き者だが言葉が通じにくい。
とりあえず4年ぶりに外に出た。仕事も見つけた。引きこもり1年目に運転免許だけは取っていた。自宅まで送迎してくれる教習所があるのだ。
クソ田舎の便利さだ。車がなければどこにも行けないから。
初めての職場にも、4月からの担当者が来るらしい。本部からだ。4月に来るのは上司になる。
俺は3月に入った契約社員。同じ人間として扱ってもらえるのか、などと卑屈になる。
揃いのへんな上っぱりを着せられて、倉庫に行く。ダラダラと流れて仕事が始まる。
朝礼の類も無い。顔見知りのジジィたちの中に若い奴を見つけた。
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