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力強いドラムとベースが刻む、分厚いリズム。
それに乗せるようにして激しくギターをかき鳴らし始める、睦 。
短いシュレッドが速弾きへと変わった瞬間、体育館の空気が熱狂の渦へと変わる。周りの生徒が発する熱気にのまれ、俺は喘ぎ喘ぎステージを見た。
歌にあわせて、ギターがメロディーを刻む。
一音一音、声の微妙な揺れにまで正確にシンクロしている。
高校生離れした速弾きテクニックと、普段はけして出さないブルージーな歌声。睦はライブを重ねるごとに確実に巧くなっている。
部活紹介二日目。お堅いコメントが続きがちな中で、軽音部はこの場を熱狂的なライブ会場に変えてしまった。
「アツシ、かっけーぞぉ!」
野太い声援は高まるばかりだ。
一方で俺は、ガラス瓶に閉じ込められてしまった人形のように動けない。
他のときなら、音楽を聴けばそれだけで体が反応してしまうのに。いまは息することすらままならなくて。
それは、周りが押しあいへしあいして、狭くて動けないからではなかった。
ステージにいる睦が、俺のよく知っている睦じゃないからだ。
幼稚園から知っている睦。なのに、いまは別人のようで。昔、彼がアメリカに行ってしまっていた数年間みたいに、俺の手の届かないところにいる、そんな感じ。
睦たち三人は二曲を披露した。一曲は骨太なハードロック、もう一曲は、メロディアスなラヴソング。どちらも英語の歌詞で、アメリカ仕込みの流麗な発音で睦は歌う。
スローテンポな二曲目になって、会場はようやく落ち着きを取り戻した。俺はステージをふり仰ぎ、目を閉じて切ない恋のバラードに聴き入った。メローで濃厚な甘さの旋律。まだ高校生のくせに、なんでこんな曲が作れるんだ。あいつは天才か。
歌が繰り返しのサビにさしかかり、そっと目を開けると、睦とばちっと目があった。かっきりした切れ長の目が、じっと俺を見つめている。
不意を突かれてまばたきをすると、睦は眉をひょいとあげて微笑んだ。
それは単に幼馴染みの友達を見つけてそうしてるだけであって。睦なら、さもしそうなことだ。
ただ、それだけのことなのに。
さして、特別なことでもないのに。
まるでサプライズを食らったように舞いあがって、俺の息はたえだえになる。こんなふうに見つめてもらったことに、期待したってどうしようもないことをつい、期待したくなる。
苦しくて、頭の奥が痺れてきて、なぜだか泣きたくなった。この気持ちが顔に出ないように気を付けながら、心で呟く。
(好きだ、睦)
お前は思いもよらないだろうけど。想像もしていないだろうけれど。
届かない思い。
届けてもかなわない思い。
いったいいつからこんなに好きになってしまったのだろう。どうして、こんなに苦しい恋を始めてしまったのだろう。
勇気を出して告ったあげく、雷に打たれたみたいな顔で拒絶されたら最後、この世の終わりまで立ち直れそうにない。それが分かっているから、手の届きそうな距離でおとなしく指をくわえて眺めている。そんな四月の始まり。
***
明日は木村の数Ⅱがある。
理系クラスの数学を担当している木村は、年齢不詳、噂によると定年近い。分厚い眼鏡をかけた茶短髪の女教師だ。このおばさんがなかなかの曲者で、予習をしてこない生徒に体罰まがいのことをする。ついでに死にたくなるくらいの宿題もよこす。
いまどき体罰なんて。
あるかよ、んなの。
と、入学当初はナメてかかっていた。でも実際にそうだった。
試しにやってこなかった怖いもの知らずの同級生は容赦なく髪を掴まれ、机にガンガンと顔を叩き付けられて、ものすごい勢いで鼻血を吹き出していた。ほとんどの生徒が呆気にとられ、真っ青になった。
けれどそんな体罰も我が校ではたいして問題にならない。
男子校ということも理由の一つだろうし、高校入学時点で平均偏差値七十三の学力を落とすことなく、一人でも多くの生徒を東大に合格させることを至上命題としているPTAは、勉強のための多少の締めに寛大なのだ。
そしていまは夜の十時少し前。
クラスラインのチャットには、数名の「死んだ」発言が出てきている。
『キムラプリント十四ページ問2と3解答不能。死んだ』
『そこまで進んでない。誰か助けろ』
発言は七、八人だけれど、既読はほぼクラス全員の数。こんな愚痴がもはや日課のように綴られていく。
『予習は長期休みの間にまとめてやっておくべし』
こう書き込んだのは、真面目な桂木だ。
『十六ページ類3と4教えろ』
『ついでに全問』
時間と共にこんな書き込みばかりになってくる。
今夜は新しい連絡もないようだから、もういっかな。と、ラインを閉じようとした、そのときだった。
『今日の富谷かっこよかった』
こう書き込みがあって、瞬時、俺の手が止まる。
――富谷。富谷睦 。
その名の登場にラインを閉じられなくなった。
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