2 / 3
1-2
その名の登場にラインを閉じられなくなった。
数学の予習に厭き始めた何人かが話題にのってきた。
『5組の奴な。ギターすげえ巧い』
『作詞作曲もできる。今日発表してた曲も完全オリジナル』
安田だ。中学からずっと睦と同じ軽音部だから、こういうことをよく知っている。
『神』
『トミヤアツシノカミ』
『三人で演奏してるようには聴こえなかった。もう一人いるみたいだった』
『だから神』
…べた褒めされてるな。よかったな、睦。
『英語巧すぎ』
『声がセクシー』
ハート付。
『帰国子女』
『戻ってきたのいつ?』
『中一』
『いつアメリカに?』
『小3の終わり』
『お前詳しすぎる』
『俺とあいつは幼稚園から同じ。部活もいっしょ』
確かに安田は、睦の親友のような存在だ。俺など妬けてしまうほど仲がいい。
『学年末試験、学年三十位』
終わらない睦ネタに、俺はチャットから目が離せなくなる。
『ギターのネック、太い』
『手がでかい』
『身長もある』
『歌巧い』
『モーホーのケないけど、ちょっと抱いてもらいたくなった』
『体もデカいしナニもデカい』
『なにぃ? 頭良し、顔良し、ギター良し、声良し、それでブツもデカいだ~~~????』
『興奮すんな』
『デカいナニしごいて、手デカくなったのかも』
『いい加減にしろ』
エスカレートする悪乗りを安田が賢く制止する。
まったく。よくここまでくだらないことを連想できる。
俺は机に頬杖をつきながら、小さく溜め息を漏らした。
『奴のブツがでかいのは事実』
『どうしてご存じ?』
『中学で部活が一緒だった。合宿で風呂に入った』
『個人情報だ。それくらいでやめとけ』
『ナニのデカさも個人情報』
『でも、アレの時はもっとデカかったよ』
卑猥なその書き込みがあった瞬間、スマホを繰っていた俺の手が完全に止まった。
(――え…?)
突然、チャットに割り込んできた違和感。
それまで滞りなく進んでいたチャットが、しんと静まり返る。発言のキワドイさからじゃない。俺は成り行きを見守った。
『おまえ、誰』
それでまた書き込みが途切れる。
今のクラスのメンバーしかいないはずのクラスラインのチャットに、見知らぬ「Q」の名前。
一分くらい経ったとき、しびれをきらしたように園田が書き込む。
『アレってSEX?』
『そう。したことあるから。富谷と』
Qが即答する。
場が凍りついたのが伝わってきた。
「…うわ」
思わず声が出る。
誰だ?
こいつ。
鼓動が早くなって、スマホを繰る手が冷たくなった。
分かっている。こんな書き込みに反応するの、ホントばかばかしい。どうせみんな遊び半分でふざけているだけなんだから。
それは、分かってるんだけど。
『安田、このチャット立ち上げたのお前だろ。誰か分からないのか、こいつ』
『俺が預かったスマホ番号、3組のクラスメートの分だけ』
『でも全人数が四十三になってる。一人多いw』
つまり、Qはクラスメートじゃない可能性があった。
『3組だよ、おれ』と、Q。
『なら名乗れ』
その質問には答えない。
クラスラインはもとはといえば、クラス対抗イベントの情報とかを共有するためのチャットだから、他クラスの生徒が入るのはマナー違反だった。だから寺戸たちもこんなに過敏になっているのだ。
『面白い。当ててやろう、Qが誰か』
呼び掛けに何人かが賛同する。
『お前ら暇人だな』
『数学は終わったのか』
『数学より大事だ』
『風呂入って一発ヌイてたから遅れました。今から参加します』
『何発でもぬいてろw』
『開始。Qは誰か』
わらわらと書き込みがあった後で、しばらく間が空く。
『桜井拓 』
次の書き込みに体が跳ねて、固まる。
いきなり俺か。なんでだ。
『理由を』
『富谷とやってそう』
――ああ? なんだと?
『夜のおかず』
『美女だから』
『顔写真でマスかける』
うううう。
身悶える。もちろん怒りでだ。
なんでこういう展開になるんだよ。
『ダンスが巧い』
『中学の頃にはすでに巧かった』
『タクちゃんのダンスしてる顔すごくセクシー(ハート)。しゃぶりつきてえ(ハートハートハート…)』
…寺戸。いい加減にしろ。
『実際、あいつの写真はたくさんネットに出回っている』
『美形だから』
『締め付けよさそう』
『ふざけるな。本人が見てるぞ。いじめになる』
ああ。見てる。
もちろん見てるよっ。
スマホを持つ手がプルプルと震えてくる。
『あの二人は家が近い』
『桜井は頭もいい』
『学年トップだ。こうべを垂れろ、蹲え』
『後塵を拝せ。神だぞ』
『桜井様、十六ページの類題7問、解答全部、お願いします!』
途端に、よろしく、のスタンプの羅列。
『予習ノートの写真をアップしてくれればいい』
今度は、いいね、のスタンプが並んだ。
『そうしたら成りすましを許してやる』
ここにいたって俺は、憤懣やるかたなく、がたがたと震える手で書き込みをした。頭に血がのぼっているから、短いのに何度も打ち間違いをしてしまう。
『俺はQじゃない』
そのあとは。
もう。
エー嘘~、とか、失礼をばお許しを~!とか、答えだけは教えて~!とか、そんな書き込みばかりだったので、俺はラインを閉じた。知ったことか。
書き込みは続いているようで、スマホのバイブがやかましいから電源も切った。
それでも、黙ったままのスマホから目が離せない。
…Qが、気になって。
Qって――男? …だよな。「おれ」って書いてたもん。
睦とセックスしたって?
そんなバカな。
ともだちにシェアしよう!

