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 その名の登場にラインを閉じられなくなった。  数学の予習に厭き始めた何人かが話題にのってきた。 『5組の奴な。ギターすげえ巧い』 『作詞作曲もできる。今日発表してた曲も完全オリジナル』  安田だ。中学からずっと睦と同じ軽音部だから、こういうことをよく知っている。 『神』 『トミヤアツシノカミ』 『三人で演奏してるようには聴こえなかった。もう一人いるみたいだった』 『だから神』  …べた褒めされてるな。よかったな、睦。 『英語巧すぎ』 『声がセクシー』  ハート付。 『帰国子女』 『戻ってきたのいつ?』 『中一』 『いつアメリカに?』 『小3の終わり』 『お前詳しすぎる』 『俺とあいつは幼稚園から同じ。部活もいっしょ』  確かに安田は、睦の親友のような存在だ。俺など妬けてしまうほど仲がいい。 『学年末試験、学年三十位』  終わらない睦ネタに、俺はチャットから目が離せなくなる。 『ギターのネック、太い』 『手がでかい』 『身長もある』 『歌巧い』 『モーホーのケないけど、ちょっと抱いてもらいたくなった』 『体もデカいしナニもデカい』 『なにぃ? 頭良し、顔良し、ギター良し、声良し、それでブツもデカいだ~~~????』 『興奮すんな』 『デカいナニしごいて、手デカくなったのかも』 『いい加減にしろ』  エスカレートする悪乗りを安田が賢く制止する。  まったく。よくここまでくだらないことを連想できる。  俺は机に頬杖をつきながら、小さく溜め息を漏らした。 『奴のブツがでかいのは事実』 『どうしてご存じ?』 『中学で部活が一緒だった。合宿で風呂に入った』 『個人情報だ。それくらいでやめとけ』 『ナニのデカさも個人情報』 『でも、アレの時はもっとデカかったよ』  卑猥なその書き込みがあった瞬間、スマホを繰っていた俺の手が完全に止まった。 (――え…?)  突然、チャットに割り込んできた違和感。  それまで滞りなく進んでいたチャットが、しんと静まり返る。発言のキワドイさからじゃない。俺は成り行きを見守った。 『おまえ、誰』  それでまた書き込みが途切れる。  今のクラスのメンバーしかいないはずのクラスラインのチャットに、見知らぬ「Q」の名前。  一分くらい経ったとき、しびれをきらしたように園田が書き込む。 『アレってSEX?』 『そう。したことあるから。富谷と』  Qが即答する。  場が凍りついたのが伝わってきた。 「…うわ」  思わず声が出る。  誰だ?   こいつ。  鼓動が早くなって、スマホを繰る手が冷たくなった。  分かっている。こんな書き込みに反応するの、ホントばかばかしい。どうせみんな遊び半分でふざけているだけなんだから。 それは、分かってるんだけど。 『安田、このチャット立ち上げたのお前だろ。誰か分からないのか、こいつ』 『俺が預かったスマホ番号、3組のクラスメートの分だけ』 『でも全人数が四十三になってる。一人多いw』  つまり、Qはクラスメートじゃない可能性があった。 『3組だよ、おれ』と、Q。 『なら名乗れ』  その質問には答えない。  クラスラインはもとはといえば、クラス対抗イベントの情報とかを共有するためのチャットだから、他クラスの生徒が入るのはマナー違反だった。だから寺戸たちもこんなに過敏になっているのだ。 『面白い。当ててやろう、Qが誰か』  呼び掛けに何人かが賛同する。 『お前ら暇人だな』 『数学は終わったのか』 『数学より大事だ』 『風呂入って一発ヌイてたから遅れました。今から参加します』 『何発でもぬいてろw』 『開始。Qは誰か』  わらわらと書き込みがあった後で、しばらく間が空く。 『桜井拓(さくらいたく)』  次の書き込みに体が跳ねて、固まる。  いきなり俺か。なんでだ。 『理由を』 『富谷とやってそう』  ――ああ? なんだと? 『夜のおかず』 『美女だから』 『顔写真でマスかける』  うううう。  身悶える。もちろん怒りでだ。  なんでこういう展開になるんだよ。 『ダンスが巧い』 『中学の頃にはすでに巧かった』 『タクちゃんのダンスしてる顔すごくセクシー(ハート)。しゃぶりつきてえ(ハートハートハート…)』  …寺戸。いい加減にしろ。 『実際、あいつの写真はたくさんネットに出回っている』 『美形だから』 『締め付けよさそう』 『ふざけるな。本人が見てるぞ。いじめになる』  ああ。見てる。  もちろん見てるよっ。  スマホを持つ手がプルプルと震えてくる。 『あの二人は家が近い』 『桜井は頭もいい』 『学年トップだ。こうべを垂れろ、蹲え』 『後塵を拝せ。神だぞ』 『桜井様、十六ページの類題7問、解答全部、お願いします!』  途端に、よろしく、のスタンプの羅列。 『予習ノートの写真をアップしてくれればいい』  今度は、いいね、のスタンプが並んだ。 『そうしたら成りすましを許してやる』  ここにいたって俺は、憤懣やるかたなく、がたがたと震える手で書き込みをした。頭に血がのぼっているから、短いのに何度も打ち間違いをしてしまう。 『俺はQじゃない』  そのあとは。  もう。  エー嘘~、とか、失礼をばお許しを~!とか、答えだけは教えて~!とか、そんな書き込みばかりだったので、俺はラインを閉じた。知ったことか。  書き込みは続いているようで、スマホのバイブがやかましいから電源も切った。  それでも、黙ったままのスマホから目が離せない。  …Qが、気になって。  Qって――男? …だよな。「おれ」って書いてたもん。  睦とセックスしたって?  そんなバカな。

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