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第1話
やっちまった。
俺はまた思った。
週末、夜の平和なリビングだ。俺はソファに恋人を押し倒していた。義務教育が終わってないやつはここで帰れ。
キスに忙しかったから、シャツのボタンは手探りで外した。はだけた襟元に目が行きかけたところで彼からキスされて、俺はそっちに集中した。
触れるだけのキスも、やわい口の中に舌で触れ合うことも、もう何度もしている。
俺は彼の舌に応えながら、シャツの合わせから手を入れて彼の胴を撫でおろした。
手のひらが覚えのない丸みにぶつかった。
俺は視線を下げた。
小柄なブルネットの青年が俺を見上げている。
名前はマシュー。少し前に付き合い始めた恋人だ。
「ライアン……?」
マシューが俺の名前を呼んだ。
あらわになった細身のボディーラインから飛び出すように、胃袋のあたりがぽこんとふくらんでいた。
俺は思った。
しまった、食わせすぎた。
【それからの日々の話をしよう】
俺の家に強盗が入った事件からしばらく経った。
腕や手の浅い傷は大体治った。
法的な後片付けにはしばらくかかるが、ひとまずはカウンセリングを受けながら日常に戻る段階だ。
恋人のマシューとも順調だ。
一緒に食事して気づいたが、彼は細身なわりにけっこう食べる。
食べ方も上品だ。普通に会話しながら食事してるのに、気づけば皿がきれいになっている。
「おいしいね」とか「もうかぼちゃの季節だな」とか、そういう会話が生まれる食卓は楽しい。それが自分の作った料理ならなおさらだ。
俺は、彼が幸せそうに食べる姿を眺めるのがたまらなく幸せだった。おかわりを求められればつい入れてしまった。
それゆえの悲劇だ。
「ライアン……?」
マシューが何度かまばたきするたび、アンバーの瞳に淡い明かりが映りこむ。
俺は我に返るのにちょっとだけ時間がかかった。
昔の話だ。
俺は今と同じく、当時の恋人と食事をする事が多かった。ただし家に招く関係じゃなかったから、デートはもっぱら外だった。
ある日夜景の見えるホテルでフルコースを楽しんだ。当然その日は泊まりだ。
何も考えずに下から突いたら殴られた。
ほどなくして逆の立場を体験した俺は、己の無知を恥じた。
人間の内臓は一本の管だ。下から突いたら上から出る。
「ライアン、大丈夫?」
マシューが片ひじをついて体を起こした。
はだけたシャツの合わせから素肌が見えた。
ギリシャの美少年像を見たことがあるか? なければ今すぐ検索しろ。俺も作品名は言えないがそんな感じだ。
男の骨格と筋肉に薄い脂肪が乗った、三食きちんと食って働いている成人の体だ。
「…………」
俺は吸い寄せられるようにマシューの腹を撫でた。
丸いな。『丸くてかわいい』ってのは目をほめる言葉だが、腹にも使えるとは知らなかった。
自然と笑いがこみ上げてくる。
「いやあ、よく食ったな……!」
「笑わないでよ!」
マシューが笑いながら俺の肩を押した。俺の服に手を突っ込んで、|仕返《しかえ》しのように腹を撫でる。
「意外と固いね」
「立ち仕事だからな。鍛えてるんだ」
「なんの仕事?」
「小さいレストランでコックやってる」
「……バーテンダーじゃなくて?」
「なんだって?」
二人分の笑い声がリビングに響いた。
俺はマシューの柔らかい髪を両手で包むように撫でた。マシューがあごを上げて俺の手のひらにキスした。
色っぽい雰囲気は早々に切り替わった。
時計の針が真上を指すまで、俺とマシューは時間を忘れてじゃれあっていた。
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