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第12話

◆  さて、それから一夜が明けた。  顔の上に日が差している感じがして、俺は少し重いまぶたを開けた。  カーテンの隙間から細く朝日が差し込んでいる。  俺は片手でスマホの画面を点けた。アラームが鳴る時刻にはまだ余裕がある。 「ン……」  マシューが小さく身震いして俺を引き寄せた。  寝る前に着るものは着たとはいえ、冬に向かう季節の朝は冷える。  俺はマシューの肩に毛布をかけた。  薄明るい部屋の中で、ブルネットにぼんやりした天使の輪が映っている。  背景に見慣れた部屋の天井がなかったら、うっかり天国に来ちまったと思うだろう。  俺は指先で輪の輪郭を撫でた。  マシューが深呼吸のような息を洩らして薄目を開けた。見える景色を確かめるように浅くまばたきして、俺の頬ごと包むように頭を撫でる。 「おはよう」  額同士が触れた。  感触を確かめるように擦りあわせてから、マシューが腕を突っ張って上体を起こす。 「きみの分のパンも焼いてきていい?」 「あと10分待ってくれ。一緒に作ろう」  俺たちは身支度を済ませてキッチンに降りた。  冷蔵庫を開け、ベーコンと卵を作業台に出す。 「お湯沸かすね」 「ああ」  俺は熱したフライパンにベーコンを並べた。片面を返し、片手で卵を割って上から落とす。  ふといい匂いがして振り返ると、マシューがトースターからクロワッサンを出したところだった。 「お皿はこれでいい?」 「ああ。ありがとう」  テーブルの上に朝食一式が並んだ。  クロワッサンとベーコンがいい色に焼けている。  俺はその横に温めなおしたローストベジタブルを添えた。  昨日はそれどころじゃなかったが、一応夕食の仕込みは済ませていた。冷蔵庫で一晩待たせてもうまい、いい奴だ。  俺はコーヒー、マシューは紅茶を入れて席に着く。  妙にくすぐったいような、ひどく落ち着いているような、独特な気分だ。  ときどき目が合ってふっと笑うマシューに、相変わらずたまらない気分になる。  可愛いな。冗談みたいに可愛い。愛しいとも言うんだろう。  もし俺が中世の貴族だったら、数時間後には画家を呼びつけて肖像画を書かせてただろう。  現実にはとっくにそんな時代は過ぎていて、写真や動画を何百枚撮ったところでこの時間は永遠にならないし、俺にもマシューにも仕事がある。 「俺は午後から出勤なんだが、きみは?」 「夜勤だから一旦家に帰ろうかな」  皿を片づけてめいめいに家を出る支度をした。  玄関を出る前に軽く腕を引かれた。キスした。 「じゃあ、また来週」 「ああ。気をつけて帰れよ」  俺とマシューはそれぞれに笑って家を出た。  こういう日が日常になるといいな。先のことは分からないが、そういう未来は歓迎だ。  職場に着いた。カギは空いていたがシェフの姿はなかった。ロッカールームを開けた。いた。 「おう」  シェフは少し笑った。 「顔色が良くなったな」 「ええ、まあ」  俺は笑った。 「ご迷惑おかけしました」  シェフは肩をすくめた。オリバーのロッカーを指した。 「この二週間でオードブルは一通り教えた。客に出すにはあと少しだ。見ておいてやれ」 「はい」 「まあ、そうあわててわしの仕事をとるなよ。ドラマでもあせって復帰した刑事は苦労してる」 「ドラマ?」  俺は思わずシェフの顔を見た。10年近い付き合いで初めて聞く単語だ。 「オリバーに勧められたんだ。今朝シーズン3まで見た」 「寝てください」  シェフは片手を振って厨房へ出ていった。  俺はあっけにとられてその背中を見送った。  着替えを済ませたころにロッカールームのドアが開いた。 「おはようございます」 「おはよう」  オリバーは自分のロッカーに荷物を置いて、俺に近づいてきた。  なんだ、ドラマの話か?  オリバーは珍しく言いづらそうに頬をかいた。 「この前の写真、消していいっすか」 「いいが、どうした?」 「彼女にすげえ怒られました」  俺は吹きだした。 「奇遇(きぐう)だな。俺もだ」 End.

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