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第11話

「……ッ、は…」  良かった間に合った。  俺は自分ちのソファに押し倒されながら思った。  指を絡ませて唇を重ねあう。舌を触れ合わせてくすぶる熱が燃え広がるのを楽しむ。  今キスで忙しいんだ。細かい話はあとだ。  家のカギを開ける間、マシューはおとなしく俺の後ろで待っていた。そのままおりこうに手を洗ってうがいまで始めたから、俺は彼の生活様式に感心しつつ、手を出すタイミングを見失った。俺も同じことはした。安心しろ。  マシューが迷子の子供みたいに俺の後ろをついてくるので、俺はソファをすすめて先に腰を下ろした。  同じ高さでマシューの顔を見て理解した。 『よし』待ちのボーダーコリーだった。  恋人を動物にたとえるのに賛否(さんぴ)あるのは分かってる、俺も同感だ。だが飛びかかりたいのをぎゅっと我慢(がまん)している姿はとんでもなく可愛かった。 「マシュー。…おいで」  言ったとたんに押し倒された。そして今に至る。  俺はソファにあおむけになったままマシューにリードを渡していた。ここまで待たせたぶん、気が済むまで彼の好きにさせてやりたかった。真実を言うと俺もここまで待ったぶん、念入りにマシューを愛でていた。  体の上に乗る重さが心地いい。しかし軽いな。羽か?  何度もついばみあった唇が重くなる。それぞれの口から長い息継(いきつ)ぎが()れた。  俺はマシューの頬を撫でながら聞いた。 「マシュー。俺をどうしたい?」 「なんでっ、そんなこと聞くの……っ」  マシューはきゅっと眉を寄せて、()れたように声を(しぼ)った。 「言わないなら俺が抱くぜ」  俺は声をひそめてマシューの腰を抱き込んだ。(じざ)した互いのそれがぐりっと当たった。  マシューはさっと赤くなった。横に目を伏せて押し黙った。  ん、否定しないな? 意地でも俺を抱くって言い張ると思ったんだが。 「……きみとなら、いいよ。ボトムは初めてだけど、そうなってもいいように準備してきたから」  俺は頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。だからぽろっと口から出た。 「俺が教えたかったのに!?」 「きみが言うんだ?」  大きい目ってのは半眼(はんがん)でも可愛いんだな。 ◆  俺はマシューと入れ替わりにシャワーに入った。  出かける前にも浴びたからそう時間はかからない。  野暮(やぼ)ことは聞くなよ。マシューも言ってただろう、どうなっても大丈夫なように準備は済ませてたって。  俺は髪を拭きながら数分前のことを思い返した。 『……きみとなら、いいよ。ボトムは初めてだけど、そうなってもいいように準備してきたから』  俺は瞬時に考えた。この天使を一晩じっくり抱くか、この天使が(おおかみ)の顔をするのを見るか。  後者だ。  正直出会ったときは抱く気しかなかったが、ここまで焦らして「やったぜよし俺が抱く」とは言えない。  あと初めてのボトムなら1回が限度だ。それはちょっとな、俺が踏みとどまれそうにない。  ただし今言った理由は全部後付(あとづ)けだ。 『準備はしてきたけど、今日はきみを抱きたい』 『いいぜ』  気づけば俺はそう答えていた。  多分だが車買ってくれって言われても(うなず)いてた。マシューが善人で命拾(いのちびろ)いしたな。 『早めに準備するから、シャワー浴びてきな』  俺はマシューのこめかみに口づけてソファーから下りた。  さて、行くか。  俺はバスローブをひっかけて寝室へ向かった。  リビングに出しておいた一枚が消えてたから、マシューは正しく着替えを選んだんだろう。  いや、短い時間だ、何を着てたっていい。  俺は寝室のドアを開けた。間接照明(かんせつしょうめい)の淡い明かりが足元を照らした。  マシューはベッドに腰かけていた。ドアが開く音に反応してぱっと俺を見た。  マシューがきゅっと唇を結んだ。飼い主を待ちかねた子犬みたいだった。  俺はめちゃくちゃに庇護欲(ひごよく)をそそられた。心底可愛いと思った。 「寂しかったか?」  俺はベッドに片膝(かたひざ)をついた。フレームが小さくきしんだ。  マシューは一瞬ぐっと言葉に詰まった。それでも一度目を閉じて、浅く息を吐いてまた開いた。困ったように口元だけで笑った。  シーツについた手にマシューの手が重なる。唇が触れる距離まで顔を近づけて、マシューは内緒話をするように声をひそめた。 「くやしいなあ。他の人にもそんな姿見せたの?」 「意地悪言うなよ」  おっとそういう言葉攻めもするのか? いいな、めちゃくちゃ興奮する。  アンバーの瞳は淡い明かりの中では()けるような飴色(あめいろ)に見えた。穏やかだが高い熱を閉じ込めた眼差しだった。その目が俺を(とら)えたままゆっくり瞬きする。 「もっと早く会えればよかった。そしたらきみをひとりじめできたのに」 「今からじゃイヤか?」 「……イヤじゃない」  音もなく唇が触れた。  瞳の熱さに反して、触れるだけの優しいキスだった。

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