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最終話
引っ越し業者からの段ボールが届き、晃は本格的に荷造りを始めた。四年も住んでいたから荷物が多い。洋服や日用品だけを詰め込み、大学の教材や小説は実家に郵送させてもらうことにした。
一人の部屋はここよりずっと狭い。
もう退去日までわずかしかないのに圭吾は荷造りをしている様子がない。ぼんやりと携帯を見たり、外に散歩しに行ったりとふらふらしている。
さすがに心配になってきた。
「荷造り進んでる?」
「いや」
「部屋は決めたの?」
「まだ」
生返事なのが気になる。一緒に探しに行こうかと提案しようかと思ったが、好かれてもない男にそこまでされたら怖いだろうともう一人の自分に止められてしまう。
もう一緒にいられないのなら最後に楽しい思い出を残したい。そのための卒業旅行が遠い昔のように感じてしまう。
ベッドサイドに置かれたクラゲのぬいぐるみは一人寂しく置かれたままだ。せっかく手に磁石がついているのに相方とくっつくことなく垂れ下がっている。
長い手足をくるくると遊んでいるとドアをノックされた。
「ちょっと出かけないか」
「いいよ。どこ行く?」
「すぐそこ」
コンビニに行くようなラフさで外に出ると季節は春に変わり始めていた。
桜のつぼみが出て、まとう空気はひだまりを吸い込んで温かみがある。日差しは燦々と降り注ぎ、草花がいまかいまかと開花を待ち望んでいるようだ。
前を歩く圭吾は一度も振り返らず、どんどんと先へ進む。この道ももうすぐ歩かなくなる。
いつかこの瞬間を忘れてしまうのだろう。
通学路に転がっている石の色も川のきらめきも日差しの温かさも。
全部、なに一つ違わず記憶に留めておくことなんてできない。
圭吾と歩くこの一瞬をどうやったら自分の中に残しておけるだろう。
忘れたくないのに記憶はきっとセピア色に褪せてしまう。
大学前にある川べりに着くと圭吾はしゃがんだ。桜が咲けばレジャーシートを敷いて花見をする人で溢れているが、いまは誰もいない。
シロツメクサやタンポポが一足先に咲いているのを尻目に圭吾は足元の草に注視している。
「なにか探してるの?」
「四葉のクローバー。お、あった」
圭吾は素早くクローバーを見つけるとそれを押しつけられ、また探し始めた。
連れて来たくせにほったらかしにされている。
手持無沙汰なのでシロツメクサで花冠を作った。以前葵にせびられて憶えたのだ。
小さな花冠を作り終えると圭吾の手には新たな四葉のクローバーが握られている。
「よくこんなちまちましたの作れるな」
「結構簡単だよ。それよりクローバーなんか集めてどうするの?」
「こうするんだよ」
圭吾が二本のクローバーの根元をきつく結んだ。
「フロント国のおまじない?」
「そう。月見草じゃねぇけどな」
ぎゅっと固く結ばれたクローバーはすぐには解けないだろう。
手のひらにのせられたクローバーをじっと見下ろしていると圭吾が小さく息を吸い込んだ。
「好きだよ」
ひゅんと春風が一陣吹き、前髪をかき上げられた。
草花が揺れ、木の葉ががさがさと揺れる。
小鳥が歌うように囀り、遠くて笑っている子どもの声が聞こえてくる。
時間が止まってしまったかのように圭吾を見つめた。
まばたきすら忘れていると目の表面が乾いていく。瞼を閉じると眼球がじんわりと水分に覆われ、涙となって溢れた。
止められない涙を手で擦っていると圭吾の顔が近づいてくる。頬に唇を寄せられ涙を舐め取られてしまい、うわぁと後ろに仰け反った。
ぼふんと草原に倒れ込む。空が青い。空気が澄んでいる。ぽかぽかな日差しが眩しい。
「あんなにシリウスさんのこと好きだった癖に」
「大涌谷でのアレが効いた」
人の目を気にせず岩肌に向かって叫んだことを思い出し、恥ずかしさで頬が熱い。
「……でも、そんなの信じられないよ」
「晃を孤立させて俺に依存させて、他の奴の目に触れないようにしてた独占欲も?」
「まどろっこしくてわかりづらい」
「晃の方が前世に引っ張られすぎた」
「そんなことない!」
がばりと起き上がると圭吾が不機嫌そうに唇を尖らせている。
圭吾の顔は相変わらず熟れた果実のように真っ赤のままだ。そんな顔、初めて見る。
「晃が言ったんだろ。いまの僕を見ろって。こんな簡単なこと、なんで俺は気づかなかったんだろうな」
大きな手に頬を包まれた。少しかさついてケアもされていないからちくちくする。でもそれが圭吾らしい。
「好きだ。何度だって言うよ。今度は俺の番だな」
「……圭吾っ!」
堪らなくなって飛びつくと勢いに負けた圭吾は後ろに倒れた。でもしっかりと腰を抱いてくれ、晃が怪我しないように庇ってくれている。
「僕も好きだよ。圭吾だけ……大好きだ」
譫言のように繰り返した。どれだけ伝えても足りない。言ったそばからどんどん好きが更新されて増えていく。
一秒前よりももっと愛しさが溢れてくる。こんな気持ちにさせてくれるのは圭吾しかいない。
ひとしきり好き好き言い合っていると「イチャイチャしてる!」と子どもの声で飛び起きた。誰もいないと思った川べりにいつのまにか子連れ家族やカップルが集まっている。
「逃げよう」
圭吾に手を繋がれて坂を登り走って逃げた。反対の手にはしっかりと四つ葉のクローバーが握られている。
「ちょっと圭吾、待って」
「無理。待てねぇ」
「まっ……んぅ」
玄関に入るやいなや首筋にキスをされて、熱い吐息に肌が粟立った。逃げようと身体を捩っても後ろから抱きしめられる腕の力の方が強い。
手を繋いで歩いている間も圭吾は意味深な視線を寄越してきて、指を撫でられた。さすがに色恋に疎い晃でもわかる。
でもまさか玄関に入ってすぐ事を進めようとするとは思わなかった。
襟足に何度もキスをされながら手はシャツの間をすり抜けてくる。脇腹を撫でられ、上にのぼってきて赤い突起をつんと指で弾かれた。
普段あることすら忘れているそこに意識が持っていかれる。
「触っていい?」
「……ここじゃ嫌だ」
精一杯の抵抗のつもりなのに声がか細く震えてしまっている。圭吾に触れられただけでもうどろどろに溶かされそうだ。きっとアイスが溶けるよりも早いスピードで液状化してしまう。
晃の訴えを無視して圭吾の指は大胆になった。
乳首を撫でられるだけで身体が震えてしまう。わずかな快楽でもしっかりと下半身に届き、布地を押し上げているのが目に見えた。
恥ずかしくて内股にしていると間に足を挟まれてしまった。
「気持ちいくせに」
「圭吾に触られたら……そうなるよ」
「なんでそんな煽るような真似するかね」
「煽ってなんか……むぅ!」
横を向くとキスをされた。初めて触れる唇はレモンのような酸っぱさもチョコレートのように甘くなかった。
かさついて皮が剝けていてざらついている。お世辞でも感触がよいわけでもないのに気持ちがいい。
ねっとりとした舌が唇の間を割って咥内に入ってくる。歯を一本一本確かめるように舐められ、舌を吸われた。くちゅくちゅと卑猥な音に身体の熱は高まっていく。
長いキスは息継ぎするタイミングがわからない。
腕から逃れようにも力では到底叶わない。酸欠で頭がくらくらしてきて、足の力が抜けると頭上から笑い声が降ってくる。
「キスするときは鼻で呼吸すんだよ」
「知らないよ。そんなこと」
なにもかも圭吾が初めてなのだ。手を繋ぐのもキスをするのもこの先のことも
「圭吾が教えてくれるんでしょ?」
じっと見上げると圭吾の目元は怖いくらい真剣な表情になり、横抱きにされる。
ドアを足で乱暴に開けた圭吾にベッドに放り投げられた。
「もうちょっと丁寧に扱ってよ」
訴えても圭吾の目はギラギラとしている。服を手早く脱ぎ、パンツ一枚になると覆いかぶさってきた。
「全部俺が教えてやる」
「……や、やさしくしてください」
首に腕を回すとまたキスをされた。
親しか見せたことがない蕾を眼前に晒すように足を広げさせられ、恥ずかしさで死にたくなった。
いやいや首を振って抵抗しても、「よく見せろ」と片足を肩にかけられて身動きがとれない。
劣情感を煽られ性器はぐんと張りつめた。
下着姿の圭吾は一部分だけ膨れ上がり、彼の興奮度合いを表している。
「やばいな。何度か見てるはずなのにずっと見てられる」
「明るいのやだ。カーテン閉めて」
「無理」
「そんな」
青ざめる自分とは正反対に圭吾は顔を真っ赤にさせて興奮しきっている。
日差しがたっぷり入る南向きの部屋は晃の身体を隠せるものがない。布団は汚したら洗うのが大変だからと床に放り投げられている。
毛穴や産毛など細かいところまで見られると思うと恥ずかしい。
「いつも風呂上がり裸のくせに」
「あれとこれとは違う」
「俺がどれだけ我慢してたかわかったか」
なぜ上から目線なのか。こんな陵辱的なことをされるくらいなら服がベタつこうが着ておけばよかった。
圭吾は上半身を曲げて、兆している亀頭をぺろりと舐めた。その刺激だけで先からじんわりと蜜が零れる。
躊躇いも見せずに圭吾は口を開き、一息で飲み込まれてしまった。
「あぁ、んぅ……あ」
裏筋を舌で辿られ、窪みをぐるりと一周されると堪らない。鈴口から溢れた先走りを嚥下され、また舌が根元へと移動する。
「圭吾……やっ、んん」
髪の間に指を入れて引き剥がそうとしてもびくともしない。むしろどんどん口淫が深くなり、射精感が高まってきた。
「あっ、イク……離してっ」
「このまま出せ」
「だめだめ……あっ」
ぽんと風船が割れるように射精すると圭吾は一滴残らず口で受け止めてくれた。
唇を拭って身体を起こした圭吾にキスをされて、その生臭さに悲鳴をあげた。
「うぅ……自分の精液とか最悪」
「おまえ、全然処理してないだろ」
「だって面倒だし」
元々性欲に関しては淡白だったのだろう。限界まで溜まったら処理する程度でその行為も事務的にこなしていた。
「俺のことオカズに抜いたりしないのかよ」
「そういえばあんまり考えなかったかも」
「じゃななにで抜いてたんだよ」
唇を尖らせている圭吾を不覚にも可愛いと思ってしまった。
「なんかもう適当に。なにも考えずっていうか」
「ふーん」
不満な表情を隠そうともせず、圭吾にじろりと見下された。
「じゃあこれからは俺のこと考えながらじゃないとイけない身体にする」
「なにをーーひゃっ!」
両足をさらに広げさせられ、双丘を引っ張られる。秘部がきゅんと締まるのがわかる。
そこに顔を寄せられ、舌でちょんと突つかれた。
「それはやだ……あぅ」
さすがにあり得ないと抵抗しても難なく制されてしまう。力では勝てっこない。
舌が肉壁の中に入ってくる。ぐるりと中で回転され、入口付近を舐められると口淫とは違う快楽が脊髄を駆け上がってきた。
「ひっ、ぅん、あぁ……あっあ」
空いた手で性器を扱かれると簡単に芯を持ち始めた。
「これぐらいかな」
身体を起こした圭吾をぼんやりと見上げた。気持ちよさが限界突破して身体に力が入らない。
「そのまま力抜いてろよ」
蕾の回りを辿っていた指がゆっくりと中に侵入した。唾液で濡れているとはいえ、引き攣るような痛みがある。
眉を寄せると圭吾は頬にキスをしてくれた。
「ゆっくり息を吐いて。そう、上手」
圭吾の指示に従いながら深呼吸を繰り返した。痛みで息を詰めると動きを止め、キスや愛撫をしてくれる。
そちらに気を取られているとまた指が深くまで入ってくる。
労わるような動きはまどろっこしいほど丁寧だ。気が短い圭吾とは思えないほど時間をかけてくれている。
我慢しているだろうにその様子を微塵も感じさせず、ただ晃が気持ちよくなるように手を尽くしてくれていた。
圭吾の手と口で排泄器官が性器に生まれ変わろうとしている。
二度目の射精をすると腹に精液がかかった。熱い飛沫に腹が波立つ。
それを指ですくわれ、中に塗りつけられた。指が三本に増えると圧迫感が増す。
内臓を移動させられているかのようにぐりぐりと指が蠢く。なにかを探しているかのような動きだ。
「あっ、あぁ!」
奥まった箇所で指を曲げられると身体が陸に上がった魚のように跳ねた。剥き出しの性感帯を触られたような強い刺激に目を丸くさせていると圭吾は白い歯を覗かせた。
「ここだな」
「待って……あっ、あ、んぁ!」
強く押されると感電したみたいに身体が小刻みに震える。
そこを何度もしつこく押されるとまた性器は芯を持った。二回も出したのに元気過ぎる己自身に驚いてしまう。
「もういいか」
ずるりと指が引き抜かれ、もの寂しさに蕾がきゅんと収縮した。
顎に溜まった汗を乱暴に拭った圭吾は下着をずらし、性器をあてがった。
腰を進められると蕾が開いていく。苦しくて痛い。でもやめて欲しくない。
圭吾の背中に腕を回した。汗で濡れているお陰で手にしっかりと馴染む。
尖った肩甲骨を撫でると圭吾の肩が跳ねた。逞しい上腕二頭筋から胸筋を辿り、規則的に動く腹筋を撫でる。自分とは違う雄の貫禄にほうと息が漏れた。
「身体きれい」
触り心地のよい肌を撫でると胸が高鳴っていく。
露天風呂では恥ずかしくて見られなかったけれど、なぜかいまなら瞬きが惜しいほど見ていられる。気持ちが通じ合ったお陰だろうか。
愛しさが込み上げてきて、割れた腹筋に手を伸ばした。
「くそっ、こっちは馴染むまで我慢してるのに」
「圭吾? うわっ、あっあ……まっ、んん」
「煽りすぎなんだよ、莫迦」
腰を掴まれると圭吾は荒々しく律動を始めた。腰を揺すられるたびに中の性器がどんどん奥へと挿入ってしまう。
弱い部分を掠められたとき、背中が弓なりにしなった。
腹筋を撫でていたはずの手を握られ、交わりが深くなる。
余すところなく一つになれた多幸感で涙が出た。
「圭吾、圭吾」
押し寄せてくる快楽という名の大波に飲まれそうになる。このまま流されてどこかに行ってしまわないように愛しい人の名前を何度も呼んだ。
眉間の皺を寄せた圭吾からも気持ち悦さそうにしているのが伝わる。
「このまま出すぞっ」
「いいよ、あっん、んぅ」
ラストスパートをかけるように圭吾の動きが荒々しくなる。
中の性器がもう一段階膨張すると熱い飛沫を注がれた。一滴も残さないように腰を小さく揺らしながら中に出される。
圭吾が体重をかけないように覆いかぶさってきて頬にキスをしてくれた。
次の入居者が決まってしまったらしく、部屋を更新したいと申し出たが断られてしまった。新しく部屋を探しても三月というハイシーズンでなかなかいい物件は見つからない。
都内の商社に入社が決まっているので実家に帰るわけにもいかない圭吾は晃の家に転がり込んできた。
単身用の1Kに二人は狭い。ダンボールがテトリスのように積みあがった部屋に一人用の布団にぎゅうぎゅうになって眠る。当然我慢できるわけもなく、毎晩のように身体を重ねていた。
お互い言葉にするのが得意ではない。だから気持ちを雄弁に伝えることができるセックスは一種のコミュニケーションツールだ。
もう何度果てたかわからない身体はずしりと重たい。狭い布団からはみ出さないようにぎゅうと抱き合いながらピロートークをする時間が好きだ。
情事後の高揚感もあり、いつも訊けないこともすんなりと言葉に出る。
「なんで一緒に住みたくないって言ったの?」
「だからおまえが裸でウロウロするからだろ」
「絶対それだけじゃないよね?」
詰め寄ると圭吾は唇をへの字に曲げた。その顔は他にも隠していると長年の付き合いでわかる。
「また一緒に住むなら圭吾が嫌がることしたくないんだよ」
別れを告げられたらと思うと胸が痛む。あのときの喪失感をもう二度と味わいたくない。
じっと見上げていると観念したのか圭吾はやっと口を割った。
「……晃が電話で誰かにプロポーズしてるの聞いたんだよ。いつのまに彼女作ってるんだってショックだった」
「彼女? プロポーズ?」
自分にそんな人はいない。なにを勘違いしているのだと笑い飛ばそうとしたが、圭吾の顔は真剣そのものだった。
「彼女なんていたことないけど……プロポーズは葵かな? 保育園行く前に電話かかってくることあるし」
「あの女、油断も隙もねぇな」
「もしかして本気でライバル視してるの?」
葵はまだ三歳だ。確かに可愛いとは思うがそれは姪だからであって、天地がひっくり返っても恋愛対象にはならない。
「女ってのは成長すると化けるだろ。茜の娘だからまずまずいい線いくはずだし」
「僕には圭吾だけだよ」
これだけ毎晩身体を重ねているのに伝わっていないのだろうか。
不安にさせてしまっているのは晃の努力がまだ足りない証拠なのだろう。
「じゃあこれあげる」
「これって」
「クローバーを押し花にして栞にしたんだ」
ベッドサイドに隠してあった赤色のリボンで結んだ栞を渡すと圭吾は目尻を下げた。あのときの誓いも全部この中に閉じ込めている。
四葉のクローバーの花言葉は「幸運」。
これからの未来を繋ぐのにぴったりな花言葉だ。
「僕は圭吾に出会えたことがなによりも幸運だよ」
「俺も。出会ってくれてありがとな」
圭吾の顔が近づいてきてぎゅっと目を閉じた。触れるだけのキスなのにまだこういうことには慣れない。心臓がいくつあっても足りないくらい毎日ドキドキさせられる。
長い腕に抱きしめられて背中に腕を回した。とくとくとはやる心臓は自分だけではない。二つの音が重なり合っている。一つになれないからこそ奏でられる幸せな音がある。
栞をぎゅっと握って、幸せを噛みしめた。
***
『……ーマ、トーマ様』
『……シリウス?』
『なかなか起きないから心配しましたよ』
トーマは身体を起こして目を瞠った。どうやら外で眠っていたらしく、周りは色鮮やかな草花で溢れ、風が吹くと花の香りがする。
穏やかな日の光が眩しい。
頭に草がついていたのかやさしい手つきで取ってくれ、恋人は柔らかい笑みを向けてくれた。
『ここは?』
『さあ? 俺も気づいたらここにいたので』
温かい日差しや緑豊かな草原は一年中雪で覆われているフロント国ではないのだろう。こんな場所近くの国にあっただろうか。
でもすぐにどうでもよくなった。周りに人の気配がない。つまりシリウスと二人きりだ。
もう人の視線を気にしなくていいのだと思うと気持ちが軽やかになる。
『寝ている間、ずっと笑ってましたよ。なにかいい夢をご覧になったんですか?』
『いい夢……』
その言葉に様々な記憶が蘇ってくる。自分の来世に会ったこと、日本という国で大学に行ったこと、観覧車に乗ったこと。
一通り話終わるとシリウスは目を細めた。
『随分楽しそうな冒険譚ですね』
『嘘だと思っているだろ』
『そんなことありませんよ』
鈴が転がるような笑い声にほうと息を吐いた。やはり晃とシリウスは違うと実感する。
『シリウスの来世にも会ってきたよ』
『俺の?』
きょとんと小首を傾げて、シリウスは期待に目を輝かせている。
『俺はトーマ様の来世でも恋人でしたか?』
『いや……でもあの二人なら大丈夫だろう』
なにせ自分とシリウスの生まれ変わりなのだ。例え引き裂かれても自分たちには強い運命の力が働いている。
だからきっと大丈夫だ。
『……シリウス、愛している』
顔を近づけると目を閉じてくれる。唇を合わすとシリウスの長い睫毛が震えた。
愛おしさが込み上げてきて、小さな背中を強く抱きしめた。
『俺を見つけてくださってありがとうございます』
『私を愛してくれてありがとう』
ぎこちなく回された腕が離れていなかないようにさらに力を込めた。
また強い風が吹いた。花弁や葉を攫い、上空へと飛ばされていく。
ずっと、ずっと遠い先まで二人が幸せであることを祈った。
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