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その腕で閉じ込めて

利与那(りよな)、充電させてくれ」  就寝前、僕の部屋に突撃してきた先生は、そう言いながらベッドに座っていた僕にギュッと正面から抱き着いてきました。  それをこちらからもぎゅぅっと優しく抱きしめ返すと、先生は深く溜息をつきます。 「どいつもこいつもムチャばかり言いやがって……いつか殺してやる」  グリグリと肩に頭を擦り付けながら文句を言う彼の頭を撫でると、気持ち良いのか大人しくなって腕の中に納まります。 「今日もいっぱい頑張ってえらいえらい」  頭を撫でながらそう言うと、少し抱きつく力が強くなったような気がしました。 「今日は一緒に寝ましょうか?」  僕がそう提案すると、先生は「ん」と言いながらモソモソと動き出して布団に入ります。  それを見守ると、自分も布団に入りまた先生をぎゅぅっと抱きしめるのでした。  彼と初めて出会ったのは、僕が飼われていた研究所の応接室でした。  幼い頃に強い再生能力を持っている事が判明した僕は、親に売られるようにその研究所へやってきました。  僕の両親だった人達はいつもほとんど家には居らず、食事も最低限でたまに帰ってきても鬱陶しそうに僕に手を上げるような人達だったので寂しさはありませんでした。  連れてこられた研究所でも死なない程度の衣食住の保証以外は何もなく、ただただ苦痛な実験を繰り返す毎日が始まりました。  ある程度大きくなると、暇を持て余しているのか一部の研究員から無意味に暴力を受けたり思い出すのも不快な事を強要されたりするようになり、ひたすらに早く死にたいと思うようになっていました。  そんな時、彼と出会ったのです。  事前に担当の職員から、彼の経歴等を教えてもらっていました。  天才だけれど性格に問題のある方で、いつ何をしでかすか分からないので僕がサンドバッグ代わりにされるそうです。  正直僕はもう人生を諦めていたので、複数いた加害者が一人になるなら楽だな。とボンヤリと考えていました。  応接室で顔合わせをした彼は、同席していた偉い人から僕の事を説明されると暫し思案するように遠くを見たあと、何を考えているのか分からない無表情でこちらを見ます。  目が合うと、思わずビクッと肩がハネてしまいました。  慣れたつもりでも、怖いものは怖いのです。 「え、えっと、伏見利与那(ふしみりよな)です……。よろしくお願いしま……す?」  そう僕が恐る恐る自己紹介をすると彼は無表情だった顔を崩して少し苦笑いしながら、 「佐渡誠実(さどまこと)だ、よろしく」  と手を差し出したのでした。  それからの暮らしは、僕が思っていたよりずっと穏やかなものでした。  幼い時から研究所で実験動物のように過ごしてきて何も知らない僕に、彼はいろんな事を根気強く教えてくれました。  小学生の勉強レベルから、社会常識、家事炊事まで、生活に本来必要な事以外にも僕が興味を示した事まで何でも。  そして僕が歳下の彼を敬意を込めて「先生」と呼ぶと、一見ムスッっとしているようにも見える真顔を少し崩し恥ずかしそうにしつつも僕の頭をワシャワシャと撫でてくれるのです。  それが泣きそうなくらい嬉しくて、毎日幸せな気持ちでいました。  そんなある日、仕事から帰ってきた先生の様子がどこかおかしい事に気付きました。  眉間にシワを寄せて、苦しそうな、何かに耐えているようなその表情に胸がざわつき心配で仕方ありませんでした。  夕食後、静かに先生の部屋を訪ねます。  コンコン  ノックに返事がありません。  先生の部屋に鍵はないのですが、勝手に入らないようにと言われていたので少し躊躇いつつも耐えきれず 「先生、大丈夫ですか…?」  そう言いゆっくり部屋を覗くと、先生は布団に座って物憂げな顔でジッと床を見つめていました。 「先生……?」  声をかけてもピクリともしません。  具合が悪いのかと手を伸ばすと 「触るな」  と静かに先生が言いました。  初めて彼から拒絶の言葉をかけられ、思わず後ずさります。  でも、どうしても、この人の事が心配で。  僕は彼の言葉を無視して、ソっとその頬に触れました。  そこから先の事は、あまり覚えていません。  意識がハッキリした時には、鈍い痛みと、体のアチコチから流れ出る自分の血に塗れていました。  先生はブツブツと「これは遊びなんだ……そうだ、ただのお遊びなんだ…。だから……俺は、…違うそんなつもり……違う、違う……ごめんなさい…ごめ…な……い」と呟きながら泣いていました。  その姿がなんだか愛おしくて、僕は彼をゆっくりと抱きしめます。  それに縋るように彼の腕が僕の背に回されると、流血で冷えた体が温かくなりなんだかとっても心地良いな。と感じたのでした。  その日から、僕達の関係は少し変わりました。  以前は僕が先生から教わり、ただ甘えるだけだった日々。  今では先生の方からも少しずつ僕に甘えてくれるようになり、先生の悩みを、望みを、全部ではないけれど打ち明けてくれるようになりました。  それを受け入れる毎日。  彼が、僕を求めてくれる。  必要としてくれる。  それがたまらなく嬉しくて、幸せで、それがどんなに醜い欲望でも、僕にそれを向けられる事で、どれだけ僕が満たされた気持ちになっているか……。  まともに大人になれなかった自分を、立派な社会人である彼が必要としてくれ、こうして甘えてくれる事に優越感が無いと言ったら嘘になります。  先生が僕を愛情からではなく、玩具としての愛着とカワイソウな人だと思う同情心から優しくしてくれている事も知っています。  でも、僕にとって先生と言う檻の中は、ずっと欲しくてたまらなかった物を与えてくれる、今まで居た何処よりも幸せな場所なのです。  この幸せが、ずっと続きますように。

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